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萌葱の意気地編 6


 ドンドン♪ ズッチャカチャッチャ♪ バーンバーンバーン♪

 翌日の早朝、ウエファ5世率いる南の国の下級魔族が軽快なBGMとともに進軍を開始した。
 相手は昨日途中まで衝突していた敵第2陣の大隊。
 俺はというと、もちろん王子やアルメさんたちといっしょに下級魔族軍の陣形の奥深くにちょこんと混ざっている。

「戦争なのにこんなに賑やかだとなんだか楽しいね!」
「そ、そだね……おど、おどおど、踊りたくなって……くる!」
「ちょっとドルトム? ちゃんと前を見なさいな。あなたが指揮官なんだから、はしゃいでないで冷静に指揮をしなさい」
「うぇ……ひぐ……でも、ヘルタ様……? ドルトム様の……ぐすん……おっしゃってることも……わかりま……す……えぐっ……! まさか戦場でこのような軽快な音楽を……ぐすん……ずずず……」
「そうじゃな。最初タカーシが太鼓部隊を用意すると言い出したときはどういうことかと思ったが、まさかこのような効果があるとは……。余の体もなんだかうずうずしてきおったぞ」

 シンプルな方陣形の後方にいる俺の周りには、王子を中心としていつも通りのメンバー。
 少し前にはアルメさんやバーダー教官、そして表向き第1陣の軍団長を担っているフォルカーさ――あっ、表向きは王子が軍団長だったっけ。

 でもフォルカーさんの立ち位置はまさに将軍のいるべき場所だ。
 俺の個人的な感想だけど、アルメさんとバーダー教官、その他各種族の族長を後ろに従えるフォルカーさんはマジでこの軍を率いる将軍みたいな雰囲気なんだ。
 とくに俺のいる位置から見て、フォルカーさんの背中越しに2万を超える軍隊が広がっているあたりが壮大でかっこいい。

 あとこれも個人的な感想なんだけど、昨日の戦いの間中、俺は(なんか物足りないんだよなぁ)ってずっと思っていたんだけどさ。
 その理由が分かったんだ。戦争映画とかで軍隊が進軍するシーンって、勇ましい音楽とかがかかってたんだよな。
 それがないから物足りないってことに気づいて、昨夜荷物速達部隊にお願いして大至急エールディから太鼓やホラ貝の類を取り寄せてもらったんだ。

 どうやらこの世界ではそういう文化がなかったらしく、おかげさまでフライブ君始めみんなが音楽のリズムに身を任せて無邪気な笑顔を見せてくれた。
 ま、まぁ……ガルト君は今日も国王の軍旗を持つ役目を仰せつかって、そのせいで進軍開始当初から感動の半泣き状態なんだけどな。

 あのさ。ガルト君? そんなに誇らしいことなのか? ただの雑用だぞ?
 あと王子はいきがるな。お前が前線に飛び出たら何もかもが台無しになっちゃうんだから、この位置でおとなしくしてろ。

「よし。敵軍左翼に列の乱れがあるね。そこから攻め込もう。右2番の旗を全速前進の角度にして。あと右1番と3番は少し遅め。自軍左翼側の旗は全員右に傾けるように」

 徐々に敵との距離が狭まり、今更ながら俺が緊張していると、前にいたドルトム君が突如指揮官モードに変貌して指示を出す。
 その指示に従い、俺より少し前――つまりフォルカーさんたちと横に並ぶ形で歩いていた数人の魔族たちが手に持った大きな旗の角度を変えた。

 これは旗の角度や方向を操作することによってドルトム君の知略を前線に伝えるシステムだ。
 無線通信機器や大型スピーカーのないこの世界、1分1秒を争う戦場で遅延なく命令を伝えるのにこういう手法が有効なんだ。
 この世界では逆に魔力による音声通信機能があるけど、俺たちが今いる場所と第1陣の最前列には数百メートルの距離があるからな。
 旗による命令の内容を把握した魔族が第1陣全軍の各所に散らばっており、彼らがドルトム君の指示と最前線とを結ぶ役割を担っている。
 その伝令役が声の届かないドルトム君に代わって最前線をコントロールしてくれるというシステムだ。
 これなら砂埃で視界のせまい砂漠の戦いでも大軍を指揮できるし、つーかこれを発案したドルトム君ってマジで天才じゃね……?

「い、いや。割とよく……つか、使う手だよ……で、でも今回はきゅ、急ごしらえだ、だから……細かい指示を旗に込め、込めると……みみみ、味方がこん……混乱しちゃうから、で、伝達内容を……しぼ、絞って簡単に……しない、といけないかも……」

 昨夜、俺がドルトム君を褒めた時に返って来た言葉だ。
 うーん。作戦内容は素人の俺に評価できるものではないけど、こんな幼い子なのに謙遜している節がある。
 この子、“指揮官”って立場になって物事考えるときだけ精神年齢が上がる特殊な能力も持っているんじゃね?

