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闘争本能の集中編 5


「フライブ君! 緊急避難、方法その2!」

 次の瞬間俺は急いで叫び、フライブ君の背中へと飛び乗る。
 同時にフライブ君が何かに気づいたようにはっと立ち上がり、全速力で逃げ始めた。

 これは将軍級の魔族を目の前にした時の逃走方法で、俺は逃げることに集中せずに最大クラスの魔力で自然同化魔法を発動し続ける。
 そしてフライブ君はそんな俺を背負って逃げる。

 これが“緊急避難の方法その2”だ。
 将軍級ともなると、魔力探知能力ですらとてつもねぇ精度だからな。俺は逃げるための魔力を全て自然同化魔法に振り分け、俺と、そして俺が背中を触っているフライブ君の存在を隠すんだ。

 でもそれでもマユー将軍は俺たちの跡を追って来やがった。

「消えた。不思議な子たちだな。精霊みたいだ。だがわずかに気配を感じる」

 うん、そう……自然同化魔法を発動しているのに、マユー将軍はうっすらと俺たちの居場所を把握してやがる。
 この場合、具体的には俺の自然同化魔法の効果と、マユー将軍の魔力探知能力が拮抗している感じだ。
 なので俺は体から放出する魔力をさらに高め、自分たちの存在感を薄める。

 しかしマユー将軍もあきらめない。

「こっちかな? ……はっ!!」

 マユー将軍があてずっぽうで攻撃魔法を発射し、それが逃走する俺たちの近くで爆発した。
 バレン将軍並みの威力を持った雷系魔法、炎系魔法、その他もろもろの上位魔法。そういうのを惜しげもなく発射しやがる。
 1発でも喰らえば致命傷は間違いないので、それがめっちゃ怖い。

「ぎゃー!」

 俺はフライブ君の背中で悲鳴をあげ、しかしながらそれはフライブ君に諌められた。

「落ち着いてタカーシ君、大丈夫! 相手は……とぉっ! こっちの居場所を正確に把握していないから。ほっ! はっ! とう! おいしょっ!」

 フライブ君がめっちゃ頼もしい。というかフライブ君だって負けてはいない。
 オオカミの獣人族の中でも上位に食い込む俊敏性を思う存分発揮し、マユー将軍の追撃を回避し続ける。
 見方を変えれば、この状況でフライブ君に背負われている俺だけがちょっとなさけな……いや、俺だって自然同化魔法頑張ってるし!

「おし! 前線が見えてきた! タカーシ君? あの中に突っ込むよッ!」
「うぎゃー、ほげぇー……ん? あぁ、そだね! じゃあお願い! のあ! ぎゃー!」

 そして俺たちは戦場へと突入する。
 ここは敵味方が深夜の小競り合いを行っているちょっとした戦場だ。
 もちろん南の国の兵もいるので、彼らと協力して将軍を迎え討つという手もある。
 しかしここで戦っているのはあくまで“小競り合い”程度の戦力。彼らと力を合わせてもマユー将軍には勝てないだろう。

 なのでここは素通りで。
 あわよくば他の魔族の魔力衝突の渦に紛れ込んじゃうことで、マユー将軍を誤魔化せるかも。

「うむ。魔力の空白地帯があるな。あそこかな? はっ!」

 ってぜんっぜん効果ねぇ! ものすげぇ雷系魔法が俺たちのすぐ近くに落ちやがった!
 ってゆーかカミナリ! めっちゃでっけぇカミナリがさっきまで俺たちの居たところに落ちた!
 そんなすげぇ雷系魔法こんなところで使うなや!

 それとさ。むしろ周囲の戦闘のせいでフライブ君のダッシュ力が発揮できず、ちょっと追いつかれ気味だ。
 加えて、そろそろ俺の魔力も尽きかけた。
 これ、やばいんじゃね?

 と思ったけど――

 ぱぁーんッ!

 その時、よく知っている爆発音が聞こえてきた。
 これ、俺の鉄砲部隊の銃撃音だ。

「フライブ君!? あっちだ!」
「うん!」

 そして俺たちは逃げる方向を変える。
 銃撃音がした方向へと走ってみると、ドルトム君が1人で立っているのが見えた。
 しかも俺たちが到着するとほぼ同時に、ドルトム君は地面を強く殴り、大きな穴を作った。

「ここに入って!」

 ……

 ……

 ――ほう。そういうことか。

 じゃあお言葉に甘えて。

 納得した俺とフライブ君、そしてドルトム君がその穴に入る。

「そんなところに隠れても無駄だよ、君たち……特にヴァンパイアの方の子は少し特殊な能力を持っているね。我が軍の陣へ来てもらおうか。もちろん拒否権はない」

 すぐさまマユー将軍が俺たちに追いついたけど……

「総員構え! 発射!」

 ドルトム君の叫び声が夜の闇に響き、今度は周囲の地面に隠れていた味方の鉄砲部隊が地面から飛び出す。
 と同時にマユー将軍に向けて300挺の鉄砲で一斉射撃した。

 うん、これがドルトム君の仕組んだ罠だ。
 各々マユー将軍との距離があったから命中率は低いけど、1発1発が将軍級のマジ攻撃に匹敵する鉄砲の弾。それを体に十数発喰らい、マユー将軍が大きく後退した。

