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4.嫌な奴

 やるべきことが分かったからか、ぐっすりと眠ることができた。
 世界一の朝食(ママの手料理)を胃袋一杯に詰め込んで、家を出る。
 学校に行けば、スライムテイマーのことを馬鹿にされたりと少なからず嫌な思いをするだろう。でも、僕の足取りは軽い。

 ラビちゃんを迎えに行ったけど、予想通り領主様の館で保護されているらしい。
 もし会えるタイミングがあれば声をかけて欲しいと、ラビちゃんのママに伝えておいた。

 学校に着くと、やはりみんな適性の話をしている。
 サモナーになった子は楽しそうで、テイマーを引いてしまった子はどこか浮かない表情だ。
 僕も再度ステータスを見てみたが、スライム超特化テイマーとばっちり書かれていた。

 テイマーが必ずしも弱いかといわれたらそうではない。
 例えば召喚枠が5つのドラゴン特化テイマーがいたとしよう。
 テイマーには従魔のステータスが加算される。つまり、5体分のドラゴンの力を持った人間になるというわけだ。考えるまでもなく最強である。
 問題は、レベルを上げなければゴブリンにすら勝てない素の体で、どうやって強いモンスターをテイムするんだってこと。

 テイマーが生活していくには大きく分けて二つ。
 召喚士として生きることをやめるか、運命を受け入れるかだ。
 前者は、普通の職に就けばいい。モンスターを使えないハンデはあるが、食糧生産に関わるもよし、頭を使う仕事もいいだろう。
 後者を選ぶのなら、よほど家が裕福でない限りは冒険者を選択する。
 足しにもならぬほどの小銭を稼ぎながら、ひたすらスライムを倒し続けてレベル上げ。様子を見て格上のモンスターに挑戦し、想像を絶するようなひもじい生活に耐え、長い年月をかけて自分を鍛えていく。
 そんな苦行に誰が立ち向かえるというのか。つまり、強いモンスター特化であればあるほど、テイマーとして活躍するのは難しい。
 だからこそ、クラスのテイマーたちは落ち込んでいるのだ。

「よおカイト、適性診断で(きぃ)失ったらしいじゃん? お前の適性何よ?」

 ポンと肩に手を置かれ、声の方に視線を向ける。
 くるくる天然パーマの薄い緑髪。犬の鼻頭を押し潰したような顔。クラスの悪ガキ――ザンブ・ヨークシャーだ。
 背が高くてめちゃくちゃに太ってる、縦にも横にもでかい奴。ザンブ軍団と名付けたグループを率いてたむろしたり、イタズラばかりしている。
 僕はこいつが苦手なんだよね。うるさいし、乱暴だし……。

「どうせ後で発表することになるんだから、べつに今は言わなくていいよね?」

「なんだよなんだよおいおいお~い! 隠すような適性なわけぇ? みんなー、カイトの適性すんげえらしいぞ!」

 耳が痛くなりそうなほどザンブが大声を出すので、クラス中が騒めき始めてしまう。これでは、嫌でも注目を集めてしまいそうだ。

「分かった、言うよ。耳元で大声出すのやめてよね。僕の適性はスライム超特化テイマー。これでいい? もう構わないで」

「超特化テイマーってなに? 超ダセェじゃんか! ぶひょひょひょひょ! スライムごときで隠してたのかよこいつ。あんな地面を這いずるだけのナメクジみたいなモンスターをテイムしてどうするってわけぇ? なぁ、俺っちに教えてくれよ~」

 ほら、これだよ。だから言いたくなかったんだ。
 息も臭いし、笑い方も下品だし。なんだか僕のことがずっと嫌いみたいなんだよね。
 だったら距離を置けばいいのにって思っちゃう。
 ……って、あれ?
 言われてみれば確かにそうだ。ザンブなんかに気付かされるなんて。

