バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

洞窟攻略

新しい教祖から話が回っているはずだったが、辿り着いた魔界の入り口前の神殿は兵でかためられていた。俺の連れている亜人の臣民が彼らには魔王の兵士に見えるらしい。一歩も通さぬという物々しい雰囲気が漂い、自由の地に行けると期待していた臣民の顔を曇らせる。
「おい、何のつもりだ? 新しい教祖様から話は聞いているだろう」
俺は兵の後ろにいるだろう、ここの責任者に向けて、大声で呼びかける。
あの元王子みたいに凍らせて前に進むこともできるが、いくら魔王とはいえ、無駄な争いは避けたいという気持ちはある。しばらくにらみあっていると、淫魔将軍が武具を外して、肌を露にさせ始めた。
「陛下、私が行ってまいります。しばらくお待ちを」
そうして、裸に近いような恰好で、淫魔の色香を振りまいて兵士たちを翻弄しつつ堂々と彼らの間をすり抜けて光の神殿の奥へ消えていった。
そして、ほどなく、兵の守りは解かれて、淫魔将軍の腰に手を当てながら鼻の下を伸ばした大司教が現れた。
「これは、魔王様、失礼しました。怪しい集団が近づいていると聞き、魔界への入り口を守らねばとつい構えてしまいました。改めて教祖様に確認いたしました。どうぞ、お通り下さい」
「では、遠慮なく通らせてもらおうか」
神殿の裏にある、魔界へ続く洞窟へようやく向かう、淫魔将軍が離れて俺たちについてくると大司教は少し名残り惜しそうな顔をした。
「聖職者なんて、ちょろいですわ」
教祖に大司教と人間界の聖職者を次々落とした淫魔将軍が洞窟に入ると、自慢げに笑った。
「おかげで、無駄な犠牲を出さずに済んだ」
「陛下、問題は、これからです」
そう、俺たちは強いが、連れている元奴隷の臣民たちが、足手まといになる可能性は高い。なにしろ途中には、あの神竜がいる。俺たちが通るとき、寝ていてくれると助かるが、起きていたら、通るとき起こしたら大変だ。
ま、入り口で悩んでも仕方ない。とにかく、魔界に帰る。それだけだ。
魔王の俺を先頭に、ズンズン洞窟の奥へと突き進む。淫魔将軍とねこみみメイドが、列の中央辺りを見守り、最後尾を、マントを脱いでのびのびとしている吸血姫が固めていた。一度通って、どんなモンスターがいるか分かっているので、楽だった。
やはり、一番厄介なのは、奥にいる神竜だろう。
負傷している亜人に合わせて、度々休憩を入れる。
弱い者を気遣って歩くというのは、思った以上に気を使う。ふと、ついため息が出ると、あの時助けた幼い女の子が俺に菓子を差し出した。
「はい、魔王様」
「いいのかい?」
「うん、食べて」
多分、その子のとっておきだったのだろう。伯爵家でお世話になっている時に出された菓子で、もったいなくていざというときのためにとっておいた物だろう。正直、少し、ぼろッとなっていたが美味しくいただいた。先頭の俺だけではなく、最後尾の吸血姫もモンスターの群れが近づくと、すぐに動いて近づかれる前に始末していた。闇は吸血鬼の味方であり、この狭い洞窟内なら、魔王の俺でさえ、手を焼くだろう。そして、時間はかかったが、神竜の寝床の巨大空洞に辿り着いた。
俺はシッとみなに物音を立てないように指で指図した。そして、そっと竜の様子をうかがう。寝ていた。瞼を閉じ、大地に伏している。俺はジェスチャーで、竜を起こさないように静かに歩くように伝えた。
息を殺し、一列で慎重に進む。
眠ってじっとしていても、その圧はすごい。前は勇者と協力して、何とかすり抜けたが、いま勇者はいない。あの聖剣だけでも借りてくれば良かったかなとも思うが、大事な聖剣を勇者が魔王に預けてくれるわけがない。
とにかく、忍足で進み、先頭の俺が無事に反対側に辿り着き、みなが、全員こちらに来るのを待つ。続々と辿り着き、辿り着いたねこみみメイドと淫魔将軍と俺は、最後尾の吸血姫を見守っていた。が、負傷し、足が遅くなって最後尾の方にいた亜人がふとよろけて音を立てた。
「ん、なんじゃ、誰かおるのか」
巨大な神竜の首が持ち上がり、その亜人に気づく。
「まったく、つい最近、叩き起こされたばかりというのに、礼儀知らずが多くなったものじゃ」
吸血姫は、バッと翼を広げてその亜人を抱き抱えて、一気にこちらに逃げ込もうとした。
「ふんっ」
と魔法の爆風のような竜の鼻息が吸血姫を襲ったが、それを光の刃が打ち消した。
「急にいなくなったと思って追いかけてみれば、また神竜を怒らせて!」
空間魔法を賢者から教えてもらい、聖剣と対になる鎧を召喚して身にまとった勇者が現れた。
「ちょっと、魔王、魔界に帰るなら一言ぐらい挨拶していきなさいよ。女王様もお怒りよ」
そう、俺は勇者や女王には内緒で、王宮を去ったのだが、それが気に入らなかったらしく追いかけてきたようだ。
魔王に挨拶されたら迷惑だろうと思ったのだが、水臭いと感じたようだ。
「なんじゃ、だれじゃ、騒がしいの」
「うるさい、あんたこそ、黙ってて、いまは魔王と話があるの」
「なんじゃ、無礼じゃの」
神竜が炎を吐いたが、勇者は光の刃で打ち消した。
俺も邪神様の鎧と魔剣を召喚した。
「なんじゃ、なんじゃ、またお主らか、何度も叩き起こしおって、もう許さんぞ」
神竜は本気で俺たちを殺しに来た。が、全力で聖剣を扱えるようになった勇者は強く、俺の援護もあって、長々戦い、神竜を追い詰め、ようやくへたばらせた。勝ったというより、何とか疲れさせたという感じだ。勝利の喜びもなく、もういいだろという気分しかなかった。
「く、やるの、お主ら」
「魔王と勇者だ。魔界最強と人間界最強を相手にあんたも良く戦ったさ」
「まったく、寝床が狭くなったわい」
天上や壁が崩れ、広かった大空洞が崩れた岩だらけになっていた。
「近いうちに、外に出るか。上が、人間界で、下が魔界じゃったな。どちらかの世界に出るので、お主ら儂に出会ったら貢物を寄こせ。儂の寝床を壊した罰じゃ」
「は、はぁ、出るのでしたら、上の人間界へ」
「いやいや、お前の方が多くここを崩しただろ、お前の魔界で引き取れ」
「何じゃ、うるさいの、儂は好きな方の世界に出る。出たら、貢物忘れるなよ、勇者と魔王じゃったな。そなたたちの顔忘れぬぞ」
「は、はい」
「承知しました」
魔王の俺も勇者も神竜に了承の返事を返すしかなかった。俺と勇者が神竜とやり合っている間に、無事に吸血姫と淫魔将軍らは先に進んだようだ。仕方なく、俺と勇者は二人で魔界に向かった。
「なんで俺についてくる。人間界に帰れよ」
「女王様に頼まれた。お前に文句言うついでに魔界を見てきて欲しいと」
「まさか、人間界で暴れた俺みたいに、魔界で暴れるつもりじゃ」
「それは、お前次第だ、快適な魔界の案内を頼むぞ」
俺は苦笑したが。先に自分が、同じことをやっていて、やり返されていると気付くと文句は言い返せなかった。

しおり