5.テイマーとは
放課後、職員室でこっぴどく叱られてしまった。
幸い僕の授業態度は今まで悪くなかったので、ザンブとの間に起こった出来事を説明したら納得してもらえたけど。
だからといって、先生が仲裁に入ることはない。生徒同士の小競り合いとはいえ、争いの解決方法にモンコロ式の決闘を選んだのは他でもない僕とザンブなのだから。
両者の合意の元に発生した決闘には、先生といえども第三者は口を挟めない。それがこの世界のルールだ。
先生から解放された僕は、大急ぎで学校を後にする。
残された時間はあまりにも短く、一秒たりとも無駄にしたくない。
「ただいまー!」
家に帰ると、早速準備を始める。
オークとは、茶色の硬い毛皮と分厚い脂肪に覆われた二足歩行の猪。身長でさえ僕の二倍以上ある巨大なモンスターだ。
これからまだまだ背は伸びるだろうけれど、現状の僕の身長では圧倒的にリーチが足りない。オークに手足を振り回されただけで、近づくことすらできないはず。
では、その差を補うためにどうするか。僕が出した結論は一つ。
……槍だ。
「行ってきまーす!」
教科書が詰まった背負い鞄をベッドの上に放り投げ、すぐに家を飛び出す。
「ちょっとカイト、出掛けるならどこに行くか言いなさい!」
「秘密だよー!」
玄関から慌てて顔を出したママに手を振り、僕はある場所へと向かう。
まだ空は明るい。十分に時間はあるはずだ。
「こんにちはー! パッセの親方はいますかー!」
「うぃーっすぅ! ごーめんねぇ坊ちゃん、親方なら森で
僕が訪れたのは、街を支える大工の親方――パッセさんの工房。残念ながら、パッセさんは森にいるようだ。
こればっかりは急に来た僕が悪い。予定を変更しよう。
「……そうですか。また出直します」
「ちょとちょとちょっとー! せっかく来たんだからさぁ、要件くらい言ってみなよー! 頼れるお兄さんにさぁ!」
材木を削って形を整えながら話を聞いてくれているのは、職人の……えっと、ダグラスさんだっけな。
金髪を丸刈りにして、右耳に銀のピアス。男の僕から見ても、かっこいいと思える顔立ち。ずいぶんとノリが軽い人だ。
相棒のゴブリンが仕事を手伝っている。
「実は僕、テイマーになったんです。クラスの嫌なやつに喧嘩を売られて、試合することになったんですけど、相手がオーク特化のサモナーだから……槍が欲しくて……」
「適性診断やったばっかで、どしてどしてそんなことになるわけ? たしかに槍ならオークくらいやれなくは……いや、やめといた方がいいか。テイマーになったばかりなんしょー? 坊ちゃんが何に特化してるのか知んないけど、まだ従魔もいないのに挑むなんて無謀だと思っちゃうけどねー。ちなみに、試合はいつ?」
「えっと、スライム特化です。一週間後に決闘します」
「……あぁ、そりゃやばいね。時間こそが力になるテイマーなのに猶予が一週間て、さすがに無理があんじゃない? なんで決闘なんてしちゃうかねぇ。ガキのケンカだ、悪いことは言わないから、頭下げるなりして中止にしてもらいな。逃げるのも勇気っしょ」
「嫌だ! 僕は逃げない! ここで逃げたら、僕は一生負け犬だ。もう自分を嫌いになりたくない! お金ならあります。足りなければ、頑張って稼いで持ってきますから。僕に戦う力を下さい。どうか……お願いだから……」
無駄遣いせず、貯め続けてきたお小遣い。露天の肉串なら、40本は買えるだろう。
硬めの木材を削って柄を作り、先端を尖らせただけの槍ならばこれでも足りるはず。
大人からすれば大した金額ではないけれど、僕にとっては全財産だ。
早くラビちゃんに追いつきたい。まずはザンブに勝って、自分の可能性を一歩前に進めたい。あいつに負けるようでは、ラビちゃんのヒーローになんてなれやしない。
小さな巾着袋にパンパンに詰まった小銭を、ダグラスさんに押し付ける。なんだかいつもより重く感じる……大切な巾着袋を。
差し出した手が震えている。でも、決心は変わらない。このお金の使い時は今なんだ。
「……はぁ、オッケーオッケー。坊ちゃんは男だねぇ。柄の長さは2メーターは欲しいかなー」
「ありがとうございます! お金が足りなければまた……」
「金ならもういただきましたよお客様。毎度ありっすー! ちょっとそこに座っててねー。武器屋じゃないけど、こっちも職人だからさ、依頼を受けたからには雑な仕事はしたくない。目ん玉飛び出るくらいの一級品を作っちゃおっかなー!」
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
用意された椅子に、背筋を伸ばしてちょこんと座る。
ダグラスさんは腕まくりしながら、楽しそうに歩いて奥の方へと消えてしまった。
工房の中には、作りかけの家具や板材が置いてある。ピカピカに磨かれて、素人の僕にでも腕の良さが分かるほどだ。
今座っている椅子だって、角が全て丸く面取られているし、お尻の部分がほどよくカーブして、しっかりと体を支えてくれている。