「ぐおぉおぉぉおおおぉぉぉぉ! なんだこの魔法は……!? ぐふぅ……そんな……魔力を隠したままでこれほどの……」

 ふっふっふ。魔法じゃないんだな、これが。
 呪文も事前動作も必要のない、ただの兵器だよ。

 でもこれがとてつもない効果を発揮し、異変を察知したマユー将軍は体中から血を流しながら後方に数百メートル移動する。

「マユー将軍! いかがなされました!?」

 その時、マユー将軍を追いかけてきた敵の幹部クラス数体がマユー将軍と合流したけど、登場したばかりの幹部たちに対しマユー将軍は驚きの声を上げる。

「がはっ……なんなのだ? あの攻撃は……?」

 ふふっ。そんなに不可解か? さっきの攻撃は。

「まぁよい。今は退くことにしよう」

 そんな言葉が魔力に乗ってかすかに聞こえてきたので、俺は魔力回復用の血液補充をしながら鋭い目つきでマユー将軍を睨む。

 いや、待てよ。せっかくのチャンス、逃がしはしねえよ。
 今度はこっちの番だ。

「次弾装填! その場で待機!」

 ってあれ? ドルトム君が追撃を諦めた?

「ん? 追わないの?」

 俺が不思議そうな顔でドルトム君に問いかけると、ドルトム君は流暢な言葉で返事を返してきた。

「いや、あの幹部クラス結構強い。こっちはまだ全軍が到着していないから、今総力戦をやるのはまずいと思う」
「でも、敵陣の罠とか解除したよ? それに敵軍には少なからず動揺が走っている。そういうのをやってきたからね」
「へ、へぇ。それは……す、凄いね……! でも……うーん。やっぱり追撃はやめておこう。僕の勘がそう言ってるからさ」

 勘か。それなら仕方ない。
 ドルトム君の直感には逆らわない方がいいからな。

「わかった。じゃあこっちも引くことにしよう。そもそもこっちの準備だって十分じゃないし。でしょ? ドルトム君?」
「うん。そ、そういうこと……じゃ、じゃあ……もう休んで、い、いいよ。タカーシ君、フライブ君、お……お疲れ様……」

 ドルトム君の言葉に従い、俺は深く息を吐きながら膝をつく。

 ふーう。

 なにはともあれ、そんなやり取りをしている間にもマユー将軍たちは姿を消していた。
 とはいえそれなりの戦果も得たことだし、今宵はこれでオッケーということで。

 いや、マユー将軍の体を敵の幹部クラスが持ち帰ったので詳細は分からないけど、致命傷もしくは少なくとも戦闘不能に陥れることが出来ただろう。
 そう考えれば上出来すぎるとみなしていい。

「ところで……僕たちがここに逃げてくるってよくわかったね。しかも鉄砲部隊まで連れて」
「ん? そ、それはね。タ、タカーシ君とフライブ君の機動力と……敵軍の追撃力を照らし合わせたら……ここらへんに来るかなって思ったんだ……。
 でも、まさか……敵の将軍をつ、連れてくるとは……思わなかった、けどね」

 ほうほう。やっぱすげぇな、ドルトム君の分析力は。
 俺とフライブ君の不在に気付いだけで、そこまで予想するか?
 しかも鉄砲部隊の必要性をしっかり感じて、彼らを引き連れながら探しに来てくれていたなんて。

 と感心しながら腕を組んでいたら、背後におっそろしい気配を感じた。

「んで、勝手に任務を抜け出して――しかも敵陣に忍び込んだ感想は?」

 フォルカーさんだ。めっちゃ怒ってる。
 もちろんここは謝るべき。
 俺はそう思ったけど、フライブ君はその雰囲気を察知することが出来ずに、最悪の返事を返してしまった。

「あはは! 面白かったよ、お父さん!」

 ごん! ごん!

「なんてバカなことを! 君たちに何かあったらどうするつもりだったんだ!」
「ぐぉー、痛いぃ……痛い……」
「痛ってぇ! ちょ、フォルカーさん……なにもそんな本気で殴ら……」
「反省しなさい! 下手したら死んでいたんだよ!?」

 結局、俺とフライブ君は自分勝手な行動をしたということで、フォルカーさんから仲良く1発ずつげんこつを喰らうこととなった。
 あと朝方までフォルカーさんからめっちゃ長い説教をされてしまった。


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