闘争本能の集中編 6
次の日の夜、3人の将軍を交えての軍議が開催された。
三角のテーブルにソシエダ将軍とアレナス将軍、そしてフォルカーさん。
ソシエダ将軍の後ろには屈強なドラゴンの幹部たちが並び、アレナス将軍の背後では同様にケンタウロスが気高い様子で列をなしている。
対する我がフォルカー軍は、アルメさんの他に俺やフライブ君といった子供たちが並んでいた。
かろうじて今日の夕方に到着したバーダー教官が俺たちの列に加わっているからいいものの、明らかにフォルカー軍だけ迫力不足だ。
あと、絶対におかしいけど王子もバーダー教官とともに到着し、この会議でもさも当然のように俺の隣に座っている。
むしろ王子がここに来たがっていたため、バーダー教官が予定を早める形で王子を連れてここに到着した感じだ。
うーん。
ドルトム君は正式な幹部だから仕方ないとして――あと、王子は王子だから仕方ないとして。
俺たち子供組はこの会議に出ない方がいいんじゃないかなぁ。
代わりに先遣隊の中から見た目の迫力が十分な魔族を数体見繕って、この会議に出席してもらった方が……。
いや、でも出席しちゃったものはしょうがない。
そもそもこの会議は見栄を張るためのお披露目会じゃないからな。
今後の3軍のあり方を話し合うマジな会議。
俺とフライブ君、そしてヘルちゃんたちもすでに2つの軍に対してある程度関わっているので、この会議においても決して戦力外というわけではない。
昨日の朝方、説教が終わるまでずっと正座をしていたせいでまだ膝が痛いけど、ここは気を取り直していこう。
「さて……フォルカー?」
お互いの魔力がお互いを探り合う異様な雰囲気の中、ソシエダ将軍が口を開く。
対するフォルカーさんは、いつものような穏やかな口調で言葉を返した。
「はい。 ソシエダ将軍? なんでしょう?」
「そなたの軍の到着予定、その他もろもろ。今の段階で分かるだけでいいから報告してほしい」
「承知しました。えーとですねぇ……我が軍は計25万、20万の下級魔族をはじめ、5万の中級魔族に2500の上級魔族。そのうち2割をエールディに待機させ、8割をこちらに向かわせております。現在、機動部隊と先遣隊用の後方支援部隊。それらが続々と到着中で、3日後には全軍が……」
なんかさぁ。どうも雰囲気がおかしい。
いや、わかるよ。寿命の長い魔族の中で数十年なんてあっという間だし、そういう意味ではこの3者は付き合いが長いってわけではない。
しかも以前東の国で将軍の席にいたというフォルカーさんの生い立ちは、南の国の将軍にとって特殊すぎる。
でもそれだけじゃ説明のつかないこの雰囲気。ソシエダ将軍とアレナス将軍がなぜかフォルカーさんに対してよそよそしいんだ。
フォルカーさんに気を使っているというか、そういう感じ。
なんだったら仲が悪いと言われているソシエダ・アレナス関係より疎遠かもしれん。
御前会議で何度か会っているはずなのにな。
つーか仲が悪いと言われているソシエダ将軍とアレナス将軍がいまだ憎まれ口の1つも言い合わないあたり、その気配を押し殺している感も否めない。
これも、俺とフライブ君、そしてヘルちゃんたちのせいなのかな? そんなにやりすぎた感じではなかったのだが。
うーん。でも俺たちにその原因があるような気がする。
――じゃあどうするか。
仕方ないからここは俺が間を取り持ってやろう。
「じゃあ次は僕の方からご報告を……」
フォルカーさんの説明が終わるのを待って、俺は前に出る。
「先日、敵の陣中に潜入しましたので、その戦果をお伝えします」
まぁ、俺たちが敵陣でやったことなんて大したことじゃないんだがな。
しかしマユー将軍に相当なダメージを与えたことは確かだ。そしてそれは将軍級であるこの2人に伝えておいた方がいいだろう。
「潜入だと?」
「なんてバカなことを?」
ソシエダ将軍、アレナス将軍といった順番で続けざまにリアクションをし、アレナス将軍に“バカ”と言われた俺は少しだけ肩身を狭くしながら言葉を続けた。
「いえ、その場の勢いというか……あの夜は……不思議な気分になっておりまして……ついつい」
「してどうだったのだ?」
「いろいろと細工をして敵軍を心理的にかく乱してきました」
「ほう。そのせいなのか? 今日、敵の戦意がやたらと低かったのは」
「とりわけマユー軍の動きが鈍い。何かの罠かと思っていたが……?」
あっ、そうなの?
