22.どんどん強くなる
オデュラスさん対ラッドさんの試合を見て翌日。
明け方に、また森へとやって来た。
やることは同じ。
テイム、テイム、テイム……魔力が尽きるまで、テイムして合体を繰り返していく。
それが終われば、授業開始ギリギリに学校へ行く。
汚い言葉を背中に浴びながら、ザンブから逃げ続ける。
男として情けない姿。見る人が見たら完全に負け犬だ。英雄になるだなんて、どの口が言っているのか。
……でも、前に進んでる。今はまだ方向が後ろを向いているだけ。
ステータスだけなら、もう僕のほうがザンブよりも強いはず。
殴り合いの喧嘩になれば、一矢報いてやれるだろう。
でも、この拳はザンブと再び戦うその日まで取っておく。
目的を見失ってはいけない。
学校が終わると、コロマルを連れて森へ。
今日の相手はスライムではない。少し奥に入り、ゴブリンなどの少し強いモンスターを狙う。
「コロマル、片方捕まえて!」
"さっき練習した
カラス草が彩る黒い世界の中で、二体のゴブリンが呑気にお散歩していた。
僕はダグランス一号を構えながら、コロマルは転がりながら、敵の背後を取るように接近していく。
僕のステータスはコロマルの約三倍だけど、ローリングアタックで加速が乗った状態ならば、ほぼ同じ速さで移動できる。
「ゲギッ!」
「ギャギャッ!」
黒い羽根のような草は、踏みつけるとカサカサ乾いた音を出す。ゴブリンもこちらに気付いたらしい。
振り向いて僕を指差し、獲物を見つけたぞとでも言いたげに醜悪な顔で笑う。
……でも、気付くのが遅すぎたね。
「——えいっ!」
真っすぐに突き出した僕の槍が、右側のゴブリンを貫く。
弱点の心臓を破壊できたみたいだ。耳元まで裂けた大きな口から、ゴポリと紫色の血が溢れだす。
"カイト、できたぁ!"
コロマルの方に視線を向けると、巨大な球体から伸びた二本の触手が左側のゴブリンを
まるで罪人をロープで縛りつけたみたいだ。
「アギャ、ギャアアア!」
宙に浮いたゴブリンは、唾をまき散らしながら拘束から逃れようとジタバタ藻掻いている。
あそこまで見事に巻きつかれては、あの動きも無駄だろう。
「すごいぞコロマル! そのまま叩きつけちゃえ!」
小柄な緑の体が、ブンッと風を切り裂きながら落下していく。
……これは、なんというか。子供が見ちゃいけない光景な気がする。
泥団子でも地面に投げつけたように、ゴブリンの体が粉々になってしまった。
"うわぁ、ゴブリンがぐちゃぐちゃだぁ!"
「そ、そうだね。でも、言わないで欲しかったかな?」
変わり果てたゴブリンの姿をわざと見ないようにして、さらに森の奥へと進んでいく。
「よーし、どっちがたくさん倒せるか競争だ!」
この辺りのモンスターなら、今のコロマルでも一人で倒せそうだ。
ゴブリン三体くらいならローリングアタックで楽勝だろう。
"ふっふっふ、モンスターがどこにいるかはコロのほうが詳しいよ? カイトに勝っちゃうもんねー!"
