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11.選手入場

 一夜明けて決戦の朝。

「行ってくるねー!」

「ちょっとカイト! なんでスラちゃんたちを連れてくのよ! せめてコロちゃんだけでも置いてってよ。ね、いいでしょ?」

「ダ〜メ! 今日は一緒なの! 帰ったらまたお掃除でも洗い物でも手伝ってあげるから!」

「そんなぁ……カイトのいじわる!」

 今日はスラマルとコロゾーを抱いて学校へ向かう。
 追い(すが)ろうとするママを振り切って、走りだす。
 家の裏へと周り、倉庫から槍を回収。ラビちゃんの家を横目で見ながら通り過ぎて、大通りに入る。
 ここから学校までは一直線だ。

 ラビちゃんと会えなくなって、もう一週間になる。
 何か進展があったかなと気になって、実は昨日ラビちゃん()にオーク肉を届けたとき、おばさんに聞いてみたんだ。
 でも、領主様のところで保護されてから音沙汰がないんだってさ。
 手紙を送っても返ってこないみたい。そりゃおばさんも不安になるよね。夜も眠れないし、食事も喉を通らないらしい。
 ぱっと見ただけで目の下に青いくまがあるって分かったし、精神的な疲労からか少しやつれてたように感じたよ。
 おじさんも領主様のお館に直接行ってみたらしいんだけど、門前払いで帰されたんだって。
 このまま王都に行くまで会えないなんてことないよね?
 ……ラビちゃん、泣いてないといいけど。

 なんて考えてたら、あっという間に学校だ。
 テイマーになる前の僕なら、ラビちゃんと競走しながらでも30分はかかっていた。それが今では軽めに走って20分くらい。
 疲れにくくなったし、力もついた。強い弱いに関係なく、これはテイマーのメリットだろう。
 自分がなってみて初めて分かることだけど、テイマーも悪くないんじゃないかな。
 世論はサモナーしか認めないような雰囲気だけど、今の僕がサモナーでもテイマーでも好きな方を選んでいいよと言われたら、迷わずテイマーを選ぶ……かもしれない。
 ……やっぱり嘘。サモナーを選ぶだろうね。

「関係ないことばかり考えちゃうな」

 どうしてだろう。学校がいつもより大きく見える気がする。
 異様なプレッシャーを放っていて、校舎から立ち昇る蒸気みたいなもやが揺れている感じ。
 空も暗雲が垂れ込めて、どんよりと暗い。
 思わず校門の前で立ち止まってしまう。
 次から次に僕を追い越していく他の生徒の背中を見送っているうちに、学校の大時計がカランと音を鳴らし、授業が始まる5分前を教えてくれた。

 おそらくだけど、僕はザンブを見たくもないし、話しかけられたくもないんだと思う。
 怖くなんてないさ。ただ、昼休みに行われる決闘を前に、苛立ちとか不快感とか、そんなので精神を乱されたくないだけ。
 ……いや、正直に認めなきゃね。ここまで本気でやったからこそ、負けることが恐ろしくてしょうがない。

 尻尾を巻いて逃げるなら今だ。たった一週間の努力なんて誰でもできる。
 スラマルとコロゾーっていう最高の仲間がいるんだから、影に隠れてゆっくり強くなっていこう。
 決闘なんてしらばっくれて、ザンブに負け犬だ奴隷だと言われようとも、床に頭を擦り付けて謝ればいいだけじゃないか。
 ……なんて、そんなふうに考えられたらどれほど楽なんだろう。いまさら振り上げた拳を下ろすつもりはない。

「ふぅ、勝つぞ!」

 深く吸い込み、肺の中の空気を一息で吐き出す。
 校門を潜り抜けると、さっきまで魔王が住んでいてもおかしくないほど恐ろしい雰囲気だったのに、いつもの学校に戻っている。
 空は青く透き通っているし、お日様は世界を眩しく照らして色を与えている。

 急いで教室へと向かい、扉を開けた瞬間にザンブと目が合った。奴はニンマリと嫌らしい笑みを浮かべている。
 あの反応速度だ。僕が逃げたんじゃないかと教室中に意識を張り巡らせていたに違いない。
 何か言いたげではあったが、すぐに授業が始まった。
 僕は来てやったぞ。人を小馬鹿にした余裕の顔も昼までだ。オークごとぶちのめして、吠え面をかかせてやるから待っていろよ。

 時計の針が回るたび、心臓の鼓動が早くなる。――ドクン、ドクンと、爆発を待つ時限爆弾になった気分だ。
 心を落ち着けようと必死で、授業なんて何も入ってこない。
 机の上に座らせたスラマルとコロゾーが教科書を開いてくれているけど、文字を追う目が滑ってしまう。

 そしてついに、午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
 僕にとっては、試合前のゴングと同じだ。
 視界の端に追いやって、見ないようにしていたザンブ・ヨークシャーがのっしのっしと近づいてくる。

