裏切り者
亜人たちを淫魔将軍らに任せると俺は、勇者に俺の背におぶさるように屈んだ。
「な、何のまね?」
「魔王城に一気に運んでやる。いいから乗れ。お前たちは、こいつを先に運んだ後、城から飛龍でも連れて来てやる」
俺は先に勇者を運び、残りの賢者たちを後から運ぶことにした。吸血姫に背負わせるには人数が多い。何度か往復するか、人数分の飛竜を用意したほうが堅実だろう。それに吸血姫に勇者の仲間を背負わせるより、俺が往復した方がいい気がした。
勇者は賢者たちと目配せするとここで断れば、魔王にビビっていると思われるのを避けるつもりか迷いつつも俺におぶさった。
「これでいい?」
「しっかりつかまってろよ」
「え?」
勇者が俺におんぶされると、護衛として俺のそばに残っていた吸血姫が、俺に囁いた。
「魔王様、また勝負しませんか?」
「おい、俺は重しを背負ってるんだぞ」
「誰が重しですって?」
勇者が俺の背で文句を垂れる。
「いつも私が誰かを背負っていることの方が多かったじゃないですか」
「ああ、そうだったな」
「勝ったら、魔王様の血を人間界での貸し一つ分と合わせてたっぷりいただきますね」
目の前で父である不死の王が勇者により消滅させられたばかりというのに吸血姫はさばさばしていた。完全に死んだと思っていたから、いまさら出て来ても何も感じなかったのかもしれない。
「では、いいですね、魔王様」
「ああ」
「用意、ドン」
「エ、エエエ・・・・」
その急発進に勇者は絶句した。俺の足は速い。魔力で筋肉を強化しているのもあるが、魔界の風に乗って走っていた。それは吸血姫も同じようなもので、翼に魔力を付与して、飛行速度を上げていた。つまり、この競争は魔力比べでもあった。
「は、速い・・・」
残された賢者たちが、少し呆然としていた。
ものすごい風圧を勇者は感じていた。魔王が人間離れしているのは当然だとしても、このスピードは魔界でも異常なレベルだった。
振り落とされないようにギュッと俺の背中にしがみつくので精一杯だった。魔界の景色を楽しむ余裕なんてなく、やっと止まったと思ったときには、目の前に禍々しい巨大な城がそびえたっていた。人間界の王宮が王の気品や気高さを見せつけるものなら、魔王城は魔王の畏怖と恐怖の象徴のような建物だった。
「おい、ついたぞ」
しがみつきすぎて、魔王の背から降りるのを忘れていた。
そして、勇者が魔王の背から降りたとき、吸血姫が地上に降りてきた。
「勇者を背負っても魔王様の方が先でしたか」
負けたというのに悔しさはなさそうである。吸血姫にとっては、魔王の強さを実感できればいいだけで、勝ち負けは関係なかった。
「おい、勇者。堕天使と戦った経験は?」
「堕天使? いや、ないけど、それがどうかした?」
「俺が人間界に行ったのを知っている者は限られる。その一人が堕天使の宰相で、たぶん、不死の王に俺が人間界に行っているのを教えたのが、たぶん、その宰相だ」
「魔王様、まさか、そいつが死にそうになった我が父を救い、魔王様にぶつけて魔王様の抹殺を計ったと」
「ああ、なにせ、堕天使だからな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、魔界の権力争いに巻き込むつもり」
「俺も巻き込まれたろ。お互い様さ」
「その堕天使も汚いとは思うけど、あんたも十分汚くない?」
「そっちが勝手に魔界に来たんだろ。来た方が悪いと思わないか? それに天界の追放者の堕天使の成敗なら、光の神もよろこぶんじゃねえか。」
「・・・堕天使の成敗、つまり悪魔の成敗よね」
「そういうことだ」
「こんなところで何の話です? 堕天使の成敗が、どうとか、その堕天使とは私のことですか?」
魔王の俺でさえ気づかないうちに背後をとられていた。慌てて振り返り距離をとる。
「て、てめぇ、不死の王をけしかけたな」
「おや、まぁ、あの方、待ち伏せに失敗したのですか」
「ああ、臭くてすぐに分かったぜ」
「で、私の仕業と気づいて成敗のご相談ですか」
「随分と余裕じゃねえか」
「堕天使が、私一人だけだと? 神に追放された我が同胞は、こんなにいます」
堕天使の群れが魔界の空を覆っていた。
「こんなにいつの間に」
「我々は、邪神様に期待していたのです、天上から落とされた者同士手を取りあって神々に復讐でききると。でも、邪神様は、この己を慕うものだけの魔界に満足し天界への復讐には動かなかった、だから、我々が、邪神様の代わりに、この魔界を支配し、天上への反抗の足掛かりにすることに決めたのです」
堕天使はその演説に酔うように笑っていた。
「おいおい、復讐したけりゃ、自分の力だけでやりな、それが邪神様の教えだ」
「だから、我々が、魔界を束ねることにしたのです。あなた方は異形だから魔界に隔離されたんじゃない、その力を束ねれば、天上の神々を脅かせる力になるから魔界に封じ込められたのです」
「ねぇ、ちょっと堕天使さん、あんたらの計画では人間界はどういう扱いになっているの?」
人間のことが出てこないので、勇者が尋ねた。
「天上の神々を崇拝する猿のことですか。もちろん、皆殺しです。決まってるじゃないですか」
その次の瞬間、その堕天使の身体は光の刃で切り刻まれていた。