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18.真の力

 夕暮れ前の森は静かで、木々の隙間を通り抜ける涼しい風が葉っぱを揺らす。カサカサと乾いた音だけが聞こえる。
 ここはスラマルとコロゾーに出会った場所。
 テイマーとしての僕は、ここから始まったんだ。
 ラビちゃんとも一緒によく遊んだなぁ。空を見上げると、懐かしさが込み上げてくる。
 あの決闘があって、もうこの森には来れないんじゃないかと思っていた。
 またここに来れたら、やりたいことがあったんだ。

「お墓を作ってあげないとね」

 下を見ながら、ある物を探す。
 二人の魂を供養するにも、お墓の目印がなければ始まらない。

「これなんていいかも」

 少し形は(いびつ)だけど、スライムに似た半円状の石を拾い上げる。大きさは僕の握り拳くらい。
 踏み荒らされたりしないように、大きな木の裏側でちょっとだけ盛り上がったところに石を置く。
 スラマルとコロゾーの形見は何も残ってないけど、僕の思い出を詰め込む。

「二人と一緒に強くなりたかった。ラビちゃんにも会わせてあげたかった。僕が弱かったばっかりに……。スラマル、コロゾー、君たちのことは一生忘れない。遅くなっちゃってごめんね」

 瞳を閉じ、手のひらを合わせ、心に二人の姿を浮かべながら祈りを捧げる。
 死んだらみんな、空の上にある幸せな国で暮らすらしい。
 スラマルとコロゾーも、きっとそこにいるはず。
 僕の気持ちが届いてくれるといいな。

「僕はもう泣かないよ。強くなるんだ! スラマルとコロゾーが心配しなくていいように……だから、空の上から見ててね? 君らの主人は凄いんだって、いつか二人が胸を張って自慢できるテイマーになるよ!」

 目を開けると、お墓の近くに生えていたフェアリーマッシュが光の胞子を放つ。
 キラキラと美しく輝いて、まるで僕を祝福してくれてるみたいだ。
 もしかして、スラマルとコロゾーが……頑張れって言ってるのかも。

「うん、任せて!」

 空に向かって拳を突き上げ、笑顔を向ける。
 パッセの親方、ダグラスさん、ありがとう。
 パパ、ママ、もう心配要らないよ。

 ダグランス一号を握り締めると、力が湧いてくる。
 弱い自分はもう捨てた。
 今度こそ僕は変わるんだ!

 ……誓いを立てたそのとき、茂みが揺れた。
 ぷるりと揺れる半透明の体を、僕はよく知っている。
 スライムだ。
 このタイミングで現れてくれたことに、どうしても運命を感じでしまう。

「ねぇ、僕と友達にならない?」

 掬い上げるようにコロコロと転がしてやると、向こうもやる気になったらしい。
 体をへこませ、伸び上がると同時に飛び上がる。
 今のこの子にできる最強の攻撃――体当たりだ。

「ふふっ、元気一杯だね。その調子その調子! でも、僕と一緒に来てくれれば、もっと強くなれるよ!」

 下手投げで放られたボールをふんわりと受け止めるように、体当たりしてきたスライムを抱きしめる。
 僕の両腕の中から必死に逃げようと暴れるが、ステータスの差がそれを許さない。
 力は込めず、優しく愛情を注ぎながら、ただ相手の自由を奪う。
 ……やがて、観念したのか、スライムが動きを止める。

「君を傷つけたりなんかしない。大切にするって約束するよ。だから、僕の従魔になって欲しい。――テイム!」

 両手に包まれたスライムが光を放つ。
 僕とこの子が繋がっていく。
 よかった、テイムに成功したみたいだ。

「よろしくね、僕はカイト。君の名前は……コロマルだよ!」

 出会った瞬間に、スラマルとコロゾーから半分ずつ取ったこの名前にしようと決めていた。

 【名 前】 コロマル
 【種 族】 スライム
 【レベル】 1
 【魔 力】 1/1
 【筋 力】 1
 【防御力】 1
 【スキル】 なし

 レベル1……ここからまた始まるんだ。

 【名 前】 カイト・フェルト
 【適 性】 スライム超特化テイマー
 【レベル】 12
 【魔 力】 11/12
 【筋 力】 23(2)
 【防御力】 23(2)
 【召喚枠】 1
 【スキル】 テイム、モンスター鑑定

 僕にもコロマルのステータスが加算されている。

"名前……嬉しい! カイト、ありがとう!"