「俺っちの適性はぁ、なんとなんとぉ、オークサモナーでしたぁ! ぶひょひょひょ! 今度俺っちのオークちゃんとお前のクソ雑魚ゴミスライムで模擬戦しようぜ? なぁなぁなぁ、いいだろいいだろ~?」

「まだテイムしてないし、従魔にしたってゆっくり育てなきゃいけないんだ。すぐに戦わせる気もない。あっち行けってば!」

「え、ええええぇ! テ、テイマーって……テイムしないと……た、戦えないんですかぁ! し、し、信じらんなぁい! ぶひゃひゃひゃひゃ!」

「サモナーになれてよかったね。いつでもオークを召喚できるなんて羨ましいよ。……これでいい? もう分かったから、放っておいてくれないかな?」

 これでもかと馬鹿にしてくるザンブ。
 いい加減、耳が痛かったので言葉で突き放したんだけど、気に入らなかったらしい。ザンブの目つきが変わった。
 眉間にしわを寄せ、元々細い目をさらに細めて不機嫌を露わにしていく。
 こいつはすぐムキになるし、怒ると手が出るタイプの人間だ。

「なんだよその態度はよぉ? ラビがいなきゃ何もできねえくせに、俺っちに歯向かうってのかおい!」

 右手で胸ぐらを掴まれて、持ち上げられてしまう。
 ……はぁ、少し考えたいことがあったのに。

「ラビちゃんになんの関係があるわけ? 分かった、そんなに勝負がしたいならさ、一ヶ月後でいい? 正々堂々モンコロルールでやろうよ!」

「おーし、言ったな? 俺っち決闘を受けちゃいましたーっと! みんな聞いたか? カイトと俺っちは、一週間後に試合をする! 負けたら一生奴隷だかんな!」

 ザンブがクラス中に向けて、決闘の成立を言い放った。
 ちょっと相手をしてやって、すぐに負けを認めてやればこいつも納得するだろうと思ったんだけど、決闘となるとわけが違う。
 決闘の勝敗による条件成立は、法的な効力を生む。

「そんな罰ゲームいつ決めたんだよ! 試合するだけだろ! それに、僕はテイマーだから準備が必要なんだ。まだ右も左も分からないのに、一週間後なんて勝てるはずない!」

「ぶっひょっひょっひょ! びーびってるぅ! 俺っちは優しいからさぁ、やめたっていいのよ? どうせクソ雑魚スライム野朗は、そうやって一生逃げ続けるんだろうから……なぁ? ラビの後ろに隠れてねえと吠えることすらできない負け犬が。吐いたツバ飲み込むような真似、男なら恥ずかしくてできねえよ。かーっ、みっともねぇ~」

「……っ! 今まで穏便に済ませてやってきたけど、もう許さないぞ! 一週間後だな? スライムだって戦えることを証明してやる。お前の方こそ逃げるなよ!」

「はーい、試合決定でーす! ぶーひょ、ぶーひょひょひょー! 早くお前のスライムをプチプチ踏み潰してやりたいぜー!」

 僕の人間性まで否定しやがって。ザンブみたいな卑怯な奴に、軽々しく男を語って欲しくない。
 ラビちゃんの名前を出されたから、思わずカッとなってしまったのもある。それに、信じようと決めたスライムを馬鹿にされたことが悔しくて……決闘を受けてしまった。
 やるべきじゃないのは分かってるけど、ここまで言われて逃げるのも違う。
 負けたくない。絶対に負けたくない。
 一週間の準備期間で、僕自身も鍛えながら、オークとだって戦えるスライムを育成するんだ。

「首洗って待っとけよカイトちゅわ〜ん! ぶひょほほほーっと!」

 ザンブが満足した様子で離れていく。
 やっと自分の時間が作れた。
 さっき気になったのは、()特化ってなんだろうってこと。
 文字通り解釈すれば、スライム特化テイマーを超越してるってことだよな?
 それとも、スライムにとんでもなく特化したテイマーって意味なのか?
 なんにせよ、後で少し調べてみよう。オークの弱点も勉強しなきゃだし、スライムの知識も必要だ。

