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「……行ってきまーす」
今日はいつもより早く家を出る。
パパとママを起こさないように、小さく呟きながらそっと玄関の扉を閉めた。
まだお日様が顔を見せ始めたばかり。外は薄暗く、肌寒い。
これから僕は、森に向かう。
決闘時点でのザンブはレベル24。これは、コロマルのステータスを加算した今の僕とほぼ同じくらい。
昨日のザンブの余裕を見れば、謹慎期間中にもっと差が開いていると考えた方がいいだろう。
だからこそ、魔力が回復した今のうちに強くなっておく。
学校に行く前に家に戻り、ダグランス一号を置いてコロマルを預けなきゃいけない。
タイムリミットがあるため、やることは昨日と同じ。魔力が尽きるまでスライムをテイムして、コロマルに合体させるんだ。
「急ぐぞコロマル!」
背中に担いだ槍を揺らしながら、朝焼けがぼんやりと赤く色付ける街道を走る。
"カイト待ってー! 速いよー!"
コロマルも体を伸び縮みさせながら一生懸命に走っているみたいだけれど、僕の足にはついて来れないようだ。
まだローリングアタックを教えていないことを忘れてしまっていた。
「ごめんごめん。おんぶしてあげるから許して?」
片膝をついて、わ〜いと喜ぶコロマルを待つ。
子供が父親に掴まるように、首にまとわりつく流動性の体。ずっしり背中が重くなった。外気でよく冷やされていて、氷を首筋に当てられみたいに肩がヒュッと縮む。
まだ僕よりもちょっとだけ軽いかな。とても12体分とは思えない。
どういう仕組みかは謎だけど、元のスライムを二倍から三倍の中間くらいまで大きくした感じだろうか。
このまま巨大化を続けたら、いずれ家に入れなくなってしまう。それだけが心配だ。
大型のモンスターに特化したテイマーは、山や森の中で放し飼いにしたり、街から離れた場所に専用のエリアを作ってあげたりするらしい。
再び走りだすと、モモやヒザに負荷がかかる。
早朝の筋トレやランニングは健康にいいと聞くし、二つまとめてできちゃうコロマル背負いはトレーニングに最適なのでは?
我ながらいいネーミングセンス……だよね?
「よし、さっさと終わらせちゃおう!」
森に到着。早速、コロマルを担いだままスライムを探す。
しかし、なかなか見つからない。スライム見たけりゃ五歩進め……あのことわざはなんだったのか。
"ねえカイト、あの茂みを調べてみて?"
僕が困っていると察したのか、コロマルが背中の方から触手を伸ばし、指差すように助け舟を出してくれた。
たまに茂みの中から顔をだすことはあるけれど、スライムなんてその辺をのんきに散歩してるもんだけどな。そう思いながらも、言われたとおりに枝葉を掻き分けてみる。
「すごいやコロマル! いたよ!」
体が周囲の色を写し取り保護色のようになっているが、たしかにスライムだ。
すやすや眠っているみたい。
僕が大声で驚いたせいで目を覚ましちゃったけど。
「ほらっ、観念しろ!」
プルプルと体を震わせ、警戒心を露わにするスライムを両手で掴む。
実は、昨日のうちに色々と試していたら、効率のいいテイム方法を編み出しちゃったんだよね。
上下左右に激しく揺さぶってやると、体の形を変えられないみたい。つまり、もう逃げられないってこと。
頑張って細くなろうとしたり、体当たりの容量で飛びあがろうとするんだけど、僕のせいで自分の意思とは無関係に変形しちゃう。
おそらく、スライムはステータスが低いから、自分よりも強い力で無理矢理に動かされると何もできなくなってしまうんじゃないかな。
「――テイム!」
相手が降参したところで、一丁上がりってわけ。
早速コロマルと合体してもらう。
「ところでさ、何で茂みにいるって分かったの?」
"えっとねー、夜は怖いから隠れるの。茂みの中とか、岩陰とかが多いかも。お日様の光を浴びるために、もう少ししたら動きだすんだけどね"
なるほど、それは知らなかったな。本にも書いてなかった。
スライムって弱いから、ちゃんと研究してる人が少ないのかもしれない。
簡単に倒せるし、放っておいても無害だからね。
「よーし、どんどんいこう!」
そうと分かれば、見つけるのは簡単だった。
岩陰を覗いてテイム。
丈の長い草むらでテイム。
数だけは多いから、魔力が尽きるのはあっという間だった。
【名 前】 コロマル
【種 族】 ヒュージスライム(24)
【レベル】 1
【魔 力】 2/2
【筋 力】 2(24)
【防御力】 2(24)
【スキル】 なし
これが今のコロマルのステータス。
昨日今日と合わせて二時間もかかっていないのに、この成長速度は異常すぎる。
これでまだレベル1なのだから、放課後に待っているレベル上げが楽しみで仕方ない。
【名 前】 カイト・フェルト
【適 性】 スライム超特化テイマー
【レベル】 12
【魔 力】 0/12
【筋 力】 23(52)
【防御力】 23(52)
【召喚枠】 1
【スキル】 テイム、モンスター鑑定
で、これが僕。
レベルは上がれば上がるほど次に必要な経験値が増えていくし、ザンブがいくら頑張ったところで謹慎期間は一週間。せいぜい40レベルに達しているかどうかってところじゃないかな。
今の僕のステータスなら、勝てているかは微妙だけど、そんなに大きく離されてもいないと思う。
「……こうなると、ちょっと不安だよね」
"どうしたのカイトー?"
