6.超特化のわけ
家に帰ると、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
でも、まだ僕の一日は終わりじゃない。窓から漏れる明かりを頼りに槍を振る。
「せいっ!」
強く大地を踏み締めて、腰の回転に合わせて横薙ぎ。
歪んだ柄が抵抗で震え、刃が空気を切り裂きビュンと鋭い音がする。
でも、武器の重さと遠心力で体が持っていかれてしまう。
僕の体格と筋力では、斬るより突いた方が良さそうだ。
「てやっ!」
鋭く踏み込み、穂先を真っ直ぐに押し出す。
頭の中でオークの姿をイメージして、下から上に心臓を狙った突きを放つ。
オークの体高は二メーターを軽く超える。ダグランス一号なら、僕の身長でも戦えそうだ。
体を動かさずにはいられない。
一週間なんてあっという間。もたもたしていたら、すぐに試合当日になってしまう。
「たああああっ!」
踏み込んで突く。
縦に横に斬る。
回転して石突で叩く。
一心不乱に槍を振り続ける。
ダグランス一号は、普通の槍とは違う。
丁寧に研磨されて整えられているとはいえ、枝の湾曲をそのままに少しだけ柄が蛇のようにうねっている。
曲線が僕の手幅のちょうどいい部分にあるので、握りやすいし滑らない。まさしく僕専用の槍。込めた力が、そのまま穂先まで伝わる感じだ。
もしかして、ダグラスさんはここまで計算して作ってくれてたのかな?
「カイト、そろそろご飯よー!」
ママに呼ばれてしまった。もうそんな時間か。
槍を振るって、かなり疲れるんだな。滝のように汗が噴き出しているし、喉がヒューヒュー鳴って息が苦しい。
椅子に座って呼吸を整えつつ、コップの水を一気飲み。失った水分が体に染み渡り、入ったそばから玉のような汗となっておでこに滲む。
大慌てで両手を動かし、パンにスープ、川魚のフライも全部一気に胃袋へご案内。おかわりまで忘れない。
「ごちそうさまでしたー!」
夕飯を食べて、また訓練を再開する。
槍の基本なんて分からないから後日調べるとして、今は体を作るとともに重さに慣れるのが目的だ。
途中から、疲労で頭が空っぽになってしまった。
ひたすら無心でオークの幻影に立ち向かい、急所を目掛けて刺し続ける。
自分の意思とは関係なく手から柄が滑り落ちたところで、膝から崩れ落ちてしまう。
これ以上は動けない。訓練終了だ。
手のひらは真っ赤に腫れ上がり、マメが潰れてヌルヌルと滑る。
明日からは、手のひらを保護する何かしらの対策が必要かもしれない。
シャワーを浴びると、両手が焼けるように痛む。
筋肉は熱を持ち、全身が熱い。
お湯から水に切り替えると、疲れが抜けていくような気がした。
タオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、パパとママが楽しそうに喋っている。
どうやら僕が槍を振っているときに、パパが色々とアドバイスしてくれてたみたい。自分の世界に入ってしまっていたから気づかなかったけれど、もっと腰を落とせとか、踏み込みが甘いとか色々と。
僕に無視されたって話を面白おかしくしているようだ。
「おうカイト、頑張ってたじゃねえか」
「うん、もうヘトヘトだよ。手のひらがぐちゃぐちゃになっちゃった」
「だと思ったぜ。ほら、これ塗ってママに包帯巻いてもらえ」
「パパありがとう!」
パパは薬屋の店長で、店で調合した薬をいくつも家に置いている。炎症と化膿止めの軟膏を用意してくれたらしい。
テーブルの上に両手を置くと、ママが優しく治療してくれた。
薬草入りの軟膏は効き目が凄まじく、みるみるうちに痛みが引いていく。
「まったく、初日から無茶して。ほどほどって言葉を知らないのかしら。誰に似てお馬鹿さんなんでしょうね?」
僕の槍より鋭くなったママの両目がパパを睨む。
可哀想に、完全にとばっちりだ。
「ぼ、僕もう行くね! パパ……あとは頑張って!」
