闘争本能の集中編 7
4日後、全軍が到着するのを待って、俺たちは東の国との戦闘に本格参戦した。
といってもここは悠久の戦場。
今回の攻撃で敵をどうするとか、勝敗がどうとか、そういうのは期待していない。
ドルトム君曰く、我が軍がどれだけ動けるか。そういうのを見ておきたいんだとさ。
戦場全体を見渡せる小高い丘の上、そのドルトム君は毛むくじゃらの奥に潜めた瞳をぎらつかせながら戦場全体を見渡している。
その眼光たるや、戦場を支配する老獪な軍師のようだ。
「いけー! 行くのじゃーー!!」
対称的にユニコーンが1頭、俺の隣でめっちゃ興奮してるけどな。
あのさ、王子よ。王子は将軍以上に権力があるんだから、余計な一言を発しないでもらえるかな?
その言葉うちの兵たちにとってはマジで逆らえないやつなのに、ユニコーン族特有のとんでもない魔力に乗って戦場の隅々まで王子の声が響いているから。
とはいうものの、王子の興奮は収まらん。
そもそもなんで王子がさも当然のようにこの軍にいるのかも含めて、いろいろと確認しておきたいことがある。
まぁ、王子といっても俺たちの仲間の1人だから仕方ないっちゃ仕方ない……のかな?
うーん。この程度の違和感は日頃から感じているし、それをどうにかしようとしたところで無駄なのはこの2年間で嫌というほど知らされてきた。
なので王子のことは放っておこう。
それより王子の掛け声に対し、フォルカー軍の本陣にいた俺の隣からも声がかかった。
「止まってぇ! 止まってぇ! ちょ、お、王子! 余計なこと言わないで!」
ほら、王子のせいで暴走し始めた部隊をドルトム君が抑えにかかった。
あっ……というか暴走しかけたのは、俺の部隊だ。
「ダメだ……一応止まったけど、鉄砲部隊の士気がヤバい。もう抑えきれない感じだ。じゃあ……タカーシ君? そろそろ出撃して?」
「うん、わかった。ドルトム君の予定通りに動けばいいんだね?」
ドルトム君が流暢な言葉使いで声をかけて来たので、俺は答えながら走り出す。
これから我が鉄砲部隊の出動だ。
まぁ、今さっき暴走して突撃しそうになっていたけどさ。
なにはともあれ、俺がしっかり指揮をしなきゃな。
「ぜんたーい! 整列! 前へー、進めッ!」
鉄砲部隊の陣に到着し、俺は叫び声を上げる。
その声を皮切りに300の鉄砲部隊が整然と並び、前方への進軍を開始した。
ふーう。王子のせいで指揮系統が乱れそうになったけど、何とか立て直したな。
鉄砲部隊が突撃してどうすんねん、と。
いや、うちの部隊の真価はそこにあるんだけどさ。
それは対部隊戦の終盤に発揮されるものだから後の話として、序盤から鉄砲部隊が突撃してどうすんねん。
いや、ここはとりあえず落ち着こう。
何を隠そう、この戦いが鉄砲部隊の正式なデビュー戦だからな。
俺自身も確かな手ごたえを感じておきたいし、この戦いを見ている上の評価もしっかり得ておきたい。
というわけでこの戦いは――そしてこの部隊を指揮する俺の立場と意味合いは決して軽いものではないんだ。
「ぜんたーい! 止まれ!」
しばらくして、俺は進軍する鉄砲部隊を静止させる。
最初の目的はフォルカー軍の主力部隊に向かっている敵部隊を側面から攻撃する作戦だ。
「かまえーーー! 発射っ!!」
俺の声に従い、300の銃撃音が一斉に鳴り響いた。
200メートルぐらい離れていたから命中率は高くなかったけど、1発1発が対戦車ライフルクラスの威力を持つ銃弾。それを300発の一斉射撃だ。
この銃撃を喰らい、突撃の先頭にいた中隊クラスの敵部隊が壊滅状態になる。
その結果敵が動揺し、遠距離魔法攻撃で攻撃してきた。
しかしこちらも上級魔族が相殺用の攻撃魔法や防御魔法で適度に応戦。その最中、下級魔族たちには次弾装填させ、各個で発射を続けさせる。
全ての魔法空間を突き抜けるように鉛の弾丸が敵に向かって行き、敵の後続部隊をさらに襲った。
うむ。みんな、中々にいい感じじゃないか。
これならこのまま銃撃を与え続けるだけで、敵部隊を……
「隊長! 敵がこちらに向きを変えました! 突撃してきます!」
って、ぬお! 接近戦だと?
――なんちゃって。
それで慌てる俺ではない。
というか意外と早く接近戦を目論んできたな。
向こうの……うーん。中隊長クラスかな?
そのクラスの指揮官にも賢い奴がいるっぽい。
「ん? あぁ、そうですね。じゃあこちらも……」
なので俺は報告してきた鉄砲部隊の副隊長に軽く返事をし、再度大きな声で叫んだ。
「撃ちかたやめ―! 次弾装填! その場で構え!
