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王女の逃避行

離宮を出ると王女は、伯爵家の領地を目指した、魔王のことも知っているし、伯爵令嬢とは手紙のやり取りをする仲だ。王都からも遠いので、身を隠すのには都合が良いだろうと思ったからだ。少し遠いが、王都に近い方がいまは危険だ。天使が同行しているので、色々便宜を図ってくれる者も多く、教祖から魔王は無害という言葉により天使が偽物という流言飛語も収まり、神官が天使の姿を見かけて涙ながらに愚かなことをしましたと謝罪する場面もあった。王女としては、全く誰にも見られずに逃げたかったのだが、天使様のお姿は隠しようもなく、天使に付き従う敬虔な信者のように天使の後ろを歩いた。それは何も知らぬ一般の民も加わる列となり、王女を探しているらしい兵たちともすれ違ったが、天使様の連れている行列に手が出せずに、堂々と彼らの前をやり過ごし、伯爵領に向かった。途中、味方になった神官が、王女を探す兵たちを一喝することもあった。教祖のもつ連絡網を通じて、国王の暗殺が王女の仕業ではなく、その弟である王子の仕業だと、俺が真相を伝えさせたので、俺の王都行きを邪魔した神官らが逆に天使と王女の伯爵領行きを手助けしていた。
俺たちは無人となった離宮を仮の魔王城として間借りすることにした。
俺の監視より、王女の身の安全の方が大事と賢者を除く勇者、魔導師、女戦士は馬にまたがり、王女の護衛へと向かっていた。
知識の豊富な賢者が残り、濡れ衣を着せられて逃亡中の王女のためと魔王であるこの俺様にあれこれ指示した。俺が教祖様を淫魔の色気で操っていることには目をつむっているようだ。頭の良い賢者は、王子とその教祖がグルで無実の王女を貶めようと企んだとすぐ理解したので、教祖は淫魔に操られたままにして、王子との企てのことは、すべてが落ち着いてから裁けばいいと割り切っていた。今の状況では、教祖は淫魔に操られたままでこちらが自由に動かせるほうが得策と賢く計算しているように見える。
とにかく、人間界のことなどよく知らない俺様は考えることを賢者に任せてそのアドバイスに従い、淫魔将軍を通じて教祖に国中にいる神官たちに事の真相を伝え、天使とともにいる王女を助けるように指示を出させた。もし王女が本当に親殺しの大罪人なら天使がそばにいるはずがないと神官たちも納得しやすかった。
まず、いまは王女が安全な場所に逃れるのが先決ということだった。王女が殺されてしまえば、王子の勝ちだし、そうなれば、勇者派遣中止は遠のくだろう。
ねこみみメイドが撃退した騎馬隊の後、すぐに増援が送られてきたが、魔王である俺が離宮に到着していたので、俺様が一掃してやった。離宮の周りに血なまぐさい遺体が増え、腐る前に賢者が王子に組したというだけで、後日丁重に弔うから野ざらしにしてよい遺体ではないと先にねこみみメイドが殺した遺体も含め別世界に収納した。
吸血姫は、大神殿の淫魔将軍と離宮の俺との連絡係として、夜、何度も大神殿,離宮間を飛んだ。離宮にも、連絡用の神器が欲しかったが、それは小さな祭壇のように大きく、ほとんど各地の神殿に散っていて、離宮に回せる状態になかったので、吸血姫に伝言役を任せていた。
賢者が考えて、吸血姫が指示を淫魔将軍に伝え、操り人形の教祖が各地の神官に伝え、または神殿に立ち寄った王女一行が賢者の伝言を直接受け取ることもあった。
さらに勇者たちが王女たちに追いつき、王子の差し向けた兵を蹴散らしたりして、ようやく伯爵領に逃げ延びたという報を聞き、俺や賢者は安堵した。
「さて、反撃開始かな?」
俺はワクワクするように賢者に尋ねた。
「そうですね、王女の身の安全は確保できました、真の親殺しに裁きを」
光の神の教えでは肉親殺しは大罪である。賢者にも迷いはなかった。
長居させてもらった離宮に別れを告げて、俺とねこみみメイド、吸血姫と賢者は王宮のある王都へ向けて出陣した。
魔王進軍の報はすぐに王子の元にも届き、自分のいる王宮を目指していることもすぐ判明し、王宮の周りを慌てて兵で固めた。こんなはずではなかった。父を殺し、姉を殺し、華やかな戴冠式を行い、この国の歴史に残る名君主になるはずだった。それが、教祖の裏切りで、あっさり国中に父を殺した真犯人と知れ渡り、日和見だった貴族の一部が、自分と距離を置いた。幸いなことに、姉上には、有力な貴族の後ろ盾が少なかった。なにしろ、逃げ込んだ先が、没落した辺境にある伯爵家で、いくら魔王が来ようが、自分の方が有利だと王子は思い込んでいた。
