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15.パッセの親方

「おうお(めえ)ら、今日の仕事は終わりだ。さっさと出てけ! 口答えしたらぶん殴んぞ! ……ダグラスだけ残れ」

「うげっ、何で自分だけなんすか! 心当たりなんて……あるような……ないような?」

 工房に入るなり、パッセの親方が羽虫でも払うように手を振りながら、外にまで響いてそうな馬鹿でかい声で叫ぶ。
 仕事の途中だというのに、指示に従ってみんな急いで片付けて、あっという間に出ていってしまった。
 ダグラスさんは……どうしたんだろう。両手で頬を押し潰しながら、何故か顔を青くして狼狽(うろた)えている。

 静かになった工房で、僕は前と同じ椅子に座らされた。パッセの親方とダグラスさんと向かい合う形で。

「うーし……始めっか。坊主、全部吐き出せ。話はそっからだ」

 何から話そう。
 ……いや、考えるべきじゃないか。
 親方が全部と言うんだから、テイマーになったときから今日のいままで何があったのか、僕はどう思ったのかを伝えるべきだ。

 ラビちゃんがドラゴンテイマーになって嫉妬してしまったけど、自分の愚かさに気づいた。でも、ヒーローになろうとしたのに、スライムテイマーになってしまったこと。
 ザンブに色々と言われて腹が立ち、決闘を受けてしまったこと。
 ダグラスさんに槍を作ってもらったこと。
 スラマルとコロゾーをテイムして、家族みたいに心が通じ合って……それで……失ってしまったこと。

「決闘なんてしなきゃよかったんです。最初から負けるって決まってたんだ。スライムテイマーじゃオークサモナーになんて勝てっこない。あれだけ考えて、練習して……やれることはやったのに通じなかった。僕が馬鹿だったんです。僕のせいで……スラマルとコロゾーが死んでしまった!」

 言葉にしたくないことも、勇気を出して全部全部吐き出したんだ。
 僕の話が終わるまで、パッセの親方もダグラスさんも真剣な顔で頷きながら聞いてくれていた。

「坊主は(なん)も間違ったことはしちゃいない。俺が同じ(おんなし)立場でも決闘は受けてたぜ? 自分を否定されて黙ってるなんて男じゃねえからな。大切に育てたスライムが、ザンブって野郎に負けて死んだのは悲しいだろう。自分の責任だと悔やむ気持ちも痛いほど分かる」

 知らない人が見たら逃げ出しちゃうくらい強面《こわもて》の親方。でも、今はまるで別人のようだ。
 子供の頃、寝る前におとぎ話を読んでくれたママみたいに優しい瞳が僕を見据えている。
 乱暴な言葉遣いだけど、その口調は柔らかい。

「……でもな、従魔ってのは、主人が死ねば後を追うように消えちまう。テイムされた時点で、自分の命を預けてんだよ。スラマルとコロゾーにとっては、カイトの坊主と一緒になって戦えたことが嬉しいんだ。結果はどうであれ、本望だったと思うぜ? まあ、てめえが馬鹿だっつうんなら一つだけ。テイマーってのは、常に仲間の死と隣合わせだ。その覚悟が抜けてたってこったな。……ま、俺からはこんなもんか。んで、ダグラスはどうよ?」

 パッセの親方の言葉が、温かいスープのように染み渡る。
 僕はグジュッと鼻をすすり、大きく頷く。

 決闘前、確かにコロゾーは言っていた。勝っても負けても悔いはないと。
 従魔になったモンスターは、主人が居なくなれば経験値となり消えてしまう。
 親方の言う通り、僕が死んだらスラマルもコロゾーも死ぬ。
 召喚枠を空けるためにテイムを解除した場合も、そのモンスターは経験値となり主人の糧となる。
 僕には覚悟が足りなかった。 
 二人とも、僕なんかよりもずっと真剣に……試合に命を賭けてたんだ。

「坊ちゃんはさぁ、これからどうするつもりなわけー? 奴隷の罰ゲームだってあるし、幼馴染の子にも約束しちゃったっしょ? いま答えろって言われても難しいかもしんないけど、大事なことだからね。お兄さんに自分の気持ちを伝えてほしいな」

 ダグラスさんの問いに、言葉が詰まる。
 ……先延ばしにしようと思ってたことだ。どうせ縮こまって悲しみに暮れながら、ゆっくり考えていくんだろうなんて。
 自宅謹慎が明ければ、ザンブは戻ってくる。スラマルとコロゾーを殺したあいつの奴隷をやらされてしまう。
 そんな毎日を耐えれるのか?

 僕はラビちゃんに、横に並んで見せると……守ってみせると誓った。
 家族同然になったスラマルとコロゾーを失い、心にぽっかりと穴が空いて酷く痛む。テイマーを続けるならば、また同じ気持ちを味わうかもしれない。
 ザンブにすら通用しなかったのに、また最初からスライムをテイムして、育てて……ヒーローになんてなれるのか?