「うーし、やるかぁゴブ美ちゃん!」
ダグラスさんが戻ってきた。黒色の、波打つように湾曲した太い枝を持って。
この工房で働く職人さんは、ほとんどがゴブリン特化テイマーらしい。
ゴブ美ちゃんは、僕と同じくらいの身長。こだわりなのか黒いツナギを着せられており、猫背で体は痩せ細っている。
鳥のくちばしに似た巨大な鼻が特徴で、目つきは欠けた月のように鋭い。一目で人間と違うと分かるのは、皮膚が緑色をしているから。
「こいつはバルマンブっていうすんげえでっかい木の枝。しっかり水分を抜いてやれば、幹から作った角材なんかは馬鹿みたいに硬くなっちゃう。強度はトレントなんかのモンスター素材には劣るけどねー。まあ、これは枝の部分だから、普通の木よりは頑丈くらいなもんかな」
「そんなすごい木を使っちゃって大丈夫なんですか? 僕、そのうち冒険者になる予定なんです。これから自分でお金を稼げますので、正直に言ってください。あのお金じゃ足りませんよね?」
「……伝わっちゃったからね。ずっしり重かったよ、あの財布は。坊ちゃんの心が乗っかってた。まあ、そんな高いもんじゃないし、子供は金の心配なんてしないでー!」
「ダグラスさん……」
なんていい人なんだろう。
胸が熱い。炎が灯っているみたいだ。
僕の未来のため……ダグラスさんの気持ちにこたえるためにもザンブに勝たなければ。
「ゴブ美ちゃんは穂先をお願いねー! こう……シュシュっとさぁ、いい感じに尖らせてよ。分かるっしょ?」
「ゲギッ!」
ポンと放り投げられた鉄の塊を受け取り、了解したとばかりにゴブ美ちゃんが大きく頷いた。
作業台に移り、水をつけながらゴリゴリガリガリと削っていく。
強い力が込められているようで、すぐに鉄粉が水の色を濁らせてしまう。
「オークサモナーと試合すんだもんねぇ? ちょっとだけ坊ちゃんを助けてあげちゃおっかな。サモナーよりテイマーが優れてるとこって何だと思う?」
「モンスターの力を自分に上乗せできるのがテイマーです。従魔と一緒に戦えることがメリットだと思います」
「かーっ、それじゃあ20点もあげられないよー! やってくうちに自分で気づけるとは思うけど、ヒントをあげるね? 例えば……ゴブ美ちゃんをよく見てみて。俺たち職人ってのは、経験イコール技術なわけ」
ダグラスさんは木を削り、ゴブ美ちゃんは鉄の形を整えていく。二人とも一生懸命で、額から滴る汗は星のように輝いている。
ただ槍を作っているだけなのに、ずっと見ていても飽きない。
洗練された動きはまるで芸術。野生のゴブリンにあれをやれと言っても難しいだろう。
「……あっ! そうか、なるほど! サモナーは、生み出されるたびに新しいモンスターが出てくる。経験が蓄積されないんだ!」
「お見事、そゆことそゆことー! 他にもたーっくさん違いはあんだけどね。全部教えちゃったら楽しみが減っちゃうし、気づくこともテイマーには重要なんよ。あとは自分で探しなー?」
「はいっ! ありがとうございます!」
なんだか、師匠に教えを受けている気分になった。
テイマーにはテイマーの良さがある。自分で見つけて自分を高めていく。そういうことだろう。
どれだけの時間が経過したのか。工房に差す光は、いつの間にか茜色に変わっていた。
黒い枝は太さが均一になり、その表面は覗き込んだ顔が映りそうなほど光沢を帯びて艶が出ている。
元々癖のある枝から削りだしたものだから少し歪んでいるけれど、もうどこからどう見たって柄の形だ。
鉄を削る音はシュッシュと軽くなり、でこぼこで楕円形だった形がすっかり槍の穂先に。ゴブ美ちゃんは刃を光に透かし、研ぎが甘い部分を見極めている。
そろそろ完成が近い。
「そっちはどう? ゴブ美ちゃん」
「ギャギャッ!」
完璧だと言わんばかりのゴブ美ちゃん。ダグラスさんが出来上がった穂先にドリルで二つ穴を開ける。
宝石のような柄と組み合わせて目釘で固定し、革紐を巻きつけて繋ぎ目を消す。
そして、一本の槍となった。
「どう? すごいっしょ? 息ピッタリでさぁ、俺とゴブ美ちゃんは心で通じ合ってるんよねー」
「はい、凄かったです。時間を忘れて見入っちゃいました」
「ほら、受け取って。元々の木材の形のせいでちょっと柄が波打っちゃったけど、これはこれで味があるってもんしょ。逆にかっちょよくね? パッセ工房の職人ダグラスが自信作……その名もダグランス一号だ!」
「ダグ……え? いや、名前は僕が……」
「ダグランス一号だ!」
「は、はいっ! ダグランス一号、大切にします!」
僕は両手にダグランス一号を握り締め、工房を後にする。
ちょっと重いけど、鍛えて扱えるようになればいい。ガラスみたいな柄に夕陽が反射してとても綺麗だ。
「はぁ、あんな顔されたんじゃ断れないっしょ。後で親方にぶん殴られんなぁ……」
工房から去るときにボソッと聞こえたダグラスさんの言葉。
この感謝を、僕は一生忘れないだろう。