王子オーリッゾ
王宮は荘厳な建物だった。この国の最高権力者が住まうにふさわしい風格で、しっかり兵士で囲まれていたが、俺が近づくと、氷漬けにされたらたまらんという感じで、道をあけた。魔王に近づかれると氷漬けにされるという情報がしっかり伝わっているようだ。大賢者と対峙したときと、この王宮に向かう途中で人間の氷漬けを披露したかいがあったようだ。近づいたら氷漬けにされるという恐怖が道を開けさせる。
遠巻きに恐る恐る距離を開けて槍を構える兵はいるが、ぐいと近づき槍で突き刺そうとする勇気ある者はいない。
「何をしているのですか、その者を早く討ちなさい」
ひとりの貴婦人が我慢できないという感じで王宮から出て来て叫んだ。
「王妃・・・」
兵士たちは困った顔をした。
「魔王を討って名を上げたい者はいないのですか。魔王を討った者には褒美は望みのままですよ」
尻ごみする兵たちを叱咤する。するといかにも貴族と自己主張するような装飾過剰な甲冑の騎士が、ガチャガチャと甲冑を鳴らし、怯える兵士を押しのけて俺の前に立った。
「我こそは、ホーベン・ロウ男爵、いざ尋常に勝負」
剣を抜き、俺に向かってきた。勇気ある騎士だが、まともに相手をしなければならない理由はない。近づいてきた瞬間に、カチンと凍らせた。
ピタッと動きを止めた甲冑の横をすり抜けて、王宮にさらに近づく。
「行かせません」
その王妃自らが俺の前に立ち塞がる。何もせず、ただ横を通り過ぎた。すると王妃は俺の後ろで腰を抜かすように座り込んだ。
「あ、あの子は、殺さないで、殺さないで・・・」
王宮の奥へと進む俺の背に王妃の悲痛な声が届いたが、この戦いを始めたのは王子だ。いまさら命乞いなどされても興ざめというやつだ。さっきの騎士のように、負けるとしても、勇気を振り絞って俺に向かってくるような気概を見せて欲しいものだ。実の父を殺せる勇気があっても、怯えて、王宮の奥に隠れているなど情けない。
俺は自分についてくる賢者を見た。
「親殺しに天誅を下していいんだよな?」
「はい、構いません。光の神も妨げなかったのに、止める理由がありません。自分の欲のために実の父を殺すなど、王子であっても許されるべきものではありません。魔界では、親殺しは罪にならないのですか」
「いやいや、邪神様の教えでも欲望に忠実なのは賞賛されるが、親殺しは推奨していない。実の親に虐待されるなど、どうしようもないとき己の生きる欲を優先するときは正義とされる。つまり、己の生への欲望が第一で、それは親でも奪えないものだ」
王宮の中は静かだった。俺が来ると知り、怖気づいて、外の兵以外逃げ出したのだろうか。と考えると遠巻きとは言え、俺に槍を向けた兵たちはそれなりの勇気を振り絞ってあそこに残っていたということだろう。
「さて、どこだ、王子とやらは」
王宮は広い。しかも、初めて来る場所だ。誰か捕まえて聞き出そうにもその誰かがいないのである。
無人となった王宮をズンズン進む。
「王子は、どこにいると思う?」
「すみません、私もあまり王宮に来たことないので」
賢者も首を傾げていたが、ついて来ていたねこみみメイドが、そのねこみみをピクんと動かした。
「魔王様、こっちです」
ねこみみメイドが、俺たちを先導する。ねこみみメイドの後を俺と吸血姫と賢者が続く。
「この扉の向こうに誰かいます」
ねこみみメイドに案内されて、その扉を開けてみる。玉座の間だった。その玉座にひざを抱えて、誰か座っていた。
「王子か?」
俺の問いかけにその少年はビクンと震えて、顔を上げた。
「き、貴様が魔王か?」
「魔王と言えば、俺だけだ。他に何人も魔王がいたら教えて欲しいものだ」
「よ、余を殺しに来たのか?」
「そのつもりだったが、これだけ腰抜けだと殺しても、魔王の俺の名に傷がつきそうだ。もう二度と王女に手を出そうとしないのなら、この場は見逃してやってもいい」
「見逃す!!」
それに一番驚いたのは当の王子ではなく、賢者だった。
「ん? なんだ不満か? 魔王とて、臆病者を殺す趣味はない」
「しかし・・・」
「この王子に鉄槌を下したいのなら、自分でやれ。俺に頼るな」
「は、はい・・・」
賢者は、その王子に近づいた。
「王子様、私はとある貴族の非嫡出子の子として産まれました。そのままでは卑しい教養のない子として生きるはずでしたが、貴族である実の父がそれでは不憫だろうと幼い私を大賢者様に預けました。私は必死に勉強して自分の力で賢者と呼ばれるまでになりました。ですが、王子は、何の努力もなしに王子であり、国王陛下を殺さなくても次期国王になれるかもしれない立場にありました。あなたの姉である王女様もあなたが王位につくのを大きく邪魔したとは聞いていません。それなのに、あなたは実の父を殺し、姉である王女様の命を狙った」
賢者はすっと息を吸って、子供を叱るように言った。
「それだけではありません、あなたの命令で、どれだけの人間が死んだのか分かりますか。その方たちに謝りなさい!」
次の瞬間、ばらばらと王子の頭上から人が落ちてた。それは遺体だった。離宮を襲撃しようとした騎兵や、増援で送られた兵、つい先ほど俺が凍らせた兵の遺体も混じっていた。五体満足で氷漬けの状態なら生き返らせることができる賢者でも助けられなかった者が多く、後で丁重に弔うつもりでいた遺体だ。その別空間から湧き出る遺体の山に王子が埋もれていく。
「う、うわぁぁ・・・、た、たすけて・・・」
玉座の間があっという間に遺体で埋め尽くされる。
「おいおい、これは、なかなか・・・」
魔王の俺でさえ、驚くほどの王子への制裁だった。
「さ、行きましょう、魔王様」
「あ、ああ・・・」
戦闘能力では勇者や女戦士に劣るものの、その芯にあるものは勇者パーティーの中では一番苛烈のようだ。魔王の俺も嫌いじゃない。
そうして、俺たちは悠然と王宮を後にした。