バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

13.言葉にできない何か

「勝負は決まった。ザンブ、降参しろ!」

 槍の穂先をザンブに向け、ゆっくりと歩きだす。
 本当はあいつの胸をこの槍で突き刺してやりたかった。あの顔を思いっきり殴りつけてやりたかった。
 でも、三人の力で掴み取ったこの勝利を僕の邪悪な感情で汚すべきではない。
 モンコロの闘士のように、正々堂々と戦った相手を尊重すべきだ。

「な、なんだとおおおおぉ! 俺っちのオークちゃんがやられるなんて……。カイト、今の気持ちを教えてくれよ。この一週間、死に物狂いで努力したはずだよなぁ? じゃねえと、スライムテイマーごときがオークなんて倒せるはずがねえ。なあ、今どんな気持ちなんだ? それだけ知りたいんだよおおおおぉ!」

 両手のひらをこちらに突き出して、ザンブは来るな来るなと後退り。
 ご自慢のオークがやられたからか、よく感情が読み取れない表情を浮かべて狼狽(うろた)えている。
 先生も早く止めてくれればいいのに。もしかして、あいつが僕と仲直りしようとしてるって捉えてるのかな。

「どうやったらお前に勝てるのかって、ずっと考えてた。リーチ差を埋めるための槍だったり、戦力差を覆すための戦術だったり。オークのことは、これでもかってくらい調べたからね。結果を出せて嬉しいけど、それがどうしたの? まだやるなら容赦しないぞ!」

「ぶひょひょひょひょ! そうかそうか、よく頑張ってくれましたねぇ。いやぁ、俺っちもゴミカイトの勝ち誇った顔が見れて嬉しいよ。手のひらの上で踊らされてるとも知らずになぁ!」

「……どういうことだ?」

「まだ分かんねえのかボケがよぉ。お前が作戦を考えてたように、大天才の俺っちも色々と練らせてもらってたわけ。ここまでぇ、想定通りだとぉ、めっちゃ気持ちいいって感じぃ? ぶっひょほほほほほ! ……遊びは終わりだ。さあオークちゃんたち(・・)、力の差を見せつけてやれ!」

 突如、ザンブとの間に巨大な壁ができた。二体のオークが現れたのだ。
 僕との距離は20メーターほど。そのすぐ後ろにザンブ、僕から5メーターくらい離れたところにスラマルとコロゾーが展開している。

「ザンブ・ヨークシャー選手、まだまだ終わっていなかったー! サモナーになったばかりとはいえ、オーク一体だけなんてありえませんからね! これで両者、手札を全て切った状態になりました! 正真正銘ここからが本番、盛り上がって参りましょう!」

 実況の言う通りだ。僕が馬鹿だった。
 あの自尊心の塊みたいなザンブが自分から決闘を仕掛けておいて、レベルも上げずにノコノコやってくるわけがない。
 心のどこかでずっとおかしいとは思っていたけど、見て見ぬふりをしてしまっていた。
 やはり隠し玉を用意していたらしい。多分、最初のオークはおとりで、僕らがどう動いてくるかを観察していたのだろう。

「んだよ豚野郎! びびらせやがって、できんなら最初から本気出しとけ!」

「あのテイマーは、召喚枠が2つなのにオークを倒してしまったんだ。相当に鍛え込んでいるはず。まだ勝負は分からないぞ!」

「スライムちゃんたち頑張ってー! お小遣いの半分も賭けちゃったんだからー!」

「おっしゃー! それでこそサモナーだぜ。さっさと叩き潰してやれ!」

 呆気なく終わったかと思われたところで、勝負が振り出しに戻ったのだから観客もさらに盛り上がる。
 僕への声援もザンブへの応援も半々といったところか。

"いまさら二体出てきたところで問題ありませんよねカイト様?"

"コロゾーたちは、たとえ五体現れても勝てるように戦術を考えていたのだ。ご主人の敵ではない!"

 スラマルは少し弱気になってしまったらしい。
 そこで、コロゾーが鼓舞してくれた。
 二体を相手にするのは初めてだ。でも、机の上を闘技場に見立てて、何通りもの戦い方を三人で研究してきた。
 オークが三体だろうが五体だろうが問題ない。
 やることは決まっている。落ち着いて相手の隙を作り、必殺の戦法で一体ずつ潰していくだけだ。

「スラマル、コロゾー、無茶はするなよ。この状況はべつに想定外じゃない。ただ一体目を倒しただけだ。二体目、三体目と続けるぞ!」

"まだ体力には余裕があります"

"我らで敵を翻弄し、ご主人が削る作戦ですな。承知!"

 ズリズリと地面を這いずり、オークの視界に自分たちの姿がチラチラと映るように二人が動く。
 相手からすれば、挑発されていると感じるだろう。
 一定の距離を保っておけば、転がることで小回りがきくスラマルとコロゾーはすぐに逃げることができる。
 どちらかが追われたら、僕が後ろからチクチクと槍で刺す。
 僕が狙われたら、いい位置まで誘導して、さっきと同じようにローリングアタックで終わり。そういう作戦だ。
 的を絞らせなければいい。

「おいおいおーい! カ〜イトちゃんよぉ、もしかしてまだ勝てると思ってるぅ? まあ、その方が俺っちてきにはありがたいけどぉ〜。ぶっひょっひょー! オーク、あのクソ雑魚スライムテイマーだけを狙え!」

 甲高く咆哮すると、二体のオークはザンブの指示に従い走りだす。

「は、速っ……」

 思わず口から漏れた言葉。
 同じオークなのにもかかわらず、大地を踏み締める力強さも、体で風を切るスピードも全然違う。
 距離を取らなければ。

「ピギィイイイイイ!」

 獲物を追い立てる狼の如く、二足歩行の豚の化け物が迫って来る。
 僕のステータスは奴らに勝っているはず……なのに、引き離せない。
 それどころか、裏に回り込ませないような立ち回り。
 このまま下がり続けてたら柵まで追い詰められてしまう。
 何かがおかしい。これじゃあまるでオークのほうが格上じゃないか。

「クソッ……! ローリングアタックの準備だ! 僕が敵を引きつける!」

"当てれそうな方を狙います!"