コロマルが自信満々に胸を張る。
実際にその通りだった。
コロマルは次から次へとモンスターを見つけ出し、ローリングアタックと叩きつけを使い分けながら倒していく。
余裕だね。やっぱり一人にしても大丈夫そうだ。
僕も負けてはいられない。
「いた! 角ウサギだ!」
白い毛皮に真紅の瞳。額から生えたダガーのような角を獲物に突き刺し、獲物の体から飛び退くと同時に角を引き抜く。これを、相手が死ぬまで繰り返す。体高が僕の膝上くらいまであり、発達した後ろ脚で素早く動く凶暴なモンスターだ。
肉は食べれるけれど、雑食だから少し獣臭くて癖がある。栄養があるのにカロリーが低いから、ダイエットにいいらしい。
ママがたまに食べているけれど、僕は苦手なんだよな。
「さあ来い!」
今の僕ならステータス差でなんとかなると思うけど、ジグザグと木々の合間を縫うように逃げるから、普通は追いかけても無駄。
今回はどの図鑑にも書いてある簡単な方法を試す。
「キッ!」
角ウサギの短く甲高い声は、獲物を横取りするなと周囲のモンスターを威嚇するためのもの。
そう、自分をエサにしてやればいい。わざと背中を向けて油断していると思わせてやれば、しめしめと襲いかかってくるんだ。
ほら、牙を剥き出しにして鼻の上にしわまで作って、怒りの剣幕で迫ってきてる。
「――このタイミング!」
角ウサギは、自慢の角を刺してやろうと、攻撃のときに必ず飛び上がる。でも、それが隙なんだよね。
空中で身動きが取れなくなったガラ空きの胴体を狙い、下から上に槍を突く。
ずしりと両腕が重くなり、柄の先で逃れようと暴れる角ウサギがその動きを止めるまでじっと待つ。
やがて、ぐったりと四肢をもたげたその体から
槍を振り、まとわりついた血を払う。
"カイトすごーい! コロも負けないよー!"
楽しそうなコロマルの方に視線を向けると、まさに戦闘が始まるところだった。
相手はホウダンガエル。
パッセの親方が好きなミント味のアイスみたいな色の体表に、紫色の斑点模様が浮かんでいる。この見た目に反して毒はない。捕食されないように毒々しい体色をしているのだとか。
こいつの攻撃方法は体当たり。 普段はツノウサギと同じくらいの大きさだが大量の空気を取り込み、三倍くらいに膨らむ。さらに、皮膚の硬度を増すスキルを使い、ゴブリンなら十メーターは吹き飛ばせるほどの勢いで突っ込んでくる。
あとは、たまに舌を伸ばして獲物を引き寄せ、噛みついてくるらしい。
「さあ、始まるぞ」
やはり今回のホウダンガエルも体を膨らませており、地面をえぐりながら回転するコロマルと対峙していた。
本人はコロマルを殺してやろうと一生懸命なのだろうが、空気を逃さないよう口を引き結ぶ顔が少しマヌケっぽく見えて可愛いらしい。
"どっちの体当たりが強いか比べっこだー!"
柔らかそうなカエルの皮膚がぼんやりと光る。
スキルを使ったようだ。あれで敵の皮膚が、ノコギリでやっと切れるくらいの木の樹皮ほどに硬くなるらしい。
両者の距離が一気に縮まっていく。
同時に飛び上がり……そして、その体を激突させる。
――パアンッ!
びっくりして体が浮き上がるほどの乾いた炸裂音。こだましながら、森中に鳴り響く。
音の正体を探ると、コロマルが通り過ぎた跡が血に染まっていた。
残されたのは、僕の服くらいまで薄く引き伸ばされた毒々しい模様の皮――ついさっきまでホウダンガエルだったものだ。
街中でたまに見かける、車輪に轢き殺された小さなカエルの姿が脳裏に浮かぶ。
「やるじゃないかコロマル!」
"えへへ、たーっくさん倒しちゃうんだから!"
日が暮れるまでモンスターを狩り続けた。
その結果、僕らのステータスがこれだ。
【名 前】 コロマル
【種 族】 ヒュージスライム(37)
【レベル】 11
【魔 力】 22
【筋 力】 22(37)
【防御力】 22(37)
【名 前】 カイト・フェルト
【適 性】 スライム超特化テイマー
【レベル】 13
【魔 力】 0/13
【筋 力】 25(118)
【防御力】 25(118)
【召喚枠】 1
【スキル】 テイム、モンスター鑑定
コロマルのレベルは7も上がり、僕のは1だけ上昇した。あ、増えた分の魔力はテイムで使い切ったよ。
ご覧の通り、僕から仕掛けた勝負の結果は惨敗だ。
万が一を考えてコロマルを見守っていたから、思ったより僕のレベル上げがはかどらなかったな。
スライムの種族特性であるレベルの上がりやすさは、ヒュージスライムになった今でも同じらしい。僕なんかすぐに追い抜かれてしまいそう。
コロマルの大きさは、もう僕の身長とほぼ変わらない。
こんな巨大なスライム、目立ちすぎにもほどがある。
でもまさか、この問題がいとも簡単に解決してしまうなんて。