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萌葱の意気地編 4


 俺たちからわずか20メートルほど前方、突如姿を現した新たな敵戦力の登場に、しかしながら俺は小さく笑う。
 ふっふっふ。
 来たな来たな、敵第2陣の大隊長とその側近の人間たち……。

 ……いや、この魔力の強さから察するに、大隊長クラスが数人いるような……。

 ――って、あれ?
 もしかして……確かドルトム君が「敵は10万単位の連隊にそれぞれ2万の大隊編成」って言ってたから、他の大隊からもトップレベルの戦力が応援に来たってこと?

 やっべ。完全に予想外なんだけどどうしよう。
 2万ごとの大隊は縦に数キロずつ離れているから、まさか他の大隊から援軍が来るとは思っていなかったわ。

 俺たちの登場が即座に各大隊に伝わり、それぞれの大隊長が数名の部下を連れて一斉にここに来たってことだよな?
 なんだよ。人間たちの軍だって意外と連携とれてるんじゃん。
 ふむふむ。それは元人間の俺としても少し嬉し――じゃなくて、マジでヤバいな。

 この敵第2陣2万の軍の主力はそれほど高い戦力じゃなかったけど、そのレベルの戦力が各大隊からこんなに集まっちゃうと……もしかしてバーダー教官やアルメさん、そしてフォルカーさんがいる俺たちと同じぐら……あれ? それって本当にやばくね?
 俺たち、いざという時に王子のこと守れんのかな……?

「本当に南の国の魔王か?」

 思わぬ敵の増援に俺が冷や汗を流していると、大隊長クラスの人間たちのうちの1人が静かに口を開く。
 俺たちの登場でざわついていた敵味方の雑音をきれいに消し去るような、とても低くて落ち着いた声だ。
 身なりもバレン将軍のようなかっこいい甲冑を身にまとい、そういう装備をした輩は他にも10人ほど。それぞれ、若干装備の劣った部下を2~3人従えているし、その部下がかっこいい甲冑を身にまとった人間たちと同じ数だけの旗を持っているから、まじでこいつらは各軍から集まった大隊長クラスのようだ。

 いや、ちょっと待てよ。敵第1陣の大隊はすでに壊滅しているから……1、2、3……8、9……やっぱり9人だ。
 でも……ということは10の大隊を統べる連隊長とやらはいないということか。
 まぁいいや。でもほんと、なんでこんな短時間で集まんだよ……?
 行動早すぎだろ、こんちくしょう……。

「……」

 しかしながら敵の問いに無言を貫くわけにもいかない。
 アルメさんとフォルカーさんが唸り声を上げ、バーダー教官からも緊張した魔力の気配が伝わってきたけど、ここで俺は一歩前に出て相手の問いに答えることにした。

「いや、この御方は国王陛下のご子息、ウエファ5世殿下だ」

 そう言いながら、俺は王子の首のあたりをわさわさと撫でる。
 馬は友情の証として首の付け根のあたりの背骨を甘噛みしあうと聞いたことがあるので、緊張を解きほぐすために王子のその部分を強めに握ってみたら、王子が「ヒィーン……」と喘ぐような声を出してしまったので慌ててやめた。

 ――なんてふざけてる場合じゃないわな!
 ここは真面目にいかないと!

「だけどお前たち西の国の人間にとっては相当な手柄だろう?」

 ふーう。ふーう。
 一触即発のこの感じ。めっちゃ怖い。
 いっそのことこいつらを幻惑魔法で……いや、無理だ。
 たとえ人間にとって俺の幻惑魔法が効きやすいといっても、バーダー教官やアルメさんクラスがこんなにいるとなると、俺の魔力をこいつらに集中させても全員を操るのは不可能だ。

 それにこいつらに幻惑魔法を集中させると、せっかく“ヴァンパイア教”に入ってくれた数千の一般兵が幻惑から目覚めちまう。
 そうなったら結局敵味方入り乱れての混戦になって……うん。そだな。それはやっぱダメだ。
 だから幻惑魔法はこのままで……。

