12.力を見せる
「うわぁ、あいつテイマーなのかよ。しかもスライムってマジ? 終わったわこれ」
「あの子、震えてるじゃない。はぁ、倍率が高いわけね。大穴狙いで賭けて失敗したかも」
「おいスライム野朗! せっかく来たんだ、すぐ負けやがったら承知しねえぞ!」
おそらく僕が勝つ方に賭けたのだろう生徒が文句を言っている。
こうなるんじゃないかと予想はしていたけど、居心地の悪い雰囲気だ。
でも、逆に冷静になれた。緊張してたのが馬鹿らしいや。
「ぶひょほほほ! 地獄へようこそカイトちゃ~ん!」
レッドゲートの前で、ザンブが余裕の笑みを浮かべている。
予想通り、オーク用の装備は用意できていないみたいだ。大楯の一つでも準備されていたら、僕らは負けてたかもね。
それどころか、格好は制服のまま。武器すら装備していない。負けるだなんて一つも考えていないのだろう。
……舐め腐りやがって。
「試合を始める前に、本日のジャッジ兼解説を務めていただきます二人の担任であるライル先生よりルール説明をお願いします!」
「ライル・エスカです。勝敗が決まったと私が判断した時点で試合終了とします。今日は、アイテムの使用以外は何でもありのモンコロルール。……では両者、準備はいいでしょうか?」
片手をズボンのポケットにつっこみながら、ザンブが気怠そうに右手を挙げる。
僕は深く腰を落とし、槍を右脇に抱えながら、左手で合意を示す。
「――バトルスタート!」
先生の号令で、試合が始まった。
「出てこいオーク! あのクソ雑魚が俺っちに歯向かったことを後悔させてやれ!」
ザンブの隣に現れたのはたった一体のオーク。
どうせ勝てるだろうと踏んで、レベル上げをしなかったのだろうか。
でも、何が起こるか分からない。油断は禁物だ。
僕はただ、やるべきことをやる。持てる全てを出し切るのみ。
「行くよっスラマル、コロゾー! 相手は一体だ、位置について待機!」
二人に指示を出し、相手の出方を伺う。
ザンブとの距離を保ったまま、スラマルを右へ、コロゾーを左へとゆっくり移動させておく。僕から三歩ほど離れた場所で止まった。
「さあ両者、まずは様子見といったところでしょうか! ライル先生、一般的にはスライムテイマー劣勢かと思われるのですが」
「その認識で間違いありません。まだ適性診断を受けて一週間くらいですからね。カイトくんがどれだけ仕上げてきたかにもよります」
実況と解説が会場を盛り上げる。
「ぶひょひょひょひょ! ほんとにスライムなんかで挑んできやがった! おいカイト、縮こまってないで攻撃してみろよ? 待っててやるからさぁ!」
ザンブが右手を前に出し、クイクイッと人差し指を曲げながらかかってこいと挑発。その右隣で、
こっちにはオークを倒す作戦があるんだ。
本当は今すぐにでも仕掛けてやりたいし、言い返したいこともたくさんあるけど、ここは我慢しよう。
ちょっとやそっとじゃ今日の僕の心は乱れないよ。
慎重に慎重に……。
「てめえら、遊んでんのか? さっさと戦いやがれ! つまんねえ試合見せるんじゃねえよ!」
「オーク一体しか出せないなんて、あのデブも期待外れだな!」
「ザンブ様! カイトなんてちゃちゃっと倒しちゃいましょう!」
ヤジが辛辣だな。応援してるのは、ザンブ軍団の誰かだろう。
プライドの高いザンブのことだ。余裕ぶってカッコつけてたみたいだけど、我慢できるはずがない。
そろそろ動いてくるぞ。
「ぶひょほっ! 分かってますよ先輩方。すぐに終わらせたらつまらないでしょ? 俺っちなりのハンデだったんですがね……。オークちゃん、雑魚カイトとゴミナメクジをぶちのめせ! できるだけ残酷にな!」
「プギィイイイイイイ!」
ザンブが指示を出すと、興奮したオークが甲高い声で鳴く。
鼻から蒸気を吹き出して、山のように大きな体が地響きを立てながらこっちへ向かってくる。
「おーっと! まず仕掛けたのは、ザンブ・ヨークシャーのオークだ!」
大勢の人が見守る闘技場という慣れない環境の中で、一度倒したとはいえ遥か格上のモンスターと対峙しているのだ。そのプレッシャーで、スラマルとコロゾーが怯む。
安心して、君たちは強いよ。
あれだけ頑張ったんだ。一歩前に踏み出せば勝つのは僕らさ。
「スラマル、コロゾー、僕を信じろ! 作戦通りにいくぞ!」
"はい、カイト様! 信じておりますとも!"
"このコロゾーとしたことが、空気に飲まれてしまいました。見せてやりましょうぜご主人!"