まだやることが残っているので、早めに会話を切り上げて部屋に戻った。
借りてきた本を読まなければならない。机に座り、
欲しい知識は山程ある。槍術だって覚えたいし、オーク以外のモンスターの情報もレベル上げには必要だ。
体力の限界を迎え、上半身が勝手に船を漕ぎ始めたところでベッドに入る。
ママの言う通り、初日から飛ばしすぎたのかもしれないな。
泥のように眠って翌日。
筋肉痛による全身の痛みに耐えながら、機械仕掛けの人形みたいにガチガチの動きで学校へ向かう。
適性診断が終わってからというもの、クラスのみんなと距離を感じる。いつものように挨拶をしても、どこかよそよそしい。僕と仲良くしたら、ザンブに絡まれるとでも思ってるのかな。
学校が終わり、家に戻るとママがプレゼントを用意してくれていた。革で作られた槍のカバーだ。
怪我をしないように穂先がすっぽりと覆われていて、くびれのところで縛ってやれば、キュッときつくすぼむ。
槍には革紐がくくりつけられていて、斜めに肩にかけるとピッタリ背中に密着する。僕の身長でも、槍が地面につかずに背負えるようにしてくれたらしい。
ダグランス一号改とでもいうべきか。
早速、明るいうちに森へと向かう。
今日こそ相棒となるスライムをテイムしなければ。
知能が高いモンスターは、人間を嫌がって森の奥に潜んでいるため、深入りしなければ出会うことはない。夜になると凶暴性を増すものがいるので、暗くなってきたら注意は必要だが。
逆に、スライムみたいに何を考えているのか、はたまた思考しているのかも分からないような弱いモンスターは、森の周辺をのんきに散歩している。
こちらが敵意を向けなければ、スライムから攻撃してくることはない。だからこそ、非力な子供であろうが、近づいて踏み潰すだけで遊び半分に倒せちゃう。
僕のレベルが3なのもそのおかげ。
「……いた、スライムだ」
街を出て、森に入ればすぐに見つかる。
テーブルの上に水を一滴垂らしたときの、表面張力で丸みを帯びた形……とでも表現したら分かりやすいだろうか。
動くたびにポヨンポヨンと可愛らしく揺れる半透明で薄い水色の体。僕が両腕で丸を作ったくらいの大きさだ。
地面と接触している下の方は、生い茂る丈の短い草の緑色を映しとっている。
体表には弾力性のあるゴムっぽい膜が張り、中身はゼリー状の何か。その中心に赤黒い核が浮いている。
スライムなんて、クモやバッタみたいに気軽に捕まえて遊ぶような生き物……だと思っていた。
人生初のテイム。この子が僕の従魔になると想像しただけで緊張してくる。
同じスライムなのに、いつもと違う。特別な存在のように感じてしまう。
これも運命かもしれない。初めての相棒はこいつに決めた。
すぐに死んでしまうから、加減に気をつけないといけないな。
「ていっ!」
刃がスライムの体表を掠るくらいの突きを放つ。
コントロールは問題ない。薄膜に小さな傷をつけた。
「よし! 慎重に慎重に……」
未来の相棒が、プルプルと体を震わせて威嚇している。僕を敵と認めたらしい。
「ほらっ! ほらっ!」
わざと当てないように、寸止めのゆっくりとした二連突き。
どうやって知覚しているのかは謎だが、スライムは体を伸ばしたりへこませたりしながら回避しようとしている。
「どうだ? 僕には勝てないだろう?」
テイムするためには、相手を降伏させなければならない。
戦闘の意思がなくなるまで、心も体も痛めつけてやるのだ。
「まだやる気か」
しかしここで、スライムが押し潰されたような形をとる。唯一の攻撃手段――体当たりの合図だ。
縮めたバネが戻るかの如く体を伸ばして宙を舞う。
……まあ、下手投げで石ころをふんわり投げたくらいの速さなんだけどね。当たる方が難しい。
「よっと!」
ピョンと横に飛んで体当たりを
手加減する素振りも見せてやったし、何度か攻撃も与えた。お得意の体当たりだって無駄だと分かっただろう。
さて、そろそろいけるかな?