「ああ。願ってもいない大手柄だ。逃しはしない」

 俺の言葉を受け、今度は他の奴が口を開いてきたので、俺はそいつのセリフの最後に少しかぶせる形でさらに言葉を返す。

「いや、待て。今日は一時休戦といこう」
「はぁ? 俺たちがそんな案に乗れると思うか?」
「せっかくのどでかい手柄が目の前にいるんだ。ぜってぇ逃がさねぇよ」

 ま、まぁそうですわな。
 そうだけどさ。それは俺も重々理解できるけどさ。
 も、もうちょっと血の気を収めろよ。仮にも2万の軍を指揮する大隊長だろ?
 そこはほら。お互いの立場を考慮し……っておい! そっちのやつ!
 勝手に王子に魔力向けんな! あと、王子とドルトム君! その威嚇にいちいち応戦しようとするな!
 お前らが動き出したらマジで戦闘再開しちまうだろうがよ!

「王子? ドルトム君? ここは僕に任せてって言ったよね?」

 ちなみにこの声はとても小さく。俺のすぐ後ろにいた王子たちがかろうじて聞き取れるぐらいの声量だ。
 俺たちが王子にタメ口使っているのが相手にばれると、敵がこのユニコーンを王子じゃないと誤解しかねないからな。
 今は交渉のために王子という餌が必要だから、そういう展開はごめんなんだ。

 あと、このセリフは少しとげのある言い方をしておいた。
 自分で言うのもなんだけど、この状況で相手と交渉できるのは俺ぐらいだと思う。
 だからたとえ王子やドルトム君であっても、本当に邪魔してもらいたくないんだよ。

「わ、わかった。すまぬ」
「うん。ごめん」

 俺のお叱りを受け、王子とドルトム君が揃って謝ってきた。
 なので今度はにっこりと笑い声を返しつつ、俺は再度前を向く。

「いや、これは提案なんだが……明日からこちらの第1陣を王子が率いることになった。
 それを正面から打ち破ればお前たちの手柄にはならないか?」

「何を言っているんだ? 今すぐそいつを討ちとれば、それで十分手柄になるだろう? それに貴様のようなガキの言うことなど信用できるわけがない」
「そうだな。これ以上話し合いをしても無駄だ。行くぞ!」

 やばい! 敵がやる気になってきた。
 じゃあ、少し早いけどここは事前に打ち合わせしておいた通り、あれをやろう。

「そういきり立つなよ……人間の国のガキどもめ……もう少し大人になれ……!」

 俺はあえて敵を挑発するようにチンピラのような言葉を投げつける。
 子供姿の俺に“ガキ”とたしなめられれば、相手は苛立ちながらも即座の武力行使を思いとどまってくれるだろう。
 というほのかな希望を込めつつの発言だ。

 もちろんこの言葉はプラスマイナス両方に効果のある言葉なので、相手の反応は様々だ。
 俺の煽りに応えるように魔力を高める者。
 または俺の意図する通りに“話し合いが終わっていないのに武力を行使するなど野蛮なガキのすることだ。ガキに煽られてブチギレる様なことは控えよう”と考え、逆に冷静さを取り戻してくれた者。

 そもそもここは戦場だから話し合いをしている方が間違っているんだけどな。
 ぷっぷっぷ! そう考えるように誘導するのは、ここに来るまでの間にすでにシミュレーション済みなんだよ。

 でも予想以上に敵の戦力が高いから、もう1つ威嚇を入れておかなきゃ。
 さっき言った通り、バーダー教官たちと事前に打ち合わせておいた作戦だ。

「ったく……やるならやるで、こっちも構わないんだけどな」

 俺は呆れたようにそう吐き捨て、右手で髪を軽くかき上げる。
 と同時に左手を背中側に隠しつつ、その左の手でピースサインを出した。

 これは威嚇のために全員同時に魔力を最大放出せよ、というサインだ。
 敵が垂れ流す魔力を察するに意外と実力が拮抗してるっぽいこの状況だけど、俺の見えない合図でこんな魔力を発したら相手には我々の連携力の高さ、または突如巨大な魔力が空間に広がることでこちらの魔力総量を必要以上に大きく感じてしまう錯覚などを起こしてもらおうという思惑だ。

「ぐぅッ」
「ちッ!」
「くそ!」

 案の定、俺たちの魔力の最大放出を受けた敵がひるむ。
 特に今にも戦闘を開始しようとしていた強硬派の大隊長たちが予想以上にビビってくれたらしく、それぞれ短く言葉を発しながら、武器を構える。
 その他穏健派っぽい連中も含めて、慌てて魔力を臨戦態勢のものへと変化させた。