 さてどうしたものか。でもドルトム君の特殊性能について考察している時間はないな。
 はるか遠くでは敵陣にじっくりと近寄る自軍。
 昨日のように全速力の突撃はしていない。

 これもドルトム君の策によるもので、重装歩兵が固める敵陣に十分接近するまでは全力疾走する必要はないから、音楽のリズムに合わせてゆっくり行進せよとのことだ。
 その際、巨体系は敵遠距離攻撃の的になる可能性があるので盾や武器でそれを防げる味方の人型魔族が巨体系の魔族を守る。獣人はあえて速度を落として巨体系の後ろに隠れる。
 んで、距離を詰めたところで一気に突撃。
 というちょっと大人びた作戦だ。

 でも、俺の提案した太鼓部隊をこうもたやすく自分の策に応用するなんて……。
 やっぱこの子、知能レベルが常識外れの可能性が……。

「……」

 俺が疑惑の目でドルトム君をちらりと見てみると、それとほぼ同時に遠くで敵味方の前線が衝突した。

「よし。やっぱり重装歩兵には体の大きな魔族が効果的だ。じゃあ、次は……獣騎兵部隊の横やりに気をつけないと」

 ドルトム君の目がきらりと光り、そんな視線とたまたま目があった俺も頷く。
 昨日俺が下級魔族の族長たちを説得した後、ドルトム君の指示によって味方第1陣は解体・再編成され、全ての小隊に巨体魔族、俊敏性に富んだ獣人、魔法の扱いに長けた人型の魔族が配備された。

 他にも、剣術や槍術を得意とする魔族その他もろもろもできる限り均等に分け、小隊より単位が上である中隊ともなるとほぼ全ての種族が最低1体は名を連ねるように調整されている。
 これは計算の得意なヘルちゃんと事務作業の得意なガルト君の功績で、わずか一晩の間に新しくて戦力の均等な中隊の名簿を数十近く、そしてそれより細かい小隊の名簿を数百ほど作り上げてしまったのだ。

 フライブ君だってめっちゃ強いお父さんの血を引いているし。
 あっちも天才、こっちも天才。
 同じ小隊に属する俺としては嬉しい半面、嫉妬心のせいでちょっと辛い。

 でも俺だって姑息な駆け引きとかしょうもない策略とか得意だし、あと、ちょっとした農作業プロジェクトとか担当してるし、武器商人の計画だって……

「ちっくしょう!」

 俺だけなんか地味じゃねっ!?
 もっとこう、かっこいい才能とかねーのかよ!
 そりゃまぁ魔力は多いし、自然同化魔法とか使えるけど、全部地味な能力じゃん!
 なんか急に悔しくなってきたわ!

 あと、すっかり忘れてたけど、これ終わったらまた地味な仕事の日々に戻るんじゃん!
 憂鬱だわぁ!

「ど、どしたの?」

 突如荒ぶる俺に驚き、フライブ君が心配そうに話しかけてきた。

「いや、なんでもないよ」

 なんでもなくはないけどな。
 でもそんなやり取りをしている間にも、前線では戦闘の激しさが増している。

 しかも、どうやらこちらの優勢に気付いた敵の司令官が、重装歩兵部隊を守るために早速獣騎兵を動かしやがったようだ。
 人間が乗りこなす魔獣は獣人のように俊敏で、牙や爪の破壊力だって魔族のそれと大差ない。とりわけ今前線で重装歩兵部隊を崩している巨体系魔族にとっては相性が悪いんだ。

 とはいえそこはドルトム君の指揮。抜かりはない。

「おっ、敵左翼の獣騎兵が動き出したね。じゃあこっちは1と3の中隊を一時解体で。1番と3番の旗を右に寄せて、その後左右に振って」

 旗を左右に振るのは各種魔族の混合部隊を一時解体し、こちらの獣人を全員魔獣にぶつけよとの指示だ。

「あと敵の重装歩兵部隊の陣形が崩壊してるね。じゃあこちらの“一般兵”を奥に詰め込もう」

 他方、味方の巨体系魔族の進撃が上手くいったことを認識したドルトム君の指示の下、指揮伝達用の旗が不規則な動きをする。前線の方で魔力のぶつかり合いがもう一段階盛り上った。
 巨体系魔族や獣人以外の人型魔族の兵に対し、陣形の崩れた重装歩兵部隊への突入指示。そのまま重装歩兵部隊をやり過ごし、奥にいる敵軽装歩兵やその他遠距離攻撃部隊に攻撃を仕掛けろという指示だ。
 もちろん一番厄介な重装歩兵部隊はバーダー教官並みかそれ以上に体格のいい巨体系魔族がどでかい武器で鎧ごとつぶしていくので、突入していった一般兵が孤立することなく、すぐに2隊が合流する。
 さらには獣騎兵を退けた獣人たちも合流して中から敵右翼側へとなだれ込んだ。

