戴冠式
あの遺体の山から王妃が王子を救い出し、遺体に埋もれて王子の心は少し病んでしまった。当然、国王になれるはずもなく、王子の病を癒すためということで辺境の地へ王子と王妃は移り住んだ。国王殺しではっきりと処罰されなかったのは、実の息子が父親を殺したと詳細を公にするのは王家の威信にかかわるし、また魔王が絡んでいることから、ただ国王の死と王子と王妃が王宮を去ったことだけが民に知らされた。ただ、なんとなく魔王が関わっているらしいという噂は流れた。
そして、王子についていた大貴族たちも媚びるように王女側に寝返り、王女が新しい女王になることがすんなり決まった。
俺たちは、新女王の来賓扱いとなり、あの離宮に女王の戴冠式まで滞在することになった。結果的に俺が王女を女王にしたようなものだから、見届ける義理はあるだろう。
「なんで、お前までいる」
勇者が、俺の周りをウロウロしていた。
「私はお前の監視役だからな、目を離して、何か悪だくみされたらたまらん」
「悪だくみとは、なんだ?」
「王女をあの教祖みたいにお前が操るとか」
「操って、それから?」
「人間界を陰から支配する」
「おいおい、ここは光の神のお膝元だぞ、一応、光の神には釘を刺されてるんだ、目立つことするなって」
あの巨大な腕を俺ははっきり覚えていた。
「第一、いつまでも魔界を留守には出来ん。戴冠式が終わったら、魔界に帰る。俺は、魔界の王だからな」
「帰る? 魔王が帰らない方が、魔界は平和ではないのか」
「だったら、いいが」
「どうだか」
勇者がそう俺に突っかかると、それを見かけた賢者が勇者を叱る。
「なにやってるんです、今日は、明日の戴冠式の前に礼服の直しがあるって言ったでしょ」
賢者は女王の戴冠式を仕切ることになっていた。本当は大賢者が依頼されたのだが、面倒だと弟子に大役を振ったのだ。そして、この離宮に王女とともに待機し、俺たちと勇者たちの戴冠式用の礼服が用意されることになった。
まさか、魔王の俺が、賢者の言いなりに人間界の礼服を着ることになるとは魔界を旅立つときには想像もしていなかった。王女が女王になるのを見届ければ、俺が人間界ですることは、もう何もないだろう。魔王がいるというだけで、人間界にとっては迷惑なようなのでもう帰るのだ。ずるずると長居すれば、新女王の迷惑だろう。それに我が臣民を伯爵家に預けたままだ。魔王の名において彼らを魔界に案内するという大切な仕事がある。十分暴れたと思うし、人間界の大地に魔王の爪痕を充分残せたとも思う。これで、魔王に手を出すと怖いという伝承が残れば幸いである。
「さて、お茶の時間か」
魔王の俺は空気を読んで、戴冠式まで離宮の中で過ごすことにした。
あれだけ人間を氷漬けにした魔王が出歩いているというだけで、民を怯えさせて、戴冠式前にまたこの離宮に魔王討つべしと民衆が押し寄せないとも限らない。この人間界を観察して、それは十分に理解した。神官の扇動があってもなくても、人間界の人間は魔王と聞くと石を投げつけるだろう。人間に魔王は怖くないと伝えるより、魔王に手を出したら怖いぞと知らしめる方が楽だと思い暴れたが、新女王の戴冠式をぶっ壊すわけにはいかない。それには大人しく引きこもっているのが一番と空気が読めない俺ではない。
離宮のサロンには、お茶とお菓子を前に、王女、天使、勇者、賢者、女戦士、魔導師、ねこみみメイドに吸血姫がそろっていた。
「な、やっぱり、俺もあのドレスを着て参列しないといけないのか」
女戦士が不満を口にする。
「私も同意見だ。あんな格好をしたくて勇者になったんじゃない」
「なにをいってるのですか、お二人は、この国有数の聖剣の使い手。その二人が新女王をお祝いしなくてどうするんですか」
賢者が勇者たちを注意する。
「お二人は、私が女王になるのを心から祝って下さらないのですか?」
王女が、勇者に向かって首を傾げる。
「いや、そういうことではなくて、ドレスはガラじゃないというか」
「魔王様。魔界では、こういう式典での礼服というのは、どうなんですか」
賢者が俺に問う。
「魔界だって、儀式や作法に乗っ取って身なりは整えるさ。勇者の晴れ姿、俺も楽しみだ」
「あら、主役は私ですけど、魔王様は私の晴れ姿より勇者様が気になると?」
王女が、俺に突っ込むと、ねこみみメイドも気になるように俺を見た。
「なにせ、魔王ですから、勇者に注目するのは当然。無様な姿をさらして、式典を台無しにしないか心配で」
「この私に、ドレスなど似合わんと言いたいのか」
「そう言ったつもりだが、聞こえなかったか」
「魔王・・・貴様・・・」
「みなさん、大事な式の前ですよ、騒ぎは起こさないように」
天使がほほ笑みながら、俺たちを注意する。
いよいよ、明日だ。まさか人間界に来て、国王の交代劇に立ち会うとは思っていなかった。それは、王女も勇者も同じだった。
「皆さんの行いは、神がすべて天上から見ていますから。それをお忘れないよう行動してください」
人間の神官が言っても、説得力がないと思うが、天使が言うと重みが違う。
「分かってるさ、だから、こうして、魔王の俺がおとなしく人間界でお茶をいただいているだろ」
魔王として、それが正しいかは、正直分からない。少なくとも魔界にちょっかいをかけ続けると怖い魔王様が出て来ると人々には刻まれたはずだ。
その恐怖が抑止となって、いずれ勇者派遣が中止になることを魔王の俺は願う。
本来なら、新国王の誕生にさいして、大神殿でいくつかの儀式が行われるはずだったが、俺と勇者がぶっ壊してしまったため、色々すっ飛ばして王宮での式典だけとなった。
この国の重鎮である貴族や俺らが見守る中、王女は女王になるため新しい教祖の前で膝をついていた、それは前任の教祖が隠居し、新しく教祖の地位についた大賢者だった。戴冠式の責任者という大役を押し付けられた賢者が、ならばと、大賢者を大神殿のトップにしたのである。淫魔将軍に操られるまま前の教祖様は隠居し、穏便に神殿の組織再編は行われた。しかも大賢者、自分だけ面倒な仕事を押し付けられてたまるかと、大魔導師も、神殿の大司教に推挙し、腹心として自分の下で働かせることにした。そして、新しい教祖が、ひざまづいた王女の頭に王冠を乗せて、新しい女王が誕生した。