「頼む、僕の仲間になってくれ! ――テイム!」
スキルを発動すると、スライムの体表がぼんやり青白い光を放つ。
モンスターと心が通じ合う不思議な感覚が脳内を満たしていく。
いいよ、仲間になってあげるよ。言われてはないけれど、そんな気持ちが流れ込んでくる。
……成功だ!
「やった、やったぞ! 僕はカイト、君が初めての相棒だよ。これからよろしくね、スラマル。一緒に強くなろう!」
話しかけると、体を弾ませて喜んでいるようだ。
僕の言葉を理解してくれたのかもしれない。
"名をいただけるとは光栄です。このスラマルを選ばれるとはお目が高い。カイト様、ともに上を目指しましょう!"
そうかそうか、スラマルも強くなりたいのか。
プルプル体を震わせて、気合いも十分だね。すごく可愛らしいや。
……って、声が聞こえる?
「スラマル、僕の言葉が分かるの?」
"ふふっ、カイト様は冗談がお上手だ。スライム語を理解されてらっしゃるのでしょう? それでこそ私の主君に相応しい"
スライム語なんて話してるつもりはないんだけどな。
ダグラスさんもゴブ美ちゃんと心が通じてるって言ってたし、これもテイマーの特性なのかもしれない。すごいや、意思疎通ができるなんて。
そうだ、モンスター鑑定も試してみよう。
【名 前】 スラマル
【種 族】 スライム
【レベル】 1
【魔 力】 1/1
【筋 力】 1
【防御力】 1
【スキル】 なし
スラマルのステータスが分かる。
この能力に魔力は必要ない。サモナーやテイマーの基本スキルで、自分の従魔にだけ使用できるんだよね。
テイムには魔力を1だけ消費するみたい。
【名 前】 カイト・フェルト
【適 性】 スライム超特化テイマー
【レベル】 3
【魔 力】 2/3
【筋 力】 5(2)
【防御力】 5(2)
【召喚枠】 1
【スキル】 テイム、モンスター鑑定
よし、僕のステータスにもスラマルの力がプラスされてる。
従魔の数が増えるほど、従魔を鍛えれば鍛えるほど自分自身が強くなるのもテイマーのメリットだからね。
「……あれ、ちょっと待って。なんかおかしいぞ?」
僕が疑問に思ったのは、この加算値のこと。
普通のテイマーは、仲間にしたモンスターの種類にもよるけれど、だいたい半分から全部のステータスが追加されるはず。
でも、僕の場合は二倍だ。
本で勉強したから分かる。スライムだから特別扱いなんてことはない。
これ、もしかしたらもしかする?
これが超特化って意味なのかも!
多分そう……いや、絶対にそうだ!
でもなぁ。だとしたら、なおのこと召喚枠2が悔やまれるよ。
スライムが他のモンスターより優れている点は、レベルが上がりやすいことだけ。
これが5枠だったら、僕のステータスはかなり盛れる。
がんがんレベルを上げていけば、オークなんてすぐ倒せそうなのに。
「でも、すごいぞ。一週間という限られた期間だからこそ、二倍が生きるよね。信じてよかった……僕はやっぱり特別だった! ラビちゃん、待ってて。必ず君を助けてみせるから!」
空を見上げ、決意とともに拳を握りしめる。
相棒は最弱のスライム。どこまで強くなれるのかは未知数だ。
心のどこかで、実は少しだけどうせ無理なんじゃないかと思っていた。
でも、やれるかもしれない。
それが嬉しくて……嬉しくて……。
雨なんて降ってないのに、温かい雫が頬を流れた。