じゃあそういうことで……。
「えぇ。それは僕たちの作戦行動の影響でしょう。しかも、僕とそちらにいるフォルカー将軍の御子息、フライブが逃走の途中でマユー将軍に遭遇、その後しつこく追われまして。
しかしながらマユー将軍の撃退に成功しました。今現在、マユー将軍は相応の深手を負っているものと推測されます」
「ほう。それは初耳だ」
ここでソシエダ将軍が立ち上がり、そう言いながら俺の方に向かって接近してきた。
多分本人は俺に興味を示した上での無意識な行動なんだろうけど、やっぱ怖いからこっち来んなってば!
「とはいえ、麒麟という種族の回復力は僕にはわかりません。もしヴァンパイア並みの回復力を持っているとすれば、その影響も長くはない」
「うむ。そうなるな」
俺の言葉にソシエダ将軍が迫力満点の声で答え、一同も頷く。
「というわけで敵の戦意低下とマユー将軍の戦闘不能の時間を狙って、今日明日にも総攻撃に……なんていうのはどうでしょう?」
しかし、ここでドルトム君が会話に入ってきた。
「いや、タカーシ君。こちらはまだ全軍が到着していない。総攻撃に移ろうにも戦力が足りなすぎる」
「でもマユー将軍も怪我してるよ?」
んで今度はアレナス将軍だ。
「この戦場には他にも2つの敵軍が駐屯している。その2軍の将軍もマユー並みに手ごわい。
それはフォルカーの方がよく知っているであろう?」
ここでアレナス将軍が意味ありげな視線をフォルカーさんに送る。
おっと。そういえばフォルカーさんは数十年前まであっち側の将軍だったんだっけ。
ならここはフォルカーさんの意見を聞かないとな。
つーか俺が割って入ったことで、会議がスムーズに動き出した。
ふっふっふ。こういうスキルもサラリーマンには必要なんだよ。
と、思ったけど……
「うーん、“我が友マユー”があの程度で死ぬとは思えません。
あと麒麟族の回復力はさほど高くはないですが、マユー軍の幹部も相当な手練れが揃っています。
やはり我が軍が到着し次第、無理のない範囲、そして後に影響を残さない範囲で戦いを続けるのが妥当かと……?」
マジか! 昨日のあの麒麟さんってフォルカーさんの友人だったの?
いや、ちょっと待て。え? じゃあさ。フライブ君の顔も知っているはずなんじゃ?
俺はここで会議のテーブルから外れ、少し離れたところに座っていたフライブ君にこそこそと質問してみた。
「フォルカーさんとマユー将軍って知り合いだったの?」
「うん。仲良かったらしいよ」
「じゃあフライブ君はさ、昨日マユー将軍にフォルカーさんの息子だって気付かれてたんじゃないの?」
「あはは! いや、それはないよ!
だって僕はお父さんが『南の国に行こう』って誘いに来るまで、お母さんと2人山奥で暮らしてたんだから!
僕がお父さんの息子だって知っているのは東の国にはいないよ!」
重い! 重すぎるって! なんだその話は……?
あれか? 隠し子か? それともフライブ君母子は迫害を免れるとか、そういう理由でそんな山奥にいたのか!?