 でも、これでこの場の雰囲気は一触即発状態。逆にいえば一触しなければ即発しない。
 これはつまり俺が淡々と言葉を続けるに都合のいい状況だ。
 なのでここで俺はさらに言葉を割り込ませる。

「今ここでお互いがやり合えば、お前たちが大隊長級の力を持っていても我々だけで撃破できる。
 もしここに勇者級の戦士がいれば、勇者とともに王子を討ちとった戦士として後世に名を残すだろう。
 でも勇者はまだ遠くでくつろいでいるんだろう? 我々はお前らを始末して、あとは烏合のザコどもをこの部隊の魔族たちのの餌にさせつつ、撤退するだけだ。
 我々の背後にはまだ中・上級魔族の軍が控えている。そこに撤退する我々をお前たち抜きの軍で追撃し、王子を討ちとれると思うか?
 もし今ここで戦うのならば、結局お前たちはただ死ぬだけだ。こちらはただの肩慣らしで、そのために死んだお前たちには名誉もなにもないだろう。
 だから提案だ。明日、そちらはそちらで相応の準備をして来い。こちらも王子を中心に軍を立て直して迎え撃つ。逃げも隠れもしない。
 お前たちは王子討伐の名誉の可能性。われわれは軍の立て直し。双方にそれなりの利点があると思うがどうだ?
 明日の夜明けとともに改めて戦おうではないか?」

 さて、人間たちの反応はどうだろう?
 ちなみにこの案には俺特有のからくりが仕込まれている。

 人間は欲望に忠実な生き物。
 名誉、肩書き、自尊心。
 王子という格好の餌を目の前に見せつけられて、この大隊長たちが多大な戦功という欲望に取りつかれないわけがない。
 なのでおそらく、こいつらは今ここで休戦協定が結ばれたとしても、軍の後方に待機する勇者にはその件を報告する可能性が低い。
 または報告したとしても勇者自ら前線に出ることのないように促しつつ、自分たちで王子を討ちとろうと画策するだろう。

 一方で、勇者は勇者でその名に不釣り合いな存在だ。
 俺としては勇者って勇敢に戦う存在だと思っていたけど、それとは正反対。
 見渡す限りの人間たちを消耗品のごとく我々にぶつけ、最後の最後、こちらの戦力が疲弊しきったところでいざ登場。という考えがうっすらと感じられる。

 平たく言えば勇者も自分の命と名誉が大切だから、たとえ数十万の命が失われようとも前線には出てこない。
 でなきゃこの戦場に横たわる幾多の人間の死体を見逃すなんてできるわけがない。

 まぁ、“勇者”という肩書きを抜きにして考えれば、これが指揮官として当然の判断なのだろうけどな。

 なにはともあれ、勇者は勇者でこちらの戦力低下のタイミングを見計らって出てくるはず。
 明日王子討伐のために勇者が前に出てきても、こちらの中・上級魔族がぴんぴんしている状況では勇者ですら命を落としかねないからな。

 あと、そだな。
 この戦いの序盤で勇者が死んでしまうと、100万を超える大軍そのものが瓦解してしまう恐れすらある。
 敵国の、しかも灼熱の砂漠の中で、100万を超える人間が捕虜と化すんだ。
 こちらとしても捕虜の扱いに困りそうだけど、人間たちにしてみればさらに地獄のような運命が待っている。
 それを防ぐためにも、勇者はある程度終盤になるまでこの戦いに出てくるわけにはいかない。
 勇者自身、それぐらいは自分の立場を分かっているだろう。

 などなど、無理矢理なこじ付けとか希望的観測とか――そういう要因も多いけど、人間の持つ欲望の強さを利用し、大隊長たちの前には餌をぶら下げ、同時に勇者に対しては彼自身の保身の意を利用する。
 ふっふっふ。元人間の俺をナメんなよ。これこそが魔族にはピンとこないであろう人間社会の闇の部分だ。

 まぁ、もし明日敵が王子討伐のために勇者率いる最高戦力を出してきたら、こっちも疲弊ゼロの中・上級魔族を総動員してもらえばいいだけ。
 それもそれで、この戦争が早く終わることに繋がるから結果オーライ。
 唯一の懸念として、その場合100万を超える人間がこちらの捕虜、奴隷となってしまうけど――まぁ、今の俺にはそこまで気を回せねーよ。
 うちの農作業スタッフを補充しやすいし、俺の人間観察計画にもいずれいい影響が出るような気がする。
 それに南の国では有能な人間なら奴隷でもいい暮らしできるっぽいから、そこは捕虜になった本人たちに任せるということで!