コロマルもだいぶ大きくなってしまった。頭のてっぺんが僕の胸あたりまできている。
……どこまで膨らむのかな?
昨日でさえ街中で注目を集めていたし、珍しいスライムとして誘拐されないといいけど。
何か対策をするべきだろう。
「いけない、早く帰らなきゃ!」
周囲はすっかり明るい。
遅刻なんてしようものなら、ママからも怒られるだろうし、先生のゲンコツを食らってしまう。
コロマルをおんぶして、家に向かって走りだす。
巨大なリュックを背負っているみたいだ。背中がブヨンブヨンと揺れている。
僕より重くなっていてもおかしくないはずなのに、脚にかかる負荷はそれほど苦にならない。それどころか、朝よりずっと速く動ける。
「ただいまー!」
帰ったらすぐに朝ごはんを食べ、教科書やらなんやらが詰まったカバンを持って出発だ。
「いってきまーす!」
てんやわんやの大忙し。
玄関で手を振り僕を見送ってくれるママとコロマルを背に、学校へ向かう。コロマルがママを真似てブンブン振り回してるあれが手かどうかは疑問だけどね。
僕の足取りは軽い。
ステータス上昇のおかげ……ということではなく、進むべき道が見えたから。
「よーし、ぎりぎりセーフ! 間に合った!」
教室に滑り込むと同時、始まりのチャイムが鳴り響く。
変に早く着いちゃうとザンブが面倒くさそうなので、あえてこのタイミングを狙った。
出席を取る間も授業中も、チラチラと
「ぶひょひょひょひょ! お〜い奴隷ちゃんよぉ、仕事もせずに悠長じゃないのぉ。イスを動かすのはテメェの役目だっ
さて、授業が終わり先生が出ていくと、予想通りに奴が動く。
わざわざ家から持ってきたらしい棍棒でペシペシと手のひらを叩きながら、ニヘラと下卑た笑みを浮かべたザンブが近づいてくる。
とうとう暴力まで振るおうとしているみたいだ。有り難すぎて涙がでるよ。
「ひ、ひぃー! ザンブ様、お許しくださいーっ! 今日まで奴隷として誠心誠意尽くしてきましたが、もう耐えられません。……もう逃げるしかない。これじゃあ僕は逃亡奴隷じゃないかー!」
なんちゃって。わざとらしく演技をして、教室から飛びだす。
あいつがご主人様になりきるなら、こっちも奴隷役に徹しようじゃないか。
僕だってやられっぱなしじゃないぞ。
「お、おいっ! てめぇ、待ちやがれ!」
何が起きたのか頭で理解するまで時間がかかったのだろう。ポカンと口を開けながら僕を見ていたザンブは、急に顔を怒りの表情に変えた。
ザンブが鼻息荒く両手を広げて追いかけてくるが、最初に距離を稼いだおかげで僕には追いつけない。
「いいぞカイト! やっぱお前はそうじゃないと!」
「あはは、カイトくん面白〜い!」
僕らが去ったクラスから、声援が聞こえる。
あんなに仲が良かったみんなが急に距離を置くもんだから、てっきり嫌われてしまったのかなと思っていた。
でも、違ったみたい。スライムテイマーという最底辺の適正になって、決闘でボコボコにされたから、落ち込んでる僕に時間をくれようとしてたのかも。
まだザンブ側についてる人はいるけど、僕にも味方がいるって分かっただけで嬉しい。
「ザンブ様、勘弁してくださ〜い! そんな怖い顔で追いかけたら、女の子に嫌われちゃうよ〜?」
……だなんておちょくりながら、廊下を歩く生徒の合間を縫って逃げていく。
ザンブはぶくぶくに太っている。狭い廊下はさぞ走りにくかろう。いっこうに距離は縮まらない。
アドバンテージはこちらにあるとしても、僕らのステータスがそれほど大きく離れていないと分かった。
「クソ雑魚スライム野朗がああぁ! ぜってぇ許さねえかんなあああぁ!」
眉を吊り上げ、顔を真っ赤にしたザンブの顔は凶悪だ。唾を撒き散らして喚くので、みんな悲鳴を上げて道を開けている。
まだ完全にやり返せたわけじゃないけど、胸がスッとした。
ダグラスさんとパッセの親方が教えてくれた作戦の勝利だ!