おし……そのままそのまま……うん! 今だ! 発射ーッ!」
双方100メートルぐらいの距離になったところで、もう1回一斉射撃の面攻撃。その攻撃により敵の突進力を低下させたところで、こちらは即座に次弾を装填し、さらにはここで我が鉄砲部隊にも突撃を仕掛けさせる。
と見せかけて、敵との距離が20メートルぐらいになったところで今度は個別に精密射撃だ。
んでもって鉄砲を持った下級魔族は後退し、後は壊滅寸前の敵部隊を味方の中・上級魔族によって蹂躙する。
みたいな作戦で部隊を動かしてみたけど、これがなかなかに良い戦果を上げた。
ちなみにうちの部隊の中・上級魔族にはフライブ君やヘルちゃん、そしてガルト君も加わっている。
ドルトム君は軍の幹部だからここには参加していないけど、3人は対バーダー教官戦で訓練された連携を思う存分発揮し、上級魔族ですらいとも簡単に討ち取っていた。
つーか俺もあっちに混ざりてぇ。頭使って部隊全体を動かすとかあんまり得意じゃないんだよな。
てきぱき部隊運用しないといけないし。
「ふわはははははっ! 殺す! 殺す殺す殺す殺す! 死ね死ね死ね! 死ぬのじゃー!」
例によって、この部隊にちゃっかり混ざっている王子にはそろそろツッコミたいけどな!
なんでお前はここにいるんだ!? 王子だぞ!? 自分の立場分かってんのか?
あと死ねとか殺すとかそういう暴言は控えろよ!
いや、ここは戦場だからそういう叫び声も必要だろうけども!
次世代の国を担う存在として、情操教育的な意味で心配になるわ!
「王子! もっと突っ込もう! 今の勢い、大切だよ!」
「そうじゃな、フライブよ! 行くぞ!」
「待ちなさいな! 私たちだって!」
「ヘルタ様! こちらも負けずにいきましょう!」
まぁ、王子も連携に上手く組み込む形で、4人仲良く戦ってるからいいんだけどさ。
さて、そんな感じで俺たちは500体規模の敵中隊を難なく撃破し、一時の休憩を取ることにした。
しかし、やはり敵の様子がおかしい。
統率された軍隊との話を聞いていたのに、そういう感じが見てとれん。
ふっふっふ。やはり宗教的なアレをアレしまくったせいで、動揺しているのかもしれん。
しかも俺たちが相手をしている部隊はマユー将軍の兵だ。
この感じから察するに、マユー将軍はまだあの傷から完治しておらず、その影響が全軍に及んでいるのだろう。
「いい感じだね、タカーシ君!」
「うん。このままの調子をしっかり保って戦おう。そうすれば僕たち結構強いっぽい!」
「ふふふ。じゃあ休憩もそろそろ終わりですわね? さぁ! 行きますわよ!」
「ふぁへひひひ! 覚悟するのです、敵兵よ! タカーシ様が作り上げたこの最低最悪の暗黒部隊を前にして、貴様らなど生きて帰ることができようかぁ……!」
「ヘルちゃん、休憩終わんのまだ早いから! みんなまだ息切らしてるでしょ!?
あとガルト君は興奮しすぎ! それとちゃっかり暴言吐くなぁ! もうそれ、わざとだろ!?」
こんな感じで俺たちは一時の休憩を挟み、さらなる戦闘へと身を投じる。
と思ったけどここで本陣からアルメさんが合流し、しかもアルメさんはドルトム君からの命令を言付かっていた。
「ドルトムが敵本陣へ威力偵察をしてほしいと言ってましたよ。他の部隊が先に突入するので、それに少し遅れる形で“近接銃撃戦”を敵幹部に試してほしいと」
ほう。敵本陣へと攻め込めとな……?
といってもマユー将軍の首を狙うわけではなく、敵本陣の上級魔族たちを相手にどれだけ戦えるか?
というドルトム君からの指令だ。
まぁ、威力偵察っぽい指令の対戦相手に敵本陣を選ぶあたり、ドルトム君もなかなか無茶を言いやがる。
でもそれだけの戦果をさっきあげたばかりだし、そういう風に期待されるのも仕方ないのかもしれん。
それに敵本陣はマユー将軍の負傷のせいで若干手薄の感が否めないし、大隊長クラスの幹部なら最悪フライブ君たちの連携でどうとでも出来る。
さらにはこっちの幹部クラスであるアルメさんも合流してくれたことだし、いざとなったらアルメさんがどうにかしてくれるだろう。
「よぉーし! 次は敵の本陣まで行きますよーーッ!! みなさーん! 準備よぉーい!」
「うぇーい!」
俺の掛け声に対し、下級魔族たちからチンピラのような返事が返る。
敵本陣では敵味方の魔族や人間が押し合いへしあい殺し合っていたが、我々はそこに向かって走り出した。
それにしても――接近戦に鉄砲部隊を用いるという奇抜な発想。
いや、この点は元いた世界の常識を知っている俺だからこそ、奇抜だと言えるのだろう。
別に鉄砲を近接戦闘に用いてはダメというルールはないからな。
対戦車ライフルクラスのどでかい銃身を軽々と扱うことができ、それに着剣すれば接近戦用の武器として扱える。
そしていざという時にはマッチ棒程度の炎系魔法でいきなり将軍クラスの破壊力を持つ一撃を放つ。
呪文の詠唱や魔力の錬成なしに、こんな攻撃をされたら敵もたまったもんじゃない。
機動力に秀でた獣人で大半が組織されたこの鉄砲部隊は、命中率の低い現段階の鉄砲のデメリットを埋めるためにそういう戦法を使うのもありなんだ。
「よし、あの部隊と連携して敵本陣を攻めます! 皆さーーん! 気合い入れていきましょーッ!!」
「うぇーい!」
というわけで500メートルぐらい離れたところにいた味方の部隊が進軍を開始したのでそこに近づきつつ、並行して東へ進路をとるよう俺は部隊に指示した。