「どうだ? お互い悪い話ではないだろう?」

「……う……」
「むーう……」
「ど、どうする?」
「ここは一度戻って……連隊長に報告するか?」
「いや、でも目の前に魔王の息子がいるんだぞ? これを逃したらそれこそ我々の立場が……」
「でも、ここで我々が死ぬのも御免だ。敵はまだ巨大な戦力を後ろに控えさせている」
「それならなおさらだろうが! こんな最前線の大隊長を押し付けられて、俺たちは本来戦の序盤で真っ先に死ぬのが関の山だったんだ」
「いや、そういう考えもあるが……」

 あはははっ! めっちゃ悩んでやがる!
 おいおいおいおい! 大隊長ともあろう人間たちがそんな有様でどうする?

 でも、もうちょっと押しが必要そうだな。

 ――じゃあ、次の一手だ。

「ふーう。めんどくせぇ奴らだな。ぐちぐちぐちぐちと……いつまでやっているんだか……」

 そう呟きながら、俺は相手に向かって歩き出す。

「ちょ! タカーシ君?」
「タカーシ様ッ!?」

 後ろからフライブ君やアルメさんの驚く声が聞こえても無視。
 とことこと前に進み、敵から3メートル、背後の味方から17メートルといった位置で立ち止まった。

「もう1つ提案だ。」
「な、なんだ?」
「お前たちはかなり強い。にもかかわらず、100万を超す軍勢の先っぽで、捨て駒のように扱われている。違うか?」

 突如接近してきた俺に対し大隊長たちはにわかに警戒を高めたが、俺の指摘を受け相手は武器を構えながらうろたえた。

「そ、そんなことはない」
「そうだ。我々は誇り高き先陣を勇者様から任せられた精鋭の軍」
「その軍を指揮する我々が捨て駒などと……?」

 ふっふっふ。ウソばっか!
 こんなに強いのにこんな場所に配置なんて、俺たちの戦力を削る捨て駒にしか思われてないに決まってるじゃんよ。
 百歩譲って弱い一般兵は自分たちが捨て駒であることも理解しているんだろうけど、これだけ強いエリートが捨て駒のように扱われているんだ。
 あるんだろ? 自分たちの処遇に対する不満とかさ! なぁ、おい!

「それはすまない。言葉が過ぎた。
 でもお前たちは間違いなく無駄死にする。俺は……そして俺の属するヨール家はそれを是としない」

「ヨ、ヨール家?」
「あぁ、自己紹介が遅れた。俺はタカーシ・ヨール。見ての通りヴァンパイアの子供だ」
「そ、そうか。私はインゴシュ……」
「あ、お前たちの名前はいい。覚えきれないし」
「んな!? 名乗っておいてこちらには名乗らせないだと?」

 あれ? ちょっと失礼だったか?
 でもいいや。興味ないし、話を進めよう

「まぁ、そう怒るな。それより重要な話がある」

 そして俺はさらに相手に近づく。
 中心の奴とおよそ2メートルほどの距離になったところで立ち止まると、周囲の大隊長たちが武器の切っ先を俺に向けながら歩み寄り、弧を描くように俺を囲んだ。
 んでこっからは本題。でもこの話は後ろのみんなに聞こえないようにしとかないとな。
 あっ、魔力も極力収めないと。でなきゃ俺の声が魔力に乗ってみんなに聞こえちゃう。

「ふーう」

 俺は深く息を吐きながら幻惑魔法用に広げていた魔力を収める。
 次の瞬間、人間の一般兵たちが幻から目覚めた。
 けど幻惑にかかっていた時の記憶が消えるというわけではないし、大隊長クラスがすでに前線に来て俺たちと話し合っているんだ。
 幻から覚めた人間たちがすぐさま魔族に襲いかかるというわけではない。