無数の蹄の響きと威勢のいい騎兵たちの声がした、常識的に歩兵より騎兵の方が圧倒的に強い。最初の騎兵三千がねこみみメイド一人に全滅させられたと彼らは知らないようだ。知っていても、まさかと笑い飛ばしていたのだろう。そして、今は俺がいる。王女が逃げ延びるまで退屈していたので、俺は欠伸をして、軽く背伸びをしてから、腕をブンと降り、魔法の突風を起こした。
「おお、良く飛ぶ、飛ぶ」
紙キレのように吹き飛ぶ馬や人を絶景と眺める。
「魔王様、私にも残しておいてくださいよ」
ねこみみメイドが文句を言う。
「いやいや、人を食らうという伝承より、こうやって、魔王はいともたやすく人間を吹き飛ばすという伝承を残したいのでな」
そう、魔王は滅茶苦茶恐ろしいと宣伝する好機だった。魔王が怖いという伝承が後世にしっかり残れば、迂闊に魔界に勇者を送り込もうとは思わなくなるだろう。呪われると分かっていて、呪いのアイテムを身に付ける者がいないように恐怖は、人の行動を抑制するものだ。
騎兵に続いて、武装した歩兵が隊列を組んで進んでくる。
数で圧倒するつもりだろう。
数千の槍が陽光にきらめいていた。ので、雷の雨を降らせた。
槍先や防具の金具に稲妻が落ち、ビクビク痙攣して、兵士たちが数百単位で倒れる。
圧倒的な蹂躙だった。
攻撃に魔法使いはいなかった。王子は大賢者に大魔導師にも声を掛けたのかもしれないが、一度戦って俺の実力を知っていて断られたのかもしれない。
少なくとも、こちらの足を止めさせるような猛者はいなかった。数で押せば勝てると思っているのか、進軍を止めない。しょうがないなと。
先頭の兵士が急につまづいた。いや、違う。急に足が凍り付いてぽきりと折れてしまい前のめりに倒れたのだ。そうなると将棋倒しのように隊列が乱れた。そして、倒れて地面に近づくと、地面からの冷気で一気に氷ついていた。
無数の氷の彫像ができ、ようやく事態に気づいた隊列の後方の兵が逃げ始める。俺が一歩前に進むたびに氷漬けになる兵士が増えた。
戦う意思をそがれて、俺から少しでも離れようと敵の遁走が始まった。
しかし、弱い。だから神がやたら神器を人間に与えて肩入れしたのだろう。
あの勇者や女戦士にしても神器である聖剣で底上げして、ようやく俺とまともに戦えた。
歴代の魔王でも強い方だと思っていたが、もしかして、けた外れに強いのかも。よくやり過ぎと言われるのも、俺がケタ外れだからかもしれんなと改めて自戒する。
本能的に足を止めた。思った通り、俺が一歩踏み出そうとしていた地面に黄金の矢が刺さった。
「あらあら、いまのはカンで避けたのかしら」
空を見上げると白い翼の天使たちが、何千匹という群れで俺を見下ろしていた。
「魔界のクソ虫が勝手に地面から這い出てきて粋がらないでくれる?」
天使の弓が、俺を狙っていた。一斉に放たれた躱しようがないだろう。数が多すぎる。邪神様が降臨されても対応しきれるかどうか。もしかしたら邪神様をおびき出して、一斉射で射抜くつもりか。
さすがの俺も天使の群れを前に何もできなかった。
「天使様、我らは、これから父親殺しの大罪人を誅するところ。天使様は、父親殺しの大罪人を庇うおつもりか」
賢者が天使の群れに向かって叫ぶ。
天使たちはざわつき、なにやら相談し始めた。
すると、天から巨大な手が伸び、天使たちを払った。
「それならよい、行くがいい」
手しか見えないが光の神の手だろう。天使たちも大人しく、天に戻って行く。
「ライルーは、元気か、魔王よ」
光の神の問いに素直に答える。
「はい、あの天使なら羽をなくして嘆いておりましたが、元気ですよ」
「ならばよい。そなたもあまり人間界で好き勝手するでないぞ、次は余自ら地上に赴くぞ」
「は、はぁ、肝に銘じておきます」
「さすがの魔王様も、光の神様の前ではおとなしいですね」
賢者の突っ込みに俺は苦笑した。
「光の神のご機嫌を損ねる勇気は、いくらなんでもねぇよ」
邪神様に降臨いただけても光の神相手では、どうしようもないだろう。もし、邪神様に光の神以上の力があるのなら、他の神の嫉妬ぐらいで魔界に落されるわけがないだろう。正直、鳥肌が立った。あの巨大な手が地上まで伸びて俺を握りつぶそうとしたら、絶対に助からないだろう。いくら魔王でも神相手に勝てる道理はない。
「とにかく、神様の許可が出たんだ、すぐに天誅を下しに行こう」
邪魔する者は完全にいなくなり、俺たちは再び、王宮を目指して歩きだした。

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