第10話 真っ黒に汚染されていた
いきなりソラからもたらされた突拍子もない提案。
マグマ温泉から少し離れた場所に、灰色の草が生え揃う草原があった。
そこに向かった俺は、今更ながらソラのピクニック宣言に疑問を呈す。
「なんでいきなりピクニックなんだよ。つーか、何にも用意してきてないぞ?」
今の俺は手ぶらだ。
ピクニックに使えそうな道具やお弁当なんかを持ち合わせているはずもない。
が、ソラはぐっと両手を握ってぱっと笑顔を見せた。
「大丈夫だよ! ますたーは特別だから、魔力を使えば何でも好きなものを、どーん! って呼び出せちゃうもん!!」
「なんじゃそりゃ。随分とアバウトだな」
万歳しながら凄さをアピールするソラを苦笑しながら見守る。
だが、ソラの発言には少し思い至ることもあった。
最初俺の部下たちをまとめて追放した直後、自分の姿を確かめるために姿見を召喚したことがある。
あれは俺の魔法によって生み出された物だったが、もしかしたらそれが食料なんかにも適用されるんじゃないかってことを言いたいのか?
まあ、飯の召喚はしたことがないから何とも言えないが、ピクニックに必要なブルーシートくらいだったら生み出せそうな気もする。
「ま、せっかくソラがここまで押してくれてるわけだしな。それに俺もピクニックは興味あるし、ちょっと試しに召喚にチャレンジしてみるか?」
俺は意識を切り替え、魔力に集中してみる。
まずは手始めにブルーシートからいってみよう。
玉座の間で姿見を出現させた時の感覚を思い出して――――
「出でよ! ブルーシート!!」
魔力を込めて召喚魔法っぽいものを発動してみると、不意に目の前に小さな闇の空間が現れ、そこから、バサァッ! と大きなブルーシート……というか、漆黒の絨毯みたいな敷物が生み出された。
「これがブルーシート……か? なんか思ってたのと違うんだが。ていうかブルーでもないし。おもっくそブラックだし」
「わぁー! すごーい!! さすがますたー!」
なんかピンとこない結果に終わったがソラは手を上げて喜びを露にした。
「やっぱりミナト様って腐っても四凶王《しきょうおう》様の一角なんかぴね。さっきから奇行が多くてちょっぴり疑ってたかぴけど、見直したかぴ」
「お前も俺を恐れてるのか舐めてるのか分からん奴だよな。おい」
俺は生み出したブルーシートもといブラック絨毯を灰色の草原に敷きながらかぴーに対抗する。
いや、別に『四凶王』の肩書きに誇りがあるっていう訳ではないが、なんか小馬鹿にされた物言いが引っ掛かっただけだ。
俺は気を取り直して、お次の召喚を進める。
「とは言っても、さすがに食べ物は難しいんじゃないか? 一口に召喚魔法って言っても、曲がりなりにも俺、悪魔だしなぁ」
悪魔が召喚魔法で美味しいご飯を生み出すシーンなんて見たことがない。
だが、ものは試し、か。
せっかくなのでブラック絨毯を出した時と同じ要領で、美味しいランチボックスをイメージしながら魔法を発動する。
と、再び目の前に闇の空間が出現し、そこから黒い箱が、ズズズ……と現れた。
それを受け取ると闇の空間は消え、俺の手の中に文字通りのブラックボックスだけが残る。
「なんだこれ……真っ黒の箱だけ出てきて超怖いんだけど。ん? てかよく見るとこれ、黒い竹で作った弁当箱か?」
真っ黒な箱だと思っていたが、近くで見たら薄く切った黒い竹を規則的に編み込んだランチボックスだった。
そして、パカリと蓋を開ける。
「ますたー! ランチボックスの中身なにー?」
「ぼくもちょっぴりお腹空いてきたから、何かあるなら食べたいかぴー!」
「……いや、うん。何ていうかその……これ食えんの?」
箱の中から出てきたものを一つずつ見ていく。
「真っ黒なサンドイッチ、真っ黒なおにぎり、真っ黒な卵焼きかサラダか焼き魚っぽいおかずたちが少々……これ人が食うもんじゃねぇだろ!!」
なんだこれ!?
全部焼け焦げてるんじゃねぇか!?
つーか、さっきから俺の召喚魔法は何でもかんでも禍々しい漆黒の物ばっかりが生まれてくるんだけど、この仕様どうにかならんのか!?
俺が運営に文句を言ってやろうかとキレていると、ソラとかぴーが覗き込むようにしてランチボックスに集まってきた。
「このランチボックス、中からすっごい濃厚な魔力を感じる~。ますたーの魔力たっぷりだねっ!」
「こ、これはまたとんでもない量の魔力が含まれてるかぴね……! もし弱い魔物が間違って食べちゃったら魔力侵食で命を落としちゃいそうかぴ」
「え? これそんなヤバいやつなの?」
二人の何気ないコメントに、俺は真顔で顔を上げる。
「ソラは大丈夫だよ~! だってますたーの魔力はソラの魔力とおんなじだし!」
「ぼくも問題ないかぴ! これくらいの魔力に呑まれるほどヤワな鍛え方はしてないかぴよ!」
「んなこと言ってさっきはカラスの群れにリンチ食らってたじゃねぇか」
「あ、あれは突然のことだったからビックリしちゃっただけかぴっ! ぼくの真の力を解放したらあんなカラスくらい、どうってことないかぴ!!」
かぴーは少し声を震わせながらキリッとキメ顔を浮かべた。
ほんとか? こいつ。
「まあいいや。これで正しいのかどうかは分からんが、とりあえずピクニックを行う上での必要最低限の品物は揃っただろ」
「わーい! みんなでますたーのご飯食べよー!」
「そ、それじゃあぼくもちょっとだけ頂くかぴ!」
灰色の草原に敷いた漆黒の絨毯に、俺は腰を下ろす。
その隣にかぴーが身を寄せ、ソラは胡座をかいて座る俺の足の間にすっぽりと小さなお尻を乗っけてきた。
こうして、不穏で禍々しい魔界の一角で、マグマを噴き出す火山を眺めながら、俺は【MWO】世界初のピクニックに興じるのだった。