"コロゾーはスラマルに合わせますぜ!"

 欲を言えば、少し脚にダメージを与えてオークの機動力を削っておきたかったが仕方ない。
 プランが早まってしまったけれど、一体ずつ倒していくのは同じこと。
 あとは、僕が二体の攻撃に対処できるかどうかだ。
 
 右のオークが、バッタ探しをしている子供のように掴みかかろうとしてきた。
 3メーターを超える体ごと襲いかかってくる迫力は凄まじい。
 これを、右に避ける。左のオークによる追撃がこないようにするためだ。
 冷静に動きを見ていれば怖い攻撃ではない。
 安全に立ち回ることが最優先なので、イレギュラーが起きることを考えて、こちらから反撃するのはやめておいた。
 僕らには、必殺のコンボがあるのだから。

 蹴りを躱す。
 手のひらによる薙ぎ払いを躱す。
 次々に繰り出される当たれば終わりの猛攻を躱し続ける。

"カイト様、準備が整いました!"

"わざわざ隙を見せてくれるとは!"

 ここで、ついにチャンスがやってきた。
 左のオークが、なかなか戦いに参加できないことに焦れて、どうにかして攻めれないかと距離をとったのだ。
 僕に夢中な右のオークは当然、無防備な状態となる。

「今だ! ローリングアタック!」

 スラマルとコロゾーが、一体目を倒したときと同じように飛び上がり、オークの膝裏に激突する……が。

「……え?」

 オークは崩れなかった。
 それどころか、ローリングアタックをものともせずに、足裏をこちらに向けて突き出すような前蹴りを放つ。
 ……回避が間に合わない。予想外の事態に、一瞬動きが止まってしまう。
 咄嗟に槍で受け止めたが、衝撃を殺しきれなかった。
 あまりの威力に、目の前でダクランス一号がメリメリと音を立てて歪み、そのまま破片を撒き散らしながらへし折れる。
 貫通した蹴りがめり込み、押し潰された肺の中の空気が強制的に絞りだされ、コヒュと喉を鳴らす。
 その勢いのまま、放り投げられた小石のように後方へ吹き飛んで、数メーターは後ろにあったはずの柵に背中から全身を打ちつけた。

「あ……ぁ……」

 意識が朦朧とする。ヘルメットで頭を守っていたはずなのに、衝撃で脳が揺れてしまったようだ。
 激痛で体が勝手に悲鳴を上げようとするも、吐き出す空気が足りずに口だけポカンと開けて掠れ声を漏らす。

"カイト様!"

"ご主人、ご無事でありますか!"

 二人の声がかろうじて聞こえる。こんな僕を心配してくれているらしい。
 最後の最後で油断してしまった。申し訳なさと不甲斐なさが胸一杯に溢れてくる。

「いいよいいよオークちゃ〜ん! じゃ、フィナーレといきましょっかぁ? ナメクジどもを捕まえろ!」

 僕がやられたことで、スラマルとコロゾーも動きを止めてしまっていた。
 逃げようと体を丸めて転がり始めたのだが……少し遅かった。
 オークに(すく)い取られて、ボールみたいに右手に掴まれてしまう。

「そこまで! 勝者ザンブ! すぐに試合を()めるように!」

 よかった、先生が止めてくれた。
 僕のせいで大事な家族を失うところだった。
 負けてしまったけれど、悔いはない。これが今の実力なのだ。
 これからまた三人で修行して、少しずつ強くなっていけばいい。
 早く二人の元に行って、抱きしめてやらなければ。自分たちのせいだと悔やんでいるかもしれないから。
 悲しみは三等分しよう。

 柵に手をかけて痛む体を無理矢理に起こす。
 まだ視界がぼやけて世界が揺れている。

「……潰せ」

 ザンブの指示で、オークの右手が閉じた。
 指の隙間からは水風船を握りしめたかのように体液が飛び散り、二度と聞きたくない嫌な音が聞こえた。グチュリと、命が消える音が。
 オークどもは手のひらに残った薄膜と核を口の中に放り込み、胃袋の中に収める代わりにゲフッと下品な音を立てる。
 口の端からこぼれ落ちるスラマルとコロゾーの体液を舌で舐め取りながら、僕に向けて下卑た顔でほくそ笑む。

「……へ?」

 人は、信じられないことが起きたとき、情けない声が漏れるらしい。
 スラマルとコロゾーは紫色の煙(経験値)となり、空中を漂いながらザンブへと向かっていく。

「やだ! 待って! スラマル……コロゾー……行かないで!」

 まだ泣かない。
 下唇を噛み締め、ふらつく足に喝を入れ、二人の魂を追いかける。
 この手で捕まえてやれば、帰ってくるかもしれない。

「てめえのスライムは汚ねえ音がしたなぁカイト! 頑張って育てたんだろ? どうだ、大切なものを失う気持ちは? なあ、なあ、なあああぁ! 俺っちに教えてくれよおおぉ! ぶっひゃ、ぶっひゃははははは!」

 僕は走った。今までの人生で一番必死に。誰が速いかを決めるかけっこよりも、学校の成績に関係するマラソンよりも。
 ……でも、届かなかった。
 足がもつれて転んでしまったんだ。
 目だけは固定されたようにスラマルとコロゾーの魂を追いかける。
 ザンブの体に吸い込まれて消えるまでずっと。

しおり