7.戦闘開始
感極まってしまい、しばらく立ち止まってしまった。
色々とあったから、心が弱くなっているのかもしれない。
もっと気持ちを強く持たなきゃ。こんなんじゃスラマルに笑われちゃうよ。
「僕ったら男なのに、泣いてばっかりだな。よし、気合いを入れ直そう!」
僕は、自分の両頬を手のひらで叩く。
パシンと乾いた音がして、心が引き締まった気がした。
「さて、次はどうしようかな?」
もう一体テイムしたいし、スラマルにも強くなって欲しい。
僕のレベルも上げないとだから、やるべきことが盛りだくさんだ。
何から手をつけるか迷うけど、まずは二体目をテイムかな。それぞれのレベルを上げてやれば、その分だけ僕も強くなるし。超特化を活かすにはそれが一番だと思う。
レベルが上がったら、危険だけど自由に行動させてスライム同士で戦わせるのもありか?
ステータスは嘘をつかないし、うちの子たちが勝ってくれるだろう。
考えれば考えるほど楽しくなってくる。そうか、これがテイマーなんだ。
「さあ、行こうかスラマル!」
僕が歩き始めると、スラマルは体を伸び縮みさせ、ズリズリと地面を這いずりながら一生懸命に後ろをついてくる。
仲間って感じがするし、とっても可愛いんだけど……。
「ねえスラマル、もっと速く動けない?」
しゃがんで目線を近づけ、質問してみた。
頑張ってるのは分かるんだけど、あまりにも遅い。
"カイト様、ご期待に沿えず申し訳ありません……"
スラマルがクネクネと体を左右に捻り、それは無理だと否定の意思を示す。
スラマルったら、すごく困ってるみたい。何を考えているのか分かるから、余計に可愛く思えてくる。
「うーん、どうしようかなぁ。……そうだ! 転がるのはどう? こんな感じにさ!」
今は重力に負けて半球状になっているスラマルだが、元はボールのようにまん丸のはず。
だったら転がればいい。
僕は草の上で、何度もでんぐり返しをしてみせる。
"な、なるほど! そのような移動手段があったとは感服しました。カイト様、もしや天才では? さっそく試してみます"
了解とばかりにポヨンと前に跳ねたスラマル。空中でぐにゃりと体を変形させて丸くなり、全身を固めているらしく地面に着地しても崩れない。
そして、飛び上がった勢いを助走として転がっていく。
うん、なかなかに速い。
地面のでこぼこで弾んでいるのが不安だけど、転がれば転がるほどに加速する。
これなら問題なさそうだ。
……と、思いきや。スラマルが平たくなって、原っぱにへばりつくようにして動きを止めてしまう。
「あらら? どうしたんだよ、いい調子だったのに」
"……はぁ、はぁ。これ疲れますね。もう無理かもしれません"
どうやら体をボール状に維持するのはかなりの力を使うようで、ヘトヘトに疲れてしまったらしい。スラマルから弱々しい謝罪の気持ちが伝わってきた。
ステータスが低いから、今は少ししか進めないのかも。レベルが上がって強くなれば、そのうち出来るようになるだろう。
それよりも、僕のお願いを聞いてくれたことが嬉しい。自慢の相棒だよ。
実はスライムって、感情豊かなんだね。どんどんスラマルのことが好きになってくる。
「もう、しょうがないなぁ。君は友達だから、特別だよ?」
最適解に気づいてしまった。
槍を背負い、ふんわりと優しくスラマルを抱っこして、再び森の中を進む。
両腕がひんやりと冷たい。
"そ、そんな! 光栄ですカイト様!"
スラマルはずいぶんと大袈裟だなぁ。
大したこと言ってないのに僕が天才だとか、今だって持ち上げただけなのに恥ずかしそうに喜んでる。
「今日はいい天気だね」
とぐろを巻くスネークウッド、長く細い幹の上でこれでもかと枝葉を広げるスカイパラソル、甘い紫色の実をぶら下げたパープルペア。どの木もたくましく、生命力が感じられる。
葉っぱの間から差し込む木漏れ日が気持ちいい。
影ができたところでは光苔が生い茂り、薄ら緑色に光っている。
小さな翼を生やした妖精を思わせるキノコ――フェアリーマッシュは、ぼんやりと白く輝く。
放出された胞子が、暗闇の中で夜空を彩る星々のように宙を漂う。
すごく幻想的な光景だよね。
「ラビちゃんともよく遊びに来てたんだ。薬草を摘んでパパに持っていったり、果物を採って食べたり。楽しかったなぁ……」
つい最近の出来事なのに、思い浮かべるとずいぶん昔のことのように感じてしまう。
"ラビちゃんとはまさか、カイト様の思い人ですか? 主君に見初められるとは羨ましい限りです"
「うん、大切な幼馴染なんだ。ドラゴンサモナーになって、領主様の館に連れていかれちゃった」
"では、その領主様とかいう悪人を成敗せねばなりませんね! スラマルは燃えてきました!"
