21.やっぱりママはすごい
「カイトちゃ〜ん、分かってんだろうなぁ……っておい! どこに行きやがる!」
放課後を告げるチャイムと同時に、全力ダッシュで家に帰る。
信じられない物を見るような目で、僕の姿を追っていたザンブの顔。思いだすと笑いが止まらない。
罰ゲームらしいことは何一つ受けなかったけど、昼も含めた休み時間中ずーっとザンブの姿を気にしなければならなかったのは少し疲れたかも。ご飯も食べれなかったしね。それはあいつも同じだろうけど。
でっぷり太ったあの体型を維持するには、かなりのカロリーが必要なはずなのに、昼飯を抜いてまで僕を追いかける執念は敵ながらあっぱれだ。
これを毎日続ければ、ザンブも痩せて健康になるかもしれない。
そう考えたら、僕ってご主人様の体調を気遣ういい奴隷かも?
「ただいまー! コロマル、寂しくなかった? 今日から特訓だよ!」
"うんっ、カイトのママが色々教えてくれたから大丈夫だった! もっともっと強くなれるんだね!"
玄関の扉を開くと、コロマルがリビングからひょっこり顔をだす。
色々って、何を教わったんだ?
まあ、スラマルとコロゾーも家事を仕込まれてたみたいだし、だいたい想像はつく。
僕はこれから森に向かう。
授業中に考えていたんだけど、やっぱりコロマルの姿はあまり人に見せない方がいいという結論に至った。
倉庫から二輪のリアカーを取り出してコロマルを乗せる。その上からシートを被せてやれば中身は分からない。これで完璧だ。
カラカラと音を立てながら走りだす。
昨日パパとママに相談していたことは、ザンブとの決闘だ。今度こそ絶対に勝てると自信がついたら、こちらから挑むつもり。僕の現状を理解しているからこそ、二人とも納得してくれた。
朝はコロマルの合体。学校が終わったらレベル上げや戦闘の練習。家に戻ったら槍を振ったり本を読んだりして自分を磨く。こんな感じでいこうと思う。
たとえレベル30のオークが10体出てこようとも、ボコボコにできるくらいまで成長するのがとりあえずの目標かな。
普通のスライムテイマーなら難しいかもしれない。でも、今の僕らなら、そう遠くない未来に実現できるはず。
迷惑をかけっぱなしのパッセ工房のみなさんにもコロマルを紹介したいけど、強くなることが最優先なのでまだ我慢。早く親方たちの驚く顔が見たい。
「まずはローリングアタックから覚えていこう! ……こんな感じで体を丸く固めて、転がりながら加速するんだ!」
"分かった! やってみる!"
森に到着。
スラマルとコロゾーに教えたように、でんぐり返しを見せてやる。
コロマルはすぐに理解してくれたみたい。体を少し伸ばして振り子の要領で勢いをつけ、巨大な球体となって転がっていく。
コロンコロンではなくゴロンゴロン。大迫力のローリングアタックだ。
重さも直径もスライムよりあるためか、初速は遅いものの、加速が乗りきったあとの最高速度が凄まじい。
山頂から崩れ落ちてきた岩石の如し。あれは流石に僕でも追いつけなさそう。
「上手上手! その勢いのまま飛び上がって体当たり……それがローリングアタックだ!」
"カイト見ててー! こんな感じ?"
放物線ではなく直線。巨大な球体が空を飛んだ。
まるで、城壁でも破ろうとしてるのかってくらいに、馬鹿でかい大砲から撃ち出された砲弾みたい。
どうやら狙いはイーチョの木。トゲトゲした黄色の葉っぱが特徴の、建築資材にも使われるそこそこ頑丈な植物だ。
そんな生木が、コロマルのローリングアタックで鉛筆のようにへし折れてしまった。
近くの木々まで揺らしながら、巨大な衝撃音が響く。
「……えぇ?」
"すごい? ねえカイト、コロってすごい?"