 すごく喜んでるみたい。
 二人が従魔になってくれたときの光景が脳裏に浮かぶ。
 ……ダメだ。もう泣かないって決めたんだから。
 下唇を噛み締め、上を向いて涙を堪える。

「そうだ、一人じゃ寂しいよね」

 今日はもう一体テイムして家に帰ろう。
 新しい仲間をパパとママに紹介するんだ。

 コロマルを右手に抱えて森の周りを探索。
 吹っ切れてしまえば、あとは進むだけ。
 足取りが軽い。心が弾むようだ。
 少し走れば、スライムはすぐに見つかる。

「……いた!」

 今度は新しいダグランス一号を使ってみよう。
 コロマルを地面に降ろし、穂先を後ろに、石突(いしづき)を前に。

「それっ!」

 勢いそのままに奇襲をしかける。
 スライムは弱い生き物だ。今の僕のステータスでは、どの攻撃も致命傷になりかねない。
 かなり加減をした突きを放つ。

 初めて使うダグランス一号は、不思議と手に馴染む。
 まるで、込めた力が少しも逃げずにそのまま伝わるみたい。
 丸い石突が叩いたスライムの体表は、ポヨンと揺れて波紋を浮かべた。

「えいっ! たあっ!」

 右から左から、赤ちゃんのほっぺたをつつくみたいに攻めたてる。
 じゃれてるのと同じ。ほとんどダメージなんて入っていないはず。
 しかし、僕の迫力と猛攻に押されたのかスライムが逃げていく。
 負けを認めたらしい。

「――テイム!」

 こうなればこっちのもの。
 成功は必須だ。

「君の名前は、プルリンにしよう! みんなで最強を目指すんだ!」

"はい、ご主人様。このプルリン、誠心誠意仕えさせていただきます"

 かしこまった奴だな。
 一人一人個性があって、やっぱりスライムは面白い。
 さて帰ろうかと思ったけれど、欲が出てしまう。
 せっかく仲間になったのだから、スラマルやコロゾーみたいにローリングアタックを教えたり、レベルを上げたりしてあげたい。

"……最強? コロはスライムだよ? 簡単に殺されちゃうんだぁ。弱いって分かってる。……でも、そんなコロが、ほんとに最強になれるの?"

 コロマルから、ワクワクした興味が伝わってくる。
 強くなれることが嬉しいみたい。パッセの親方が言っていた通りだ。
 従魔になってくれたってことは、そういうことなんだな。
 僕も覚悟を決めないと。

「なれるさ! これからどんどんレベルを上げて、僕が色々と教えてあげる。そうすれば、ゴブリンだろうがオークだろうが……」

 勝てる……と、言いたかった。
 でも、言葉が詰まってしまう。

 レベルを上げれば強くなる。
 僕は超特化のおかげで、他のスライムテイマーと違い二倍のステータスが加算される。
 先生も褒めてくれたし、テイマーとしての才能があるのかもしれない。
 ……でも、負けた。

 ザンブが召喚したオークはレベル12。あの自信だから、謹慎中にもっと強くなっていることだろう。
 こちらは一からのスタートだ。今まで通りにやったところで追いつけるのか?

"ご主人様、どうされました? ご気分が優れませんか?"

 プルリンが心配してくれている。
 初日からこれじゃ、テイマー失格だな。

「実はね、僕は一度オークに負けてるんだ。君たちと同じスライムを二人……死なせてしまった……。今度こそ勝ちたい。でも、どうしたらいいか分からなくてね」

 従魔と真剣に向き合おう。そう考えたら、自然と自分の失敗を話していた。
 怖がらせるかもしれない。戦いたくなるかもしれない。でも、伝えるべきだと思ったんだ。

"う〜ん、オークかぁ。オークより大きくなったら勝てるかも! コロも大きくなりたいなぁ! カイト、できる?"

 いやいや、大きくするのは無理でしょ。
 体の大きさを変えられる能力を持ったモンスターはいるけれど、スライムはスキルを覚えられないし。
 空気を入れて膨らませる?
 それじゃあ逆に弱くなっちゃうよな。
 攻撃を食らったら割れて飛んでいきそう。
 どうにか二人の質量を保ったまま巨大化させてやれないだろうか。
 スライムは、核を体の中心に浮かべた球状の生物。水滴を垂らしたかのように重力で潰れて、好きに形を変えられる。
 ……水滴?

「そうか、コロマルとプルリンが合体すればいいんだ! なんて、無理だよね。あはは……」

 僕は何を言い出したんだろう。
 水滴を思い浮かべたら、葉っぱの上でくっついて、零れ落ちる様子が頭の中に流れてきた。
 咄嗟に口にしてしまったけれど、ありえないよな。

"プルリン、合体だってー! やってみよう?"
"はい、仰せのままに"

 コロマルがプルリンに近づいていく。
 二人が寄り添うように重なりあって……そして、一つになった。

「……は?」

 目の前で起きたことが信じられない。
 一回り大きくなったスライムが、ポヨンポヨンと飛び跳ねている。
 ……なんだこれ?
 いったい何が起きたんだ?

 【名 前】 コロマル
 【種 族】 ヒュージスライム(2)
 【レベル】 1
 【魔 力】 2
 【筋 力】 2(2)
 【防御力】 2(2)

 驚いてモンスター鑑定をしてみると、種族がスライムからヒュージスライムに変わっていた。
 それに、レベル1時点でのステータスが2倍になっている。
 種族名の横の数字は、2体分ということだろうか。
 いやいや、僕は何を冷静に分析しているんだ。
 ヒュージスライムだぞ?
 スライムの種族にはスライムしかいないはずなのに。

 世界の常識が変わってしまった。

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