なんだよもう! こんなタイミングでそんな暴露するなよ!
もう、なんかフライブ君を抱きしめたくなってきた!
「フ……フライブ君?」
もちろんこれはやましい感情ではない。いかがわしい感情でもない。
大人が子供に向けるただの愛情だ。
「んっ!? どうしたのタカーシ君? そんな泣きそうな顔して……?」
俺が泣きそうになりながらフライブ君を抱きしめようとしてたんだけど、一方で俺の背後ではいつの間にか会議が白熱していた。
「だろうな。お前はマユー軍とよく連携した作戦行動をとっていた。忌々しいほどに呼吸の合った連携を……。
だが、だからこそ問おう! そんなお前が本当にマユーを討ち取れるのか?」
おーい。ソシエダ将軍よ。いまさらそんなこと聞くなって。
フォルカーさんはいまや立派な南の国の将軍なんだから。
と思ったんだけどさ。ここでフォルカーさんの声がわずかに震えたんだ。
「……はい」
なんだよ。歯切れわりぃな。
どうした? まさか今更東の国の敵兵に対して仲間意識が沸き出てきたか?
「ふふふ! くっくっく!」
「やはりな。貴様にはそのような覚悟を持つことなどできまい。かつての仲間だからなぁ!? んん? そうであろう?」
そしてソシエダ軍の幹部どもが高笑い。それと呼応するように、アレナス軍の連中も笑い始めた。
いや、ちょっと待て。
なんでこのタイミングでフォルカーさんをいじめるかなぁ。
……
……
よし。あったま来た。
つーかやっぱ俺、西の国との戦いの時もそうだったけど、戦場に来てからやたらと好戦的になってるっぽい。
なので、ここはフォルカーさんの名誉を守るという建前を使って……。
「ふん!」
突如始まった新人いびりのような雰囲気に、我慢できなくなった俺はここで魔力を総放出する。
「おい、おっさんども。ヨール家のタカーシを……いや、“元”東の猛狼をナメんなよ。
フォルカーさんにかかれば貴様らなんか四つ目イノシシのごとく料理されるわ。
ドラゴンなんて、所詮爬虫類だろ? 爬虫類の肉って意外と美味いって聞いたことあるんだが、料理されてみるか?
それとそっちの馬ども! 馬刺しにして食ってやろうかぁ!」
そして頭に襲い来る衝撃。昨日の朝方に喰らったやつと同じ類の攻撃だ。
「こら! タカーシ君! またそうやって君は後先考えずに!」
いやいやいやいや……。
あのさぁ。フォルカーさんよ。
俺、ヨール家の――ヴァンパイアの子供なんだ。
一応フォルカーさんより身分高いんだから、そうやって気軽に何度もげんこつ喰らわすなってば。
――じゃなくて、痛ってぇ! ごごご、ごめんなさい!
「ぬぉぉおおぉぉっ! いだいーー! ぐぉおおぉぉ! 頭がぁ! 割れるーー!」
「反省しなさい!」
「ごめんなざいぃぃぃ! うぇへぇ……いってぇ!」
「まったくもう。タカーシはいっつもそうなんだから!」
ってなんでここでヘルちゃんが追撃してきた?
おい! そこの翼ピヨピヨ野郎! お前どっちかっていうと、俺と同じタイプの性格だろうがよ!
なに優等生ぶってんねん!