 といった感じの作戦だ。
 うん。ドルトム君、天才過ぎ。
 あと昨日あれだけ揉めておいてなんだけど、下級魔族のみんなもいい働きしているわ。
 必死過ぎってぐらいに働いているんだけど。

 ――そんなに怖かったかな……? 俺の幻惑魔法……。

 いやいやいやいや。
 そんなわけないよな。みんな自分たちのために戦っているんだ。
 種族のため。個人のため。
 そのためにあえて古い慣習を捨て去り、ドルトム君の構築した新たな戦い方の歯車になることを選んでくれた。

 これは普通に考えて凄いことだと思う。
 どこぞの胡散臭いガキの説得じゃこうはならなかっただろうし、やっぱり説得するにあたってたまたまあの場に王子が居たってことが大きかったんだろうな。

 などと昨日のことを思い出しながら戦場を観察していると、1時間たったあたり――今は夏で昼の時間が長いから日本換算で1時間半ぐらいか。それぐらいたったところでついに敵第2陣が壊滅した。

「ふーう……」

 一仕事終えたような感じで息を吐くドルトム君がめっちゃかっこいい。
 でも、ここで思わぬ惨劇が起きていたことに俺は気づく。

 ゆっくり進軍したせいで時間はかかったけど、作戦通りに上手く敵陣を壊滅させた。
 これはつまり、ゆっくり進軍した分足元に倒れている負傷した敵兵に止めを刺す時間が出来てしまったということだ。
 ふと後ろを振り向いてみると、人間たちの死体の山が1万弱。この敵大隊は昨日の時点で半分近くまで減っていたから、ほぼ全員死亡したということだ。

 たしか致死率90パーセントを超える戦争なんてそうそうないとか。
 あんまり正確に覚えていないけど、地球の現代戦じゃ3割だったか4割だったかの兵が死傷すると、それだけで“壊滅”認定されるとか……?
 そんなことをテレビだったかネットだったかで聞いたことがあるような気がする。
 つまり致死率90パーセントって、太平洋戦争時の日本兵の玉砕レベルの惨劇だということだ。

 うーん。
 人間たちのことを考えるとなかなか重い事実だな。
 あと途中うっすらと白旗が見えた気がするけど、なんか知らないうちにそこも攻撃されていたからこの大隊の大隊長も死んでしまっただろう。
 そりゃ捕虜の数は少ない方がいいとも伝えておいたけど、いくらなんでも白旗上げんのが遅過ぎなんだよなぁ。
 いや、流石にあいつらを見捨てるわけにはいかん。今回の大隊長には申し訳ないけど、次から敵の白旗を確認した時点で俺が積極的に動くことにしようか。

「ドルトム君? ちょっといい?」
「ん? ちょっと待って! 次の第3陣がこっちに向かっているから、衝突する前に味方の被害報告と陣形の立て直しをしないと」

 ちょっとぉ! そんな簡単にあしらうなって!
 いつものドルトム君なら絶対俺の話聞いてくれたじゃん!
 指揮官モードのドルトム君ってこんなに冷たいのぉ?
 ショックだー!

 いや、指揮官モードだからそれも仕方ないけど……でも、外見はやっぱり俺の知っているドルトム君だから……あぁ! やっぱショック!

「そう。報告ありがとう。フォルカーさん? 味方の被害は1割弱だって。このまま次の大隊に攻め込むよ?」
「あぁ、そうしてくれ」

 ドルトム君に軽くあしらわれたことで傷心した俺が地面に膝をついて、ついでに悔しさで手元の砂を握りしめていると、各部隊からの報告を受けたドルトム君がフォルカーさんに同意を求める。
 その言葉にフォルカーさんもさも当然のように許可を出し、最後に王子が頷いて第2ラウンドが始まった。

「うぉおおおぉおぉおおーーー!」

 今度もこちらは似たような作戦だ。両軍の叫び声が砂漠に響く中、ドルトム君の繊細な指示も戦場を駆け巡る。
 その後、我々は順調に敵を撃破。途中運よく白旗を認められた大隊長を数名俺の部下候補として確保することができたけど、順調だったのはここまでだった。

 我々が2万の大隊を30ほどつぶしたところで味方の獣人たちに疲れが見え始め、アルメさんとバーダー教官がその対応のために出動することになったんだ。
 んでアルメさんの悪巧みにより――いや、悪巧みっていうかアルメさんに煽られて我を失った俺の責任なんだけど、俺もついでに対獣騎兵用の戦力として出動したところで事件は起きた。

 黒地に白虎の紋章。

 勇者の所在を示す大きな旗が大軍とともにこちらに向かって接近してきていた。

しおり