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父親殺し

勇者一行が加わったので、離宮に戻るのが、予定より遅くなった。夜になってこっそり勇者連中を置いて離宮に戻ろうかとも思ったのだが、勇者一行を置き去りにすると後でうるさそうだと判断し、行動を共にすることにした。
神官らの頭を押さえたのだから、急ぐ必要もあるまいと俺は勇者たちとともに歩いた。
だが、情勢はのんびり歩いていられるほど穏やかではなかった。
国王の死はすぐに公表されず、その犯人は、王位を狙った王女の仕業とされ、王女の弟である王子が、王女を父親殺しの大罪人として討つことを大貴族らに申し渡し、大貴族らは王子の望むまま兵を出し、王女のいる離宮に向かって進軍していた。実は王子と王妃は光の神殿と密約を結んでいて、離宮包囲もその密約によるものだった。まさか、すでに教祖様が離宮の包囲を解いていたとは、この時王子側は知らず、まずは神官に扇動された民衆が、魔王に手を貸す魔女に天罰を下すという筋書きで王女を襲い、手こずれば王子の送った兵が民衆に加勢して、確実に王女を亡き者にする手はずだったのだが、王子の差し向けた兵が到着するよりも先に、淫魔の色香にたぶらかされた教祖様が、王子らの約束を反故にして神官たちは民衆の扇動をやめていた。
そうして、民衆がおとなしくなるのを離宮内の王女は見ていた。
「魔王様がうまくやったみたいですね」
「当然、魔王様は魔界一の方ですから」
ねこみみメイドが、えへんと胸を張る。
民衆は、離宮を襲おうとした罪に問われるのを恐れたのか、その撤収も早かった。
「でも、生きた心地がしませんでした。魔女、魔女だなんて」
離宮の敷地は広いが、民衆の叫び声は王女の耳に届き、その胸を騒がせていた。
メイド姿の侍従が、そんな心労の溜まった王女の心を癒すかのように香りの良い、お茶と甘いお菓子を運んできた。
「あら、素敵な香りですね」
「どうぞ、お召し上がりください」
天使が、そのお茶の香りを誉めると、運んできたメイドがにっこり微笑む。
「では、お茶でも飲んで魔王の帰りを待ちますか」
だが、それほどのんびりとお茶を楽しむ時間はなく、慌ただしく近衛の騎士が報告に来た。
「王女様、大変です、早馬の知らせで、国王陛下がお亡くなりになられたと」
包囲が解け、ほぼ同時に飛び込んできた報せのようだ。
「では、急いで王宮に」
病気でふせっていたのは知っていたので、亡くなったことに対しての悲嘆はあまりなかった。
「いえ、それが、その、王宮からこちらに兵が向かっておるようで」
「迎えの者ですか?」
「いえ、違います。何でも王宮内で国王陛下の死は王女様の仕業という声が上がっていて、それで王子様が王女様を討つため兵を動かしたと。たとえ王女でも父親殺しは大罪と」
「本当ですか」
「はい、こちらに三千ほどの騎馬が向かっていると」
「私を邪魔だと思っているとは感じていましたが、まさか父親殺しの罪を、この私に着せるとは」
王女の顔が曇る。
「ええと、騎馬三千か。なら、私が相手してくるよ。その間にここから王女様は遠くの安全な場所に逃げな」
ねこみみメイドが提案する。
「お前ひとりで何ができる」
近衛の騎士が、バカにしたように言う。
「おいおい、魔王様直属の御付きの者を甘く見てもらっては困まるね。それに、あんたらが手を出すより、魔王様の配下の者が手を出した方がいいだろ」
ねこみみメイドは窓を開けて外に飛び出した。
「じゃ、ひと暴れしてくるよ」
「あっ」
王女が止める間もなく猫の俊敏さで、塀を飛び越えて離宮の外に消える。
「あんなやつ放っておいて、ここを逃げましょう王女様、天使様も」
「ですが・・・」
「今は逃げましょう、あなたが無傷で逃げなければ、たぶんすべて魔王のせいにされてしまうでしょう」
天使が諭すように王女に言う。
そして、王子の兵が到着する前に王女は離宮から脱出した。もちろん、ねこみみメイドが迫りくる騎馬を全滅させたから、王女は楽々逃げられたのだ。
両手を血だらけにして、ねこみみメイドが離宮に戻って来ると離宮は無人になっていた。亜人一匹で全滅できると思わなかったのだろう。侍従もひとり残らず撤収したようだ。別に腹は立たなかった。誰の遺体もなく無人ということは、無事に脱出できたということであり、自分がそばを離れている間に誰かに殺されていなければそれでいい。少なくとも王女の安全を魔王様から任された身としては、ここから無事に逃がしただけで十分だろう。ねこみみメイドは一人離宮で魔王の帰りを待つことにした。
俺が離宮に戻って来たとき、離宮の近くに転がる騎兵たちの死体に、ちょっとびっくりし、離宮でひとりで帰りを待っていたねこみみメイドの出迎えを受けた。
彼女は血で汚れたメイド服を脱ぎ捨て、離宮に残されていた王女も着ていた侍従たちの残した新しいメイド服を着て俺を出迎えた。
「そうか、王女は、父親殺しの罪を着せられて逃げ出したか」
「王女様は無事なんだな」
勇者が心配そうに尋ねる。
「そのはずです。よほどのドジでない限り、安全なところに身を隠しているかと」
ここは人間界である。魔界の者であるねこみみメイドは、そう推測するだけだった。
「でも、王女に味方して、その身柄を守ってくれる貴族となると、そう多くはないかと」
賢者が、そんな不安を口にした。

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