二人に気合いを入れると、魂から熱が伝わってくる。
引き絞った弓の弦みたいに体を歪ませてググッと溜めを作り、体をまん丸に固めながら転がっていく。
もうスラマルとコロゾーに恐れはない。柔らかい地面を削り取りながら大きく弧を描き、遠回りしながらオークの背後へと向かう。
「うおおおおおおっ!」
僕も自分に喝を入れて、前のめりに姿勢を低く維持したまま走りだす。
的を絞らせないよう左右にジグザグとフェイントをかけ、オークを
オークの
これは本に書いてあった。
「何だあの動きは! あんなのスライムじゃねえよ!」
「ええぇ? ちょっと待って、スライムってあんなに速いっけ?」
「どんなにレベルを上げたってスライムはスライムだろ。あのテイマーの腕がいいんだ。よくあそこまで育てたもんだよ。これは奇跡が起こるかもな!」
お目が高いね。そうでしょそうでしょ、スラマルとコロゾーは凄いんだから。
観客も二人の動きに度肝を抜かれたらしい。褒められて悪い気はしないな。
「さあ、両者の距離が縮まっていくー! ライル先生、現状を見てどう思われますか?」
「カイトくんの動きは、良くも悪くもテイマーらしいですね。しかし、あのスライムたちは素晴らしい。よくぞあそこまで育て上げたものです。ザンブくんがあのままなら、カイトくんが勝つかもしれません」
実況と解説の話を聞いても、ザンブはまだ余裕の表情だ。
ずっしりと重そうなだらしない腹の上で腕を組み、両脚を広げて仁王立ちしている。
第三者からすれば、僕のスライムがオークを無視してザンブに襲いかかろうとしているように見えてもおかしくないはずなのに。
あいつが平然としていられる理由が分からない。
指示を変えて、このままスラマルとコロゾーにザンブを襲わせるべきだろうか。
……いや、急に変えては二人を混乱させてしまいそうだ。
「だからどうしたよ! オーク、叩き潰せ!」
試合経験の少なさが、テイマーとしての浅さを露呈してしまう。
自分の直感を信じきれず、判断に迷ってしまった。
結局、最初の作戦通りにいくのであれば、思考していた時間が無駄になる。何もせずにオークの接近を許してしまったのだから。
反省会は後にしよう。今は、目の前の敵に全集中力を注ぐ。
「フンギィイイイ!」
けたたましい咆哮とともに、強く大地を踏み締めたオークが、両手を振り上げる。
上空から、二つの拳をハンマーみたいに叩きつけてきた。
これを、真後ろに飛び退いて躱す。
目の前を通過した拳の風圧で髪が暴れ、衝撃を受けた地面がクレーターみたいにへこむ。とてつもない威力が秘められていたことを物語っている。
でも、当たらなければ意味がない。左腕の横をすり抜け、オークの左ひざ……すねの少し上あたりに槍を突き刺す。
肉を切り裂く確かな手応えを感じる。さすがゴブ美香ちゃんが研磨してくれた穂先だ。
「ピギャッ!」
なにしやがんだとばかりに、オークが左腕で薙ぎ払う。
これも予測済み。地面を転がることで回避する。
攻撃に反応して、思い通りに体が動く。ステータスが上昇したことによる恩恵だろう。
片ひざをついて起き上がると、勝利への道が作られていた!
「今だ! スラマル、コロゾー、ローリングアタックを叩き込め!」
左右から円を描いてオークの背後を取っていた二人が、勢いそのままに飛び上がる。坂道でも転がってきたのかってくらい十分に速度が乗っており、その姿はまるで大砲から放たれた砲弾みたい。
狙うはオークのひざ裏。重たい体を支えているあの場所こそが奴の弱点だ。いくらスライムの筋力が低くたって、当たればひとたまりもない。
怒りに染まったオークの視線は僕に向いている。後ろで何が起こっているかなんて分からないだろう。
一直線に大気を切り裂く二人のローリングアタックが空中で交差。スラマルが右ひざの裏へ、コロゾーが左に激突した。
体当たりに縦回転を加えた衝撃により、自分の重さに耐えきれず、オークがひざを折る。スライムたちは跳ね返り、すでに離脱済みだ。
背後からヒザカックンのイタズラを仕掛けられた子供のように、情けない顔で地面に崩れたオークは隙だらけ。
これが、ザンブを倒すためだけに考えた……僕らの作戦だ!
「――てやあああああっ!」
大きく一歩踏み込んで、全力の突きを放つ。
ラビちゃんがドラゴンサモナーで、僕がスライムテイマーになってしまったやるせなさ。
刃が皮膚を裂き、肉を広げていく。
下から斜め上へと進む槍の穂先がついに心臓を捉えた。
「ピギャアアアアア!」
窓ガラスが割れたみたいに甲高い悲鳴を上げて、オークが力なく仰向けに倒れる。その巨体が起こす地響きは凄まじく、僕の体が少し浮いたように感じるほど。
オークの傷口から、呼吸のたびにおびただしい量の鮮血が噴き出す。もう長くは保たない持たないだろう。
「き、決まったああああぁ! まさかの大番狂わせ、スライムテイマーがオークを倒してしまいました! これはすごい、すごすぎるぞー!」
白熱した実況が大いに会場を沸かせる。
ついにオークは力尽きたらしい。
サモナーによって召喚されたモンスターは、死ぬと存在が空気に溶け込むようにぼんやりと消えていく。
"やりましたねカイト様! あとは、あの太った小悪党を懲らしめてやるだけです!"
"気持ちいいくらいに作戦がはまりましたな! さあご主人、勝負を決めましょうぜ!"
スラマルとコロゾーの言う通り、残すはザンブのみ。
三対一になった時点で僕らの勝ちは決したようなものだ。