「あーあ、めんどくさいことになっちゃったなぁ……」

 小さく呟きながら、ため息とともに陰鬱な思いを吐き出す。
 ザンブに絡まれて嫌がらせを受けている間、みんなから可哀想なものを見られる目を向けられていた。
 でも、僕は気にしていない。

 授業が始まり、適性の発表をしたときも、クスクスと馬鹿にするような笑い声が聞こえた。
 だからなんだ。僕は最強のテイマーを目指す。人の評価なんて関係ない。

 昼休み、図書館へと向かう。
 本棚を片っ端から覗いていき、選んだのは『初心者テイマー完全読本』というタイトルの一冊。厚みがあり、理解するまでに時間がかかりそうだ。
 テイマーとして、まずはスライムをテイムしなければ始まらない。一番重要なテイムの基礎知識から学ぶ。
 本に記されていることを、簡単に要約してみよう。

 いきなりテイムしようと試みたところで、十中八九失敗する。
 簡単な方法は、モンスターを弱らせて、この人には勝てないと思わせること。力で服従させるのだ。
 モンスターと仲良くなった後にテイムが成功した例もあるらしい。
 餌付けや、他のモンスターにやられているところを助けるなど、心を動かすのも一つの手だという。
 スライムならば、普通に戦うほうが楽かもしれない。
 ……ん、見間違いかな?
 テイマーとして上を目指したいそこのあなた。もしスライム特化ならば、今すぐに諦めたほうがいい……か。
 なるほど、これはご親切にどうも。よし、見なかったことにしよう。

 そういえば、特化の項目は数多くあれど、超特化の文字が見当たらないな。
 モンコロでも多くの闘士が戦うところを見てきたけれど、テイマーの中に超特化の人はいなかった気がする。
 ……おや?
 またよくないものを見つけてしまった。
 テイマーとして上を目指したいそこのあなた。召喚枠が2以下なら今すぐに諦めた方がいい……ね。
 なるほどなるほど、二度までもご忠告痛み入ります。この本には記憶から消したくなる言葉が多いようだ。

 昼休みだけでは時間が足りない。
 一冊なら持ち帰れるので、今日はこの本を借りて、とりあえずテイマーの基礎を徹底的に叩き込むとしよう。

 チャイムと同時に教室に戻ると、すぐに午後の授業が始まった。
 ジーンズに黒のタンクトップ姿のライル先生が、黒板に算術の計算式を書き記していく。チョークの動きに合わせて、青い長髪が揺れている。
 先生には申し訳ないけれど、数字を足すだの引くだのと言われても勉強に集中できない。
 いつも以上に身が入らないのは全部ザンブのせいだからね。文句ならあいつに言ってくれ。
 僕は黙々とただひたすら本を読む。

「私の授業を無視してお勉強(・・・)とは……いいご身分ですね、カイトくん?」

 テイマーの世界へと、入り込んでいく。
 読めば読むほど奥が深い。

「ほぉ、大した集中力ですね。そんなに私の授業がつまらないんですか?」

 そりゃそうだよ。決闘に勝たなきゃいけないんだから、集中もするさ。
 僕は今、テイマーのことに夢中なんだからね。
 ……って、あれ?
 ……この声はまさか?

 頭上で響く、ねっとりとした低い声。
 僕の首が、恐怖からか油の切れた機械式人形みたいにギシギシと音を立てるように動く。
 視線の先では、闇のオーラを纏う魔神(先生)が僕を睨みつけていた。

「後で職員室に来なさい!」
(あづ)っ!」

 正義の鉄槌(ゲンコツ)が僕の頭にめり込み、小さな山(たんこぶ)を作った。
 目の前がチカチカするよ。

しおり