バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第9話  憤慨せずにはいられなかった


 かぴー号による魔界ドライブを開始して一時間ほど。
 相変わらず黄色い声ではしゃいでいるソラの後ろで、俺は無表情でかぴーの背中に乗っていた。
 理由は簡単だ。
 この間にいくつかのオススメスポット巡りをしていたんだがどれもこれも……っと、急にかぴーが停止する。
 キキー! とブレーキ音でも聞こえてきそうなくらいの急停止で、俺とソラは慣性の法則で振り落とされないようもふもふ毛に掴まった。

「着いたかぴ! ここがぼくがお気に入りの最後のお昼寝スポット――――血流火山のマグマ温泉かぴー!!」
「――――いや、もうええわぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 俺は岩肌が露出した魔界の山の一角で、世界を呪うように絶叫した。
 目の前には、赤黒い岩とぐつぐつと煮えたぎったマグマがドロリドロリと触れた物を燃やしながら流れ、一部で滞留している。
 かぴーが『マグマ温泉』だと呼称しているエリアである。
 スローライフが捗る場所を知りたかったのに、案内されたのがコレだ。
 そりゃ憤怒の叫びの一つや二つ出てくるのも当然だろう。

 だが、当の本人は俺の怒りの出所が分からないようで、可愛らしく齧歯類《げっしるい》の出っ歯をわなわなさせながら困惑していた。

「ど、どうしたんだかぴ!? なんでそんなに血相を変えて怒ってるんだかぴ!?」
「お前がさっきから禍々しいエリアばっかり巡っていくからだろうが! お前、俺の話聞いてたのか!? 俺はのんびり心が癒されるお昼寝スポットの案内を頼んだんだよ!! それなのに、なんじゃここは!!」
「だ、だからぼくが普段お昼寝に使ってるお気に入りの場所かぴ! ここは温かくてドロドロしたマグマ温泉。火山の噴火で死滅した魔物の血が固まって出来た深紅の岩石がそこら中にあって、岩盤浴もできちゃうかぴ! こんなにポカポカお昼寝に最適な場所なのに意外と穴場で知る人ぞ知る特別なスポットかぴよ!?」
「んなもん知るかぁああああああああああ!! まず血が固まって出来た岩石とか怖すぎだろ! そんな石で岩盤浴なんかしたら呪われそうだわ!! しかもマグマ温泉ってマジもんのマグマ垂れ流されてとるやないかい!!」

 マグマ温泉とやらまでの距離はおよそ五十メートルほど。
 凄まじい熱気が全身を焼き尽くすが、不思議とダメージは食らわない。
 多分もう俺が人間を止めているからだろうな。
 ソラも薄着なのにも関わらず真っ白な肌のまま付近を歩き回っている。

 とりあえず楽しそうに探索しているソラは放置しておき、この一時間ほど溜め込んでいた鬱憤を全てここで吐き出した。

「大体、お前が案内するところ全部癒され要素なんて皆無だったわ! 魔界の恐ろしい要素ばっかで気休めにもなりやしねぇ!」
「ひ、酷いかぴっ! ぼくがいっつも休んでる場所を教えてあげたっていうのにー!」
「クソッ! カピバラなんていう可愛い見た目してるから期待しちまった俺がバカだった! やっぱお前も魔界に染まった価値観ぶっ壊れ野郎かよ!!」
「がーん!!」

 カピバラはショックを受けたように固まった後、しょんぼりとしてしまった。
 すると、いじけるカピバラを他所に付近をうろついていたソラが駆け足で戻ってくる。

「ますたー、見て見て! 上に行くとたくさん温泉があるよー!」
「温泉? ああ、どうせマグマ温泉だろ。もういいよ。入る気おきねぇし」
「えー、温泉入らないの? ソラ楽しみにしてたのにー」
「入るかッ! よく見ろあの真っ赤に燃え盛る炎の流れを! あんなモンが集まったのは温泉じゃねぇから! ただのマグマ溜まりだから!!」
「ぶー。ますたーのいじわるっ!」

 服を脱ぎ脱ぎするモーションをするソラを必死に止め、何とか入浴を阻止する。
 ていうか、マグマ云々以前に俺と一緒に温泉に入るとかダメだろ。
 まして俺の目の前で普通に服を脱ごうとするのも絶対NGだ。
 俺にロリコンの気はないぞ。

 ソラが間違った道に走ってしまわないよう、後でしっかりとそこら辺の貞操観念を教えてやらなきゃなと思ったところで、俺の相棒はピコーン! と何か閃いたようにポンッと手を打った。

「そうだ、ますたー! 温泉がダメなら、代わりにここでピクニックしようよ!!」

 は?
 ピクニック??


しおり