第9話(2)長い手腕
「どうした、どうした! キョウの野郎は居ねえのか⁉」
「只今入浴中だ……」
「にゅ、入浴中だと⁉」
アヤカの言葉にジャックが目を丸くする。
「ああ、そうだ」
「ちっ、どこまでも舐め腐った野郎だな……」
「急にやって来る貴様らの方が悪い」
「襲撃すんのにいちいちお伺いをたてる奴がどこにいるんだよ!」
「それはまあ……確かにそうだな……」
アヤカが頷く。ジャックが戸惑う。
「い、いや、そこで納得されても困るんだけどよ……」
「……キョウ殿は別に舐めてなどはいないと思うぞ?」
「ああん?」
「ただひたすら……」
「ただひたすら?」
「眼中にないだけだ」
「! そ、それが舐めてるってんだよ!」
アヤカの発言にジャックが激昂する。アヤカが刀の鞘に手をかけて呟く。
「貴様らなど、拙者一人で十分だ……」
「へ、へえ、言ってくれるじゃねえか……そうだ……てめえらをまとめてやっちまえば、キョウの野郎も目の色を変えるかもしれねえな……」
「同じことを言わせるな、一人で十分だ……」
「へっ、まったく大した自信だな……おい!」
「ん?」
ジャックに対して、異様に長い両腕をした痩身の男が首を傾げる。
「ん?じゃねえよ! てめえの出番だ! イチロー!」
「……」
「な、何を黙っていやがる⁉」
「なんでぽっと出のお前が仕切ってんだよ……」
イチローと呼ばれた男がジャックのことを睨みつける。ジャックが慌てながら答える。
「あ、あの御方から俺に任せると言われていたのは聞いていただろうが⁉」
「それはまあそうだが……納得いかねえな……」
「これはあくまでも便宜上のこった! この場は俺が仕切らせてもらう! そうじゃねえとてめえら三人で勝手に揉めるからな!」
「ふん……」
イチローが前に進み出る。ジャックが自らの鼻の頭をこする。
「た、頼むぜ……」
「おいおい、よく見たら女だらけじゃねえか……気が進まねえな」
「こいつら結構やるぜ」
「本当かよ……まあ、肩慣らしってやつだな……」
イチローが長い両腕をだらんとさせる。アヤカが目を細めて呟く。
「まさか……丸腰で挑むというのか?」
「手加減してやるよ、お嬢ちゃん」
「! あまり舐めるなよ!」
「へっ、そりゃあこっちの台詞だぜ……」
「はああっ!」
アヤカが刀を抜いて、勢いよく斬りかかる。
「ふん!」
「なっ⁉」
アヤカが驚く。アヤカの剣をイチローが手の先で防いでみせたからである。
「結構な剣速だが……丸腰だと錯覚しちまった時点でお嬢ちゃんの負けだ」
「な、なにっ⁉」
「おらあ!」
「ぐっ⁉」
イチローの攻撃を受けて、アヤカが右肩の辺りを貫かれて、剣を落として膝をつく。
「ふん、これで剣は振るえねえだろう……」
「あ、あれは……槍⁉ 長い腕かと思っていたら槍を仕込んでいたでござるか⁉」
ウララが驚く。ジャックが笑う。
「そうだ、こいつは『槍手のイチロー』! 鋭く長い突きを繰り出すことが出来るぜ!」
「お前が自慢すんなよ……」
イチローが再びジャックのことを睨みつける。ジャックが怯みながら応える。。
「う……そ、そんなことより、その女にとどめを刺せよ!」
「良い女だ、連れ帰った方が色々と楽しめるだろうが……」
「ちっ、勝手にしろ……」
「ふ、ふざけるなよ……!」
アヤカが右肩を抑えながら立ち上がる。イチローが目を丸くする。
「へえ、闘志はなおも衰えずってか……強気な女は好きだぜ。ただ、もうちょっと大人しくしといた方が男受けは良いもんだぜ。どれ、もう一丁……」
「アヤカ殿! 危ない!」
ウララが飛びかかる。イチローが反応する。
「まさかと思ったが、くのいちかよ! 速えな! だが、捉えられないほどじゃねえ!」
「極めて直線的な攻撃! かわすのは容易い! ……がはっ⁉」
「ぬうっ⁉」
ウララがイチローの攻撃を受けて吹っ飛ばされ、アヤカと激突して倒れる。
「な、なんという、腕のしなり……」
「直線的がなんだって? 槍にはこういう使い道もあるんだよ……」
イチローが笑みを浮かべる。