オークの体を支えるのは、太く丈夫な骨と異常なまでに発達した筋肉。その上に分厚い脂肪がかぶさって、硬い毛皮のおかげで防御力も高い。
そんな質量を思う存分振り回すオークが体当たりをしたところで、あれほどの威力が出せるのだろうか?
「すごいで片付けちゃっていいのかな? 僕の想像を軽く超えちゃって、開いた口が塞がらないよ」
"やったぁ! ローリングアタックって楽しいね!"
ブヨンボヨンと飛び跳ね、全身で喜びを表現するコロマル。周りの惨状も相まって、森の王みたいな風格がある。
「次はレベルを上げてみようか」
"よーし、やっちゃうよー!"
触手を腕みたいにして、コロマルがシュッシュとパンチを繰りだす。気合い十分だ。
あんなのどこで覚えたんだろう。誓って僕は教えていない。
もうゴブリンだって倒せそうだけど、油断は禁物。まずはスライム相手にゆっくり育てていこう。
"えいっ!"
ふわりと飛んだコロマルが、お散歩中のスライムを押し潰す。
"やあああっ!"
球体となったコロマルが、呑気に日向ぼっこしていた3体のスライムをまとめて
僕はただ後ろをついて行くだけ。
移動も速いし、安心して見てられる。
この調子なら、明日は少し森の中まで入っても大丈夫そうだな。
合体の効率をよくするために、僕のレベルも上げておきたいところ。
【名 前】 コロマル
【種 族】 ヒュージスライム(24)
【レベル】 4
【魔 力】 8
【筋 力】 8(24)
【防御力】 8(24)
一方的な蹂躙は、空が暗くなるまで続いた。
スライムは1レベルにつき各ステータスが1ずつ増えていたが、ヒュージスライムはその倍の2ずつ増えるらしい。
上がったレベルは3つだけど、慎重にやっていたし、初日としては大満足の結果だと思う。
「コロマル、お疲れ様。そろそろお家に帰ろう」
"は〜い! 楽しかったぁ!"
コロマルの頭を撫でて帰路につく。
人目を避けようと少し遠回りをしてみたが、どうしたって人とはすれ違う。
現状ヒュージスライムという種族を知っているのは、僕とパパとママだけ。
ふとした拍子に、コロマルを隠しているシートが飛んでしまうかもしれない。
……少し不安になってきた。
リアカー以外にもいい対策があればなぁとは思う。
「……て、感じでさ。どうしたらいいかな?」
というわけで、家に帰って夕飯を食べながら早速パパとママに相談してみた。
僕には考えつかなくても、パパは頭がいいしママはちょっと変わってるから、一人で悩むよりいいと思って。
「でかくなったんなら、ちっちゃくなれねえのか?」
パパのアイディアはもう試したけど無理だったんだよね。
「そうねぇ、お洋服を着せるとか? コロマルちゃんは形を変えられるでしょ? 練習したら人みたいに動けるんじゃない?」
いやいや、それは流石に……できるのか?
何を突拍子もないことを言ってるんだろうと最初は呆れたけど、ありかもしれない。
「コロマル、僕みたいになれる? 顔があって、首があって、その下に体。そこから手脚を生やしてさ」
"どうだろ? ちょっとやってみるね!"
コロマルの体が、ウニョウニョと動いて変形していく。
まずは頭か。ツンツルテンの楕円形だ。
そこから首が伸びて、体ができた。ちゃんと肩があるし、ウエストにくびれもある。
バランスが取りにくいのか、フラフラと倒れそうに慣れながら二本足を生やす。
両手ができれば……すごい、完璧じゃないか!
見上げるほどの巨人が現れた!