「あはは、そんなことしたら捕まっちゃうよ。でも、ありがとう。スラマルと話してると元気が出てくる」
……会いたい。またラビちゃんと話がしたい。僕の気持ちと、僕の可能性を伝えて安心させてあげたい。
きっと、一人で不安だろうから。
「おっ、いたぞ! スラマルの友達だ!」
木陰に、二体目のスライムを発見した。
要領は掴んでいる。今度は簡単にテイムできそうだ。
「君はここで見てて。すぐに終わるから」
スラマルを優しく地面に降ろす。
付近に生えた光苔の胞子を体表で反射して、スラマルの体がキラキラと薄緑色の光を映しとっている。
"おぉ、新しく仲間を作るのですね! カイト様、ご武運を"
スラマルが体を縦に伸ばして左右に振り始めた。
まるで、フレーフレーと応援してくれてるみたい。心強い応援団長だ。
「行くよっ!」
槍を逆向きに構え、石突きのほうでスライムを叩く。
的を絞らせないように走り回りながら、ツン、ツン、ツン……と、優しくね。
「負けを認めるかい?」
地面とスライムの間に槍を潜りこませ、そのまま持ち上げてコロンと転がす。
突いては転がし、叩いては放り投げ。やられたい放題のスライムは、すぐに戦うことを諦めて逃げ始めた。
よし、今だ!
「一緒に強くなろうね……テイム!」
新たな従魔との繋がりが構築されていく。
今回も無事に成功したみたいだ。
「よろしく! 君の名前はコロゾーだよ!」
"コロゾー……なんと素晴らしい名前か。テッペン取りましょうぜご主人!"
コロゾーがポヨンと飛び上がる。ずいぶんとやる気満々だ。
スラマルは従順な犬みたいな感じ。コロゾーは強気なタイプ。スライムによって性格が違うらしい。
個性があるなんて、これは嬉しい発見だ。
【名 前】 コロゾー
【種 族】 スライム
【レベル】 1
【魔 力】 1/1
【筋 力】 1
【防御力】 1
【スキル】 なし
ステータスは、スラマルと変わらないね。
みんな同じなのかな?
【名 前】 カイト・フェルト
【適 性】 スライム超特化テイマー
【レベル】 3
【魔 力】 1/3
【筋 力】 5(4)
【防御力】 5(4)
【召喚枠】 0
【スキル】 テイム、モンスター鑑定
よし、僕も強くなってる!
すごいぞ、ワクワクしてきた!
一人と二体で最強を目指す。待ってろよザンブ……オークだろうが関係ない。絶対に、僕らがお前を倒してやるからな!
「今日は、スラマルとコロゾーのレベル上げだね。そうだな、僕と同じレベル3を目指そうか!」
スラマルが、体の表面を震わせて喜ぶ。
コロゾーは、高く飛び上がってやる気を見せている。
二体を両脇に抱え上げると、ずっしり重たい。これじゃあ僕のトレーニングだ。
両脚に負荷を感じながら、スライムを探す。
そんなに歩く必要はないんだけどね。『スライム見たけりゃ五歩進め』なんて言葉があるほど、そこらじゅうにいるんだから。
……ほら、もう見つけちゃったよ。
「いたいた! スラマルから戦ってみよう。危なそうなら助けてあげるから」
"お任せ下さい! ご指示を!"
スラマルが、頭を少しへこませる。分かったよと頷いてるみたい。
昨晩本を読んで勉強したんだけど、テイマーにとって大事なのはモンスターとの絆だ。
この人の言うことを聞いておけば大丈夫なんだって、信頼してもらわないと。
「スラマル、転がって体当たりだ! 全身を強く固めて押しつぶしちゃえ!」
さっき教えた移動方法を早速活かしてみよう。
そんなに長くは転がれないけど、攻撃に使うくらいなら問題ない。
加速したスラマルは、その場から飛び上がるよりよっぽど速かったからね。
「いっけええええぇ!」
ボールと化したスラマルは、回転力を増していく。
どんどん加速して、僕が走るくらいの勢いで敵のスライムに激突した。
意識して体を固めていることで、野生のスライムよりも体表が硬くなっているらしい。ぶつかった瞬間、湖に岩を投げ込んだかのような――バチュンというなかなかの威力を感じさせる音を鳴らす。
"カイト様、やりました!"
核にまでダメージを与えられたようで、一撃で勝負が決してしまった。スラマルも大喜びだ。
薄膜が破れて、敵のスライムの体から中身の液体がドロドロと漏れ出していく。
皮と核だけが地表に残り、モンスターが死んだという証明である紫色の煙が立ち昇る。
この煙は、モンスターの魂とも言われているが、ほとんどの人は経験値と呼ぶ。
経験値がスラマルの体に吸い込まれて、溶け込むように消えていく。
「凄いじゃないかスラマル! 一発で倒しちゃったよ! コロゾー、見てたかい? 体を固めてやれば、あれだけのダメージが出せるんだ」
偉そうに言ってるけど、僕だって驚いてる。
なんだか学校の先生の気持ちが少し分かった気がするよ。
"これも主君のご指導の賜物です"
僕がスラマルの体を撫でてやると、嬉しそうにフルフルと体を揺らす。
"そんなやり方があるなんて……。このコロゾー、びっくりして核が体から飛び出すところでした。もしやご主人……天才ですか?"
飛び上がる体当たりしか知らなかったコロゾーにとって、よほど衝撃だったのだろう。体を仰け反らせて感激を表現しているようだ。
テイマーとしての一歩を踏み出せた気がする。