偶然の出会い
「うむ、実に立派な建造物だな……」
儂は、チィコが通う学校に来ていた。
建物の趣向はとても興味深く、頑丈さ堅牢さを重視されつつも光が入りやすいように大きなガラスを用いた窓を取り付けている。
門の外からでは細かな部分は見えず、あくまでも予測でしかないが、特殊な加工を施されたものだと思われる。
正直なところ他に目的がなければ、学校側に正式に申し入れを行い、建物の構造を調べる為にここで何時間もいるという選択もあった。
だが、今回は目的があるのだ。
どうにかして、チィコと会い地図アプリの使い方を聞いて是が非でも商店街に着かねば。
「ん? 子供らの姿が見えんの」
見る限り、敷地内には子供らの姿はない。
楽器の鳴る音、歌を歌っている声、靴と床が擦れるキュッという音、元気な声がこだましている。
不思議に思った儂は、その手持っていたスマホで時刻を確認した。
「なるほど、そういうことか」
どうやら、昼食の時間を過ぎてしまったようだ。
トールから聞いていた昼休憩の時間を僅かだが過ぎている。
「ふぅ……仕方あるまい、帰るか」
悔しいが、縁がなかっただけだ。
こればかりは自身ではどうしようもない。
もうある程度道を覚えおるしの。一度帰ってどうアプリを使えばいいか、トールかカルファに教えてもらえばいい。
そう割り切り、学校を足早に去ろうした。
――その時。
目の前から全速力で走ってくる人族のおなごがいた。
「どこに落としたぁぁのぉぉぉ!」
整っているのに鬼気迫る顔、縦横無尽に動く後ろで束ねられた髪。
もはや色気などはなく、吐く息からは湯気が上がり、目は血走っている。
その姿は馬だ、主に鞭を打たれ懸命に荷馬車を引く馬。
「な、なんだ?!」
意味がわからん。何をそんなに必死になっているのだろうか。
目の前の信号機は、点滅することなく青(緑なのに青という)なのに。
いや、落としたと言うことは何か探しておるということか。
「ん?」
ふと儂は足元に目をやる。
すると、そこには月の形をした髪留めが落ちていた。
儂はそれを手に取る。
――チリン。
裏側にはとても小ぶりな鈴が付いており手に取った瞬間、音を鳴らす。
見事な一品だ。
精巧に作られておらねば、このように澄んだ音は鳴らない。
「ほう。材料は、錆びない金と銀を用いておるのか」
「あああああぁぁ! それ! それ私のです! ありがとうございますぅぅーー!」
おなごは目の前に来ると、その勢いのまま頭を垂れ儂の手を力強く握る。
その時、儂は手から伝わる感触に違和感を覚えた。
固く分厚い。この手は金属と対話し続けてきた鍛冶師の手だ。
見た感じでは舞香という娘と変わらんというのに。
「すみません! いきなり手を握るなんて! でも、助かりました! これ無くしたと思っていたので」
おなごは驚く儂の手から、髪留めを取る。
「こ、このお礼は絶対しますので! 私はこれで!」
また勢いよく頭を下げ、点滅し始めていた信号を全速力疾走で渡っていく。
「一体……なんだったんだ」
儂は戸惑いながらも、帰路に立った。
☆☆☆
帰りの道中。
儂はお世辞にも良い水質とは言えん川沿いの歩道を歩きながら、拾った髪留めのこと。
おなごのことが気になっていた。
「あの紋様何処かで見たような気がするな……おなごの姿も」
気になったので歩みを止め、スマホをポケットから取り出す。
「えーっと、なんと入れればよかったかの……確か、検索した言葉のあとに空白を入れてから、詳しく知りたい情報を――」
打ち間違いをしないように、ゆっくりと文字を打ち込んでいく。
【月の紋様 髪留め 鈴】
「おお、やはりか!」
見え覚えがあったかと思ってはいたが、やはり目にしていた。
検索結果の一番上に表示されたのは、【月乃屋 髪留め 鈴伝統製法 看板娘】だったのだ。
画像もあの時見た髪留め、おなごと一致する。
だが、それを知ったところでどうしようもない。
儂はあのおなごの連絡先を知らないのだから。
「いや、待て。そう言えば、サイトに電話番号が載っていなかったか?」
スマホに表示されたままとなっているサイトを開き、画面を下へと動かす。
「あるではないか! よぉーし、これで連絡を取れるの」
しかし、このスマホという物は苦手だが、やはり電話という機能はよいな。
今でこそ離れた相手と通話など普通だが、この世界へ来る前には想像もせんかったわ。
「この技術を工房でも使えれば、あやつらも喜ぶかの」
再び電話帳を開いたことで、儂は祖国のことでの日々を思い出した。
儂らドワーフの国はものづくりにおいて、どの国より抜きん出ていた。
建物や武器、道具に至る鉄や鉱物を加工した物は九割以上が、ドワーフ族の工房が手掛けたものであり、ほぼ全ての国民がものづくりに従事しておった。
実際、儂の工房でも腕のいい職人が数人おり、みな技術の研鑽に勤しんだ。どんな些細な物であろうとも、そのものづくりという一点においては、あの理屈っぽいエルフ族すら凌駕するほどに。
だが、あやつらと違い酒を馬鹿がつくほど飲むし、鍛冶以外に関しては、儂も含めて無頓着でもあった。
「儂らしくないの、昔を懐かしむなど……とはいえ、ちと心配だの」
儂らドワーフは閉鎖的なエルフとは違い、昔から人族の住まうルーテルア王国や獣人族の国である|牙の国《ガムラス》、魔王が統治する|常闇の国《オクタヴィア》であっても取引をしてきた。
それが勇者と魔王の戦いが起こったとしてもだ。
そもそも勇者と魔王の戦いは、何年かに一度、必ず起こっていた。異世界より選ばれし勇者が負ける場合もあったし、一方で新しく指名された魔王が負け続けるなんてこともあった。
世界の命運を賭けた戦いなので、そんなこともあるやもしれんが、戦のあとしばらくすると、必ず勇者も魔王も姿を消した。
理由は定かではないがの。
ともかく、そのせいで他種族から冷えた目を向けられることになった。
平和な世界になってから、他種族が抱いていた気持ちがよくわかる。
長年の間、どちらにも組みせず金を出せば良い武器や防具、そして道具を渡す。
ある意味では、儂らが一番得したと考えるのが当然。
だが、儂も含めて当時のドワーフ族は自分の工房以外には興味を持つことなく。
だんまりを決め込んだ。
結局それが原因となり、かなりの数の工房が閉鎖へと追い込まれた。
自業自得とは言えど生き甲斐であったものづくりを奪われた者達は国を出ていき、みな散り散りとなった。
「あの時は大変だった……だが、そうだな。もう心配は要らんの。ふふっ、あれもこれもトールのおかげだ」
儂らが散り散りとなったタイミングで、勇者として異世界から来た最強の勇者と名高いトールがドワーフの国を訪れたのだ。
目的は、ドラゴンの牙を加工した剣を打ってもらうこと。そして、儂らドワーフが得意とする属性の加護を付与する技術。
目的は理解していた。
数日前に人族の王から書簡が届いておったからだ。
とはいえ、応じないでおこうと考えていた。
世界の命運を握る者が半年前、異世界から訪れた魔法のまの字も知らん青年。
そんな者にドワーフの武器を使いこなせる訳が無いし、本人には悪いが儂らには鍛冶師としての
だが、あやつは全てを上回る結果を見せつけたのだ。