「ぐぐ、ご、ごめんなさい」
しかし煮え切らないフォルカーさんの気持ちも分かる気がする。そう思った俺は会議がこれ以上脱線しないように、謝罪を繰り返すことにした。
どんな事情があるにせよ、友人と敵対する――いや、“殺し合う”といった方がその意味を明確に表現しているだろう。そんな状況は日本人の誰もが絶対に想像しきれないし、誰にとっても残酷なものに違いない。
しかしながら、フォルカーが懸念していたことはそんな単純な殺し合いについてではなかった。
後で分かったんだけどさ。この人、とんでもなくやっかいなことを考えてやがったんだ。
まぁ、その件は今はいいとして、俺が決死の覚悟で挑んだ挑発はいい意味で2軍の幹部たちへと伝わった。
いや俺の発言内容は多分スルーされていたんだけど、“巨大な魔力を持つヴァンパイアの子供が喧嘩腰になっている”という状況が2者の警戒心を上げたんだ。
空間に広がる俺の全魔力。そしてソシエダ軍の連中には昨日俺たちが到着の挨拶をしに行った時の出来事が頭をよぎる。
一方で、俺がキレていた時はそれを止めようとドルトム君たちが立ち上がっていたので、アレナス軍もその行動を勘違いする形で多少の警戒感を抱いたようだ。
んで一瞬場が一触即発の気配を匂わせ、でもフォルカーさん自ら俺を止めつつ、その気配をかき消した。
こんな流れでフォルカーさんをバカにしていたさっきまでの流れも終わり、今度はフォルカーさんが鋭い表情でソシエダ将軍とアレナス将軍を順番に睨んだ。
「申し訳ありませんね。うちの軍はまだ設立したばかりなので、部下のしつけがなっていないのです。
しかし、マユーの話はこれぐらいでいいでしょう。相手はマユーを含め3体の将軍が構えている。マユーだけではなく、敵軍全体を見据えた作戦会議が必要かと?」
「ん? んん。そ……うだな」
「……私もその考えに……賛成だ」
フォルカーさんの正論攻撃を受け、ソシエダ将軍とアレナス将軍が順番に同意を示す。
ちなみにフォルカーさんは喋りながらも俺の頭を撫でてくれていたので、多分心の中では(よくやった、タカーシ君)と思っている。
……と思う、多分。
まぁ、そんな俺の事情はいいとして、フォルカーさんはさらに言葉を続けた。
「当初の予定通り、我が軍はあなた方2軍の補助役。それでもいっこうにかまいませんが、見ての通り、うちには血気盛んな若手が揃っております。なんだったら我々も全面的に前に出てもいいのですが、どうしましょう?」
「うむ。そ、そうだな。ではお前たちはアレナスと連携しながら様子を見て、この戦場に慣れてきたところで独立軍として動き出すように」
「なんだと? ソシエダ! 貴様、この戦場のルールを忘れたか? 各々最初から独立軍として十分に機能せねば、敵に連携のほころびを狙われかねない。
なぜ私の軍がそのような危険を冒さねばいかんのだ? フォルカー軍の面倒をみるのは貴様らだ!」
「ああん!? 布陣的にフォルカー軍の隣は貴様たちだろ!? 距離の離れた我々がどうやってフォルカー軍と連携する!? バカか貴様は!?」
「だからこそのフォルカーの提言だろうが! 今フォルカーが言ったことをもう忘れたのか? やつらはすでに独立軍として動き出すつもりだと! そう言っていたではないか!」
「わかっておるわぁ! とはいえ、この戦場にはこの戦場特有の“慣れ”が必要だろうがぁ! それをお前たちが教えてやれと言っているんだぁ!」
「じゃあ貴様が教えろよ! だいたい貴様は……そうだ。聞いたぞ! なんでもそこのヴァンパイアのガキとフォルカーの息子に脅されて泡吹いたらしいなぁ!」
「ふざけるな! そんなわけあるか! 貴様こそそっちのドモヴォーイ族のガキにいいように言われたらしいじゃないか!」
あっ、やっぱこの2人、仲悪いわ。
じゃあさ、そういうしょうもねぇ喧嘩は勝手にやってもらうということで。
「フォルカーさん?」
「ん?」
「陣地へ帰りましょう。僕たちは僕たちで勝手に動いていいとのことらしいので……ね?」
「そ、そうだね。帰ろうか」
そんな感じで予想以上にレベルの低い軍議は終わり、俺たちはすたこらさっさとその場を後にした。