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魔王の帰郷

王宮内での式典が一通り終わり、外に集まっていた民にバルコニーから新女王のお姿をお披露目するとき、空から無数の天使たちが降りてきた。彼らは、翼をなくした同胞を助けに来たのである。新女王のそばに控えていた翼のない天使に天使たちがむらがり、彼女の翼の代わりにと手を伸ばして支えて、天へと連れて行く。
「さようなら、女王」
「今日まで、ありがとう」
新女王と天使は短く挨拶して別れた。
その場に集まっていた民衆には新しい女王を祝うように天使が降りてきたように見え、大きな歓声が上がった。
「神様も粋なことするじゃねぇか」
天使に祝福された女王の誕生、これほど、女王の権威を高める演出はあるまい。
天使たちの姿が天に消えて、新女王は集まってきていた民に向かって改めて手を振ると、また歓声が上がった。
「さて、行くか」
俺たちは、民に祝福される女王への歓声を聞きながら、こっそり、王宮を抜け出して、一路、伯爵領に向かった。行きは歩きだったが、帰りは、王女の近衛から女王の近衛に出世したあの近衛の騎士から馬車を拝借して向かった。
「うむ、面白い旅だったな」
「はい、陛下」
もう教祖を操る必要がなくなった淫魔将軍もその馬車に同乗していた。淫魔将軍、ねこみみメイド、吸血姫と、少ない人数だったが、この人間界で成したことは、偉業だったと思う。
帰って宰相に話しても信じてもらえるかな。
改めて思い返してみると、とんでもないことをしたように思う。光の神直々に釘を刺すということは、空から見ていてもやりすぎだったところがあるかもしれん。
「おい、人間界でなにかやりのこしたことはないか、もうまっすぐ魔界に帰るからな」
俺は同行者たちを見た。
「魔界の太陽が恋しいです。早く帰りたいです」
いまもマント姿の吸血姫がしみじみ言う。
「そうか、お主には、一番苦労を掛けたかもな」
そう、吸血姫の働きが、地味に一番貢献度が高かったように思う。
だが、役立たずだった者は誰もいなかったとも思う。
魔界に帰ったら、それなりの褒美を考えないとと思いつつ、馬車が伯爵領を目指して走る。
ヒィィーン
ふと急に馬車が止まった。馬車を操る従者に問う。
「どうした?」
「そ、それが・・・」
「出て来い魔王! 貴様が姉上をたぶらかして、この国を奪おうとしているのは明白!」
やれやれと思いつつ俺は馬車を下りた。
あの王子が馬に乗り、数人の部下を連れてそこにいた。
「心が病んだと聞いていたが。元気そうで何より」
「この国が奪われようとしているときに、おちおち休んでいられるか」
「お姉さんに王位を奪われたのがよほど悔しくて、正気を取り戻し、私に八つ当たりですか。情けない。そんなに国が欲しいのなら、欲望のまま辺境から兵を上げればよろしい。あなたの元に兵が集まればいいですが」
「調子に乗るな魔王、この聖剣が眼に入らぬか」
王子が、腰の大剣を抜いた。どこで手に入れたか知らないが、確かに神器のひとつのようだ。
「知っているぞ、お前が聖剣に弱いこと。この私がお前を成敗し、姉上の目を覚まさせる」
どうやら、完全に新女王の誕生は俺の策謀で、俺さえ倒せば自分が王宮に戻れると
妄想しているようだ。まだ正気ではないと言えるかもしれない。大体、聖剣を十分に使いこなせる技量が目の前の王子にあるようには見えなかった。
「悪いが、早く魔界に帰りたい者がいるので、早くかかって来い、元・王子様」
元という言い方にカチンときたのか、それとも、まだ心が病んでいるのか、安い挑発に乗って簡単に突っ込んでくる。そして馬車の中に戻り、手綱を握る従者に、
「もう行っていいぞ」
「は、はい・・・」
従者は怯えつつも馬車を出発させた、氷の彫像となった王子たちを残して。
妨害はそれだけで伯爵領についた。
「おひさしぶりです、魔王様」
俺たちの来訪を心待ちにしていたらしい伯爵令嬢が、つくなり、俺たちを質問攻めにした。
王都から、遠いゆえ、情報の伝達が遅く、王女が女王になるということもつい最近知ったようで、なにがあったのか知りたがったが、俺は、まず臣民たちに会いたいと話した。彼らは、使われていなかった使用人の部屋で暮らしていた。俺たちが去った後、魔王に味方する伯爵家を討つべしと集まった民衆から伯爵家を守るため、何人か傷を負っていた。当然、魔界に行ったら、その名誉の負傷をした者に報奨を与えると約束し、動けるか、確認した。魔界に行くためには長い洞窟を通らねばならないからだ。幸い、支えてもらえば、大丈夫そうで、俺は明日の朝、魔界へ向かうと臣民たちに伝えた。洞窟の中には危険なモンスターがいるが、俺たちが守るとも約束した。
「それより、初めより、数が増えてないか」
亜人の一人がおずおずという。
「実は魔王様が、奴隷である我ら亜人を自由の地に連れて行って下さるという噂を聞きつけ、何家族か、この伯爵家に逃げ込んできまして、ご迷惑でしょうか」
「いま、どれくらいの人数だ」
「二百人ほどかと」
「なら、増えた分は、己らで守れ。魔王は万能ではないからな」
「はッ」
「お嬢様ですか、噂を広めたのは?」
「あら、私は本当のことをちょっともらしただけ、ここまでたどりついたのは彼らの努力、まさか、魔界の偉大な支配者たる魔王様が、ほんのちょっと人数が増えたぐらいでお見捨てになるわけないと思いまして」
あの王女様に賢者とこの伯爵令嬢といい、この魔王をいいように翻弄してくれる。だが、こちらも随分と人間界で暴れたと思うから、お互い様だろう。
その晩、新女王の戴冠式を見てきた俺たちが伯爵の晩餐に同席して、大賢者が教祖になったこと、途中、元王子に襲われたことなどを語った。伯爵も娘と同じく、ワクワクするような冒険譚が嫌いではないようで、魔王自らこの伯爵家を出て王宮までの道程を語って聞かせた。このとき話した内容を伯爵令嬢が本にまとめて後世に残る魔王の英雄譚にしたのだが、それは、俺が魔界に帰ってからの話だ。
翌朝、伯爵から、食料を分けていただき、臣民たちとともに魔界への入り口に向かった。

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