「罰は、僕が安請け合いしてしまったのが悪いので、耐えるしかないと思ってます。……できるか分からないけど。テイマーに関しては、やっぱりスライムじゃ無理なのかもって。目の奥に焼きついてるんです……大切なスラマルとコロゾーが、無惨に握り潰される光景が。オークのことを調べて、作戦だってたくさん考えて、全てやったのに。僕にはもう、どうしたらいいか……」

「あー、なるほどねぇ。自信満々に挑んでコテンパンにされりゃ、そう(弱気に)なっちゃうか。テイマーの先輩として言わせてもらえば、坊ちゃんはまだまだなんよ。例えばさぁ、ザンブって野郎は最初、1レベのオークをたった一体出して舐め腐ってたんしょ? オークなんて無視して坊ちゃんが特攻しとけば、相手は丸腰なんだから、足でも何でも刺せたはずじゃんね? 接近されてから追加で召喚しようと遅いんだからさ。従魔に戦わせるだけがテイマーじゃないんよ」

「あっ……」

「でしょ? お兄さんさぁ、前もクイズ出したじゃん? 経験がテイマーの武器になるって。それは、モンスターだけじゃなく、召喚士にも当てはまんの。あの手この手ってのは無限にあるんよ。お兄さんにだって、知らないやり方がたーっくさんあるわけ。テイマーに終わりはないってのはそうゆうこと。みんな未熟なの。正解は無いの。だからテイマーってのは難しいし、時間が掛かるし、辛いし……ね? みんな辞めちゃうのも分かるっしょ?」

 ダグラスさんの言う通りだ。決闘中に、初めから考えてた作戦以外のプランがいくつか脳裏をよぎっていた。
 枝分かれした選択肢から正解を導きだす。あのときこうしていれば……そんな後悔を埋めてくれるのが経験ってことか。
 僕は、何もかもが甘かったんだ。スラマルとコロゾーの命を背負う覚悟もせず、自分の命を賭けたつもりになって……たった一週間で、テイマーを分かった気でいてさ。

「……はい。ダグラスさんの話を聞いて、心がずっと揺れてるんです。自分がどうしたいのか、今はやっぱり答えが出せません。でも、前に進んでいるような気がしています」

「おし、ちょっと顔が変わってきやがったな。いい男の顔に近づいてんぜ? ま、ここではこんなとこか。ちょっとダグラスと話して待っとけ」

 僕とダグラスさんを残して、パッセさんが奥の方へ行ってしまった。

 少し心が軽くなった気がする。
 何も考えられなかったのに、悩む余裕ができてる。
 親方についてきてよかった。

「どう? 可愛いとこあるっしょ、うちの親方。すんげえ(こえ)ぇけど、世話焼きなんだよねぇ。あっ、今の内緒ね? バレたらぶん殴られちゃう」

「ふふっ、分かってます」

 ほら、笑えてる。
 ほんとにいい人たちだ。気を遣ってくれて、僕みたいな子供に全力で向き合ってくれて。
 英雄(ヒーロー)って、こんな感じなのかな?
 僕もダグラスさんやパッセの親方みたいな大人になりたい。

 色々と話をした。
 ダグラスさんは昔、悪友に唆されて、犯罪に近い(グレーな)仕事をしていたらしい。
 テイマーの不遇さに嘆き、世界の不平等さに怒り、何もかもがどうでもよくなっちゃったんだって。
 あるとき、酒場で酔って絡んだ相手がパッセの親方。それはもうコテンパンにやられたんだけど、一緒にいた悪友はダグラスさんを見捨てて逃げてしまった。裏切られたんだ。
 その瞬間、自分がちっぽけで、世界でただ一人取り残されたような悲しみを味わったみたい。

「おい小悪党(チンピラ)、なんて情けねぇ目ぇしてやがる。俺とちょっと話しようや。……ってさぁ、お兄さんもう頭ふらふらなのに、首根っこ掴まれて無理矢理に引き摺り回されちゃってぇ」

 店の裏で地べたに座ると、パッセさんからビールの入ったジョッキを押し付けられて、今日の僕みたいに話を聞いてもらったらしい。

「どうせ毎日下向いて歩ってんだろ? お日さんが眩しい眩しいってよぉ。うちの工房で働け。変わるなら今しかねえぞ? 嫌なら辞めりゃいい。……な〜んて言われちゃったらさぁ、ついて行くしかないよねぇ? どう、似てた? かっけぇんだうちの親方は!」

 パッセの親方の真似をしながら、自慢の宝物でも紹介するかのように話すダグラスさん……の頭の上に、ゲンコツが落ちた。

「おうダグラス、ご機嫌だなぁ? 俺の声はもっと渋いだろうがタコ。ぶん殴んぞ!」

(った)ぁあああ! もう殴ってんじゃないっすか!」

 ゴツンッて、とんでもない音がしてた。
 あんな隕石みたいな拳を食らったら、僕の頭ならかち割れちゃうよ。

「うーし、次行くぞ次! そのぶち折れた槍は、もう使えねえから工房に置いとけ。肩を叩くのにちょうどよさそうだ。で、てめえはちんたら何してる? さっさと帰らねえかダグラス! 坊主、ついてこい」

「いやいや、なんなんすかもぉ。めちゃくちゃじゃないっすか……。お疲れっした! 坊ちゃんもまたね!」

「はい、ありがとうございました!」

 しょんぼりと頭を下げながら身支度を始めたダグラスさんを横目に工房を出る。本当は持って帰りたかったけど、テーブルの上に無惨な姿となったダグランス一号を置いて。
 僕はただ、肩幅の広いゴツゴツと大きな背中の後を追う。

 道中、アイス屋さんに立ち寄った。
 好きなの選べと言われたので、チョコとバニラの二つを指差す。パッセさんはハッカ味だ。
 僕がゆっくりと舐めとるように食べていると、親方は二口でアイスを完食し、バリバリとコーンを噛み砕いていく。あっという間に無くなってしまった。
 これが男の食べ方かと僕も真似してみたけれど、大きく一口食べたら喉が凍ったみたいに冷やされて、頭がギンギンと痛む。

「がははは、坊主にゃまだ早ぇな!」

 大きな手のひらが、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。
 今度はハッカ味に挑戦してみよう。おそらくあれが大人の味に違いない。

 まだ痛む頭を押さえながら店を出て、再び歩きだす。
 毎日のように通る見知った道……着いたのは、僕の家だった。

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