「ぶひょひょひょひょ! カ〜イトちゃ〜ん、よく逃げずに来れましたねぇ? 緊張してるのかなぁ? 顔色が悪いでちゅよぉ?」

「試合が終われば、僕らの関係にも決着がつくんだ。今お前と話すことは何もない」

 僕の口から出た言葉は、驚くほどに震えていた。
 落ち着け、こいつのペースに飲まれるな。

「か、かっちょええぇ……カイトさん、流石っすぅ! ぶひゃひゃひゃひゃ! これから俺っちにボッコボコにされるってのに、よくそんな余裕でいられんなぁ? 闘技場の準備は、昨日ザンブ軍団と先生で終わらせてっからよ。今日の決闘は掲示板にも載せといたし、観客もたーっくさん(沢山)来てくれるだろうなぁ? すぐ楽にしてやっから、さっさと行こうぜ? 公開処刑だ!」

「はいはい、そりゃどうも」

 ザンブが中指を立てながら教室を出ていく。左に行ったのを確認して、僕は右から向かう。
 オークを倒して、あいつの顔をぶん殴ってやる。

 闘技場は、校舎の裏。5つ横並びになったドーム状の建物がある。
 本日決闘に使われるのは、第二闘技場。入り口には長蛇の列が。
 モンスターコロシアムは、人々を熱狂させる娯楽だ。どちらが勝つかに賭ける、公営のモンコロギャンブルも人気を助長する要因の一つ。テレビをつければ、毎日のように専用の番組が放送されている。
 素人の戦いとはいえ、目の前で行われる試合は迫力が違う。とりあえず見に行こうと考える生徒も多い。僕もラビちゃんと一緒によく来てたからね。

 試合が行われる日には、こういったお祭りごとが好きなボランティアが協力してくれている。
 旗を振って誘導していたり、場内アナウンスを担当していたり、中には個人間で賭博をしている人も。
 僕は一回だけラビちゃんと一緒にお小遣いを賭けたことことがある。
 アイスを一個買えるくらいの金額だったけど、試合中はすごく興奮したなぁ。
 負けたときの喪失感と後悔が半端じゃなくて、それ以来ギャンブルはやってない。
 そういえば、賭けに勝ったラビちゃんにアイスをおごってもらったっけ。

「よし、行こう」

 僕は裏口から入り、誘導に従って待機室に向かう。
 部屋の中にはリングに繋がる真っ直ぐ伸びた一本道があり、休憩用の机と椅子だけが置かれている。

 制服を脱いで体操服に着替えて、武術の授業で使う装備を身に着けておく。
 軽い金属製のヘルメットで頭を守る。
 胸部を保護するのは、丈夫な革の胸当てだ。
 肘と膝のサポーターも忘れない。
 これで準備は終わり。

 呼ばれるまではただ待つのみ。
 椅子に座って、震える膝を押さえ込む。
 冷たい汗がおでこから滲み出し、ほほを伝ってあごから床へ。一分一秒が異様に長く感じてしまう。

 【名 前】 スラマル
 【種 族】 スライム
 【レベル】 11
 【魔 力】 11/11
 【筋 力】 11
 【防御力】 11
 【スキル】 なし

 【名 前】 コロゾー
 【種 族】 スライム
 【レベル】 11
 【魔 力】 11/11
 【筋 力】 11
 【防御力】 11
 【スキル】 なし

 落ち着くために、要らぬ心配をしなくていいように、頭を働かせておこう。
 スラマルとコロゾーは、オークを倒したことでレベル11になった。
 最弱モンスターであるスライムのステータスはオール1から始まり、レベルが上がっても1ずつしか増えない。

 【名 前】 カイト・フェルト
 【適 性】 スライム超特化テイマー
 【レベル】 12
 【魔 力】 12/12
 【筋 力】 23(44)
 【防御力】 23(44)
 【召喚枠】 0
 【スキル】 テイム、モンスター鑑定
 
 僕は超特化テイマーの特性で二倍プラスされるけど、他のモンスターを使役するテイマーよりステータスが勝ることはない。ゴブリンでさえレベル1段階のステータスが3とか4だからね。
 今の僕で、やっとレベル1のオークよりも少し強いくらいかな。
 この一週間という短い期間、一日だって無駄にせず鍛えてきたんだ。
 僕らが負けるはずない。

「みなさま、大変長らくお待たせしました。実況はわたくし、サンエル・モーグリッチャーが務めさせていただきます。これより、本日の試合を始めさせていきましょう! まずはレッドゲートより、オークサモナー……ザンブ・ヨークシャーの登場だ!」

 実況のサンエル先輩が選手の名を叫ぶ。さあ、いよいよ始まったぞ。
 闘技場が持ち上がりそうなほどの大歓声が巻き起こる。
 あいつのことだ、手でも振って観客の声援に応えているのだろう。
 次は僕の番だ。胸がつまり、上手く呼吸ができない。

「続いてブルーゲートより、スライムテイマー……カイト・フェルトの入場だ!」

 ついに呼ばれてしまった。
 腹の底まで震える野獣ども(観客)の雄叫びの中、槍を抱えて一本道を歩く。
 後ろからついてくる二人もどこか緊張しているようだ。

 目の前の巨大な扉が開き、暗い通路に光が差し込む。
 地面は柔らかい土。大型のモンスターでも十分に動き回れる広いリングが、木枠で八角形に囲まれている。
 その外側には、分厚い特殊なガラスで守られたすり鉢状の観客席。200をゆうに超える視線が、僕の体に突き刺さった。

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