「こりゃダメだな……。でかすぎて逆に目立っちまう。カイトの二倍くらいあんじゃねえの? いや、すげえはすげえんだけどな。普通のスライムにこんなことはできねえし、これも超特化ってやつのおかげなんかね?」
まあそうだよね。
パパから真っ当なダメ出しを食らってしまった。
"ごめんねカイト……"
しょんぼりしながら、コロマルが元の姿に戻っていく。
謝ることないのに。だって、この子は初めての変化で人の形を再現してみせたんだから。
どんどんイメージが湧いてくる。コロマルと僕が、どんどん強くなる姿が目に浮かぶ。
「コロマル、やっぱり君は最高の相棒だよ! 確信した。僕とコロマルなら、世界最強になれる!」
"えぇ、本当? やったぁ! コロ、もっともっと強くなりたい!"
飛び跳ねて喜ぶコロマルだが、家の中でそれはやめて欲しい。棚の中の食器が揺れて、ママが不安そうな顔をしているからね。
「おっ、今日は軍師アイデルン・バランティーヌの試合か!」
テレビを見始めたパパが興奮している。
みんなでソファーに移動して、モンコロの観戦を始めた。
試合を見るのは久しぶりだなぁ。
アイデルン・バランティーヌ……サモナーの中でも強さは下の方になってしまうゴブリン特化なのだが、戦略と指揮能力が素晴らしい。
つば広のとんがり帽子がトレードマークで、全体的に薄紫色をした吟遊詩人みたいな格好をしている。
どんなモンスターが相手でも、ゴブリン達は簡単に倒されていく。しかし、劣勢を巻き返して最後に降参するのは相手の方だ。
誰の目から見ても、技術で勝っているのが分かるから、アイデルンさんの試合は面白いんだよね。
今回の相手は勢いのある新人闘士で、ラッド・マックスマンという名前らしい。僕はよく知らないけれど、女性から人気がありそうな爽やかイケメンだ。
紺色の長髪をさらりとかき上げ、手を振りながら登場すると、黄色い歓声が上がる。
もうスポンサーがついてるみたいで、アイデルンさんと戦わせて人気を押し上げようという魂胆が見え見えだ。
こちらは、珍しいメギュラス特化。硬い皮膚に頑丈な角が強力なサイ型のモンスターで、攻守に優れている。
これは盛り上がりそうだぞ。
「――バトルスタートッ!」
実況による試合開始の合図で、両者が動きだす。
アイデルンさんの布陣は、ゴブリンキングを最後尾にして、その前にアーチャーたちが弓を構えている。
前列にレッドゴブリンとゴブリンリーダーがまばらに混じっている感じだ。
ゴブリンは、少ない魔力で召喚できるってメリットがあるから、数が多いんだよね。
対してラッドさんは、アイロンアーマードメギュラスを5体横並びに召喚した。
金属鎧みたいな皮膚に、体長4メーターを超える巨体。圧倒的な重量で相手を押し潰すつもりだろう。
先手を打ったのは、アイデルンさんのゴブリンアーチャー。ラッドさん本体を狙って矢を放つ。
そんなもの気にしないとばかりにラッドさんは前に出て、真ん中のメギュラスを盾にして躱す。
そのまま両翼を上げ、4体の鎧に包まれた巨獣がゴブリンの集団を囲い込み、蹂躙していく。
ゴブリンキングがなんとか耐えることでぎりぎりのところで凌いでいるが、個の力の差がえげつない。
……一方的かと思われた。
しかし、いつの間にか召喚されていたゴブリンエリートがラッドさんに迫る。
「そう、そこよ! アイデルン、やっちゃいなさい!」
ゴブリンエリートは、主人を守るメギュラスの角で串刺しにされてしまう。
その瞬間……エリートの背に隠れていたレッドゴブリンシーフが飛び出す。
低い姿勢で地を這うように距離を詰め、真っすぐに突き出された青白く光るナイフがラッドさんの首に刺さる手前で止まった。
両手を上げたラッドさんが降参を宣言し、ゲームセットだ。
アイデルンさんらしい見事な試合だった。
ふとママを見ると、大興奮して立ち上がり、シュッシュとパンチを繰り出している。
僕はコロマルを見て、あぁ……あれか……と笑った。