 案の定一般兵たちは慌てて武器を構えたけど、魔族側とは一定の距離を取り、顔だけを俺たちの方に向けて注目している。

「こ、これは……もしかしてさっきまで広がっていた魔力はお前の魔力だったのか?」
「あぁ、生まれつき魔力が多くてな。そのおかげでこうして王子の側近の役目を与えられている」

 まっ、嘘もちょいちょい入れないとな。

「そ、そうなのか……なんという巨大な魔力を……」

「でも、それはどうでもいいだろ? それよりお前たちに提案したいことがあるんだ。
 俺は今、南の国で人間たちの立場を改善する計画に取り組んでいる。
 南の国の人間たちは今はまだ奴隷の立場だが、そこからさらに立場を押し上げ、他の魔族と変わりない生活を送れるようにしたいんだ」

「んな? なんのために……? そもそもお前のような悪魔が言うことなど……」

「いいから聞けよ、ハゲ。
 もちろん魔族側にも利点はある。人間たちの文化・産業の発展速度は我々魔族よりも速い。それを南の国で上手く魔族社会に取り組もうという活動だ。
 ちなみに国王様の許可も頂いたれっきとした国家事業で、大臣クラスも数人関わっている正式な計画だ。
 今現在、数名の人間が俺の下で働いているが、もっと多くの人材が欲しい。
 特に人間たちを魔族の犯罪から守れるような強い人間が、だ」

「そ、それがどうしたんだ?」

「もしお前たちがいいというなら、お前たちが俺の下で働かないか?
 もちろん命の保証はする。命の保証っていうか……数年後には人間たちに休暇を与え、その度に自分の故郷に帰る権利も与えてやりたいとかも思っている。しかし、その時に人間たちを守る護衛役がいなくてな。
 どうだ? 通常勤務時は人間たちの作業場の護衛。休暇の時には人間たちを故郷まで送る護衛。もちろんお前たちにも西の国に帰る権利を与える。なんだったら故郷の家族を我が屋敷に呼んでもいい。この計画は従事する人間が多い方がいいからな」

「そ、そんなことを急に言われて……」
「そ、そうだ。どうやってお前を信じれと?」

 ふっふっふ。揺れてる揺れてる。
 じゃあさらにひと押し。

「この戦いにおけるお前たちの立場もあるだろう。だから戦いに関しては各々好きに戦え。
 明日からはもちろん全力でぶつかってきてもかまわん。それで王子を討ちとることができたら、それはそれでお前たちの手柄だ。
 この中の誰かがもし王子を討ちとったならば、この戦いの後、南の国で優雅な生活が待っているだろう。
 でももし負傷したり、疲労で動けなくなりそうだったらその前に白旗を上げてあの旗の下に来い。
 その際、王子に対する暗殺を防ぐため、ここにいる全員で来られても我々は降参を認めない。
 どうせ1大隊ずつこちらとぶつかるんだ。だったら1人ずつ、いや、側近なども含めて数人なら認めよう。
 要するに武装解除した状態で、かつ、王子に身の危険が及ばない程度の戦力で白旗を上げたなら、貴様たちを俺が受け入れよう。
 でも白旗を上げる機会を間違えるなよ。流石の俺も数万という人間を受け入れることはできない。
 あくまでそれぞれの大隊が壊滅寸前になったところで白旗を上げるんだ。分かったか?」

 ちなみに、自分で言っててそんな自分が嫌になってきた。
 俺ってこんなに腹黒い人間だったのか?
 いや、人間じゃなかったな。
 人間じゃないから、一般兵の身の振り方など考えることができん。
 かろうじて大隊長クラスの有能そうな人間にのみ、未来を提案する。
 そこらへんの冷酷さは、ある意味魔族の価値観にどっぷりつかっているのかもしれない。

 でもいいや。
 今の俺に出来るのはこれぐらいのことだもん。

「な、なせそんなに我々のことを気にかける?」
「むしろ怪しすぎる。やはりこの場で……」

 うーん。条件が良すぎて逆に怪しまれてる感じだな。
 もうひと押し行くか?
 おし。最後のとどめだ。

「俺は……人間の記憶を持っている。証拠を出せと言われれば、それは無理だけど……」

 そうだな。人間の特徴……。
 あっ、もう1つ重要な特徴があった。
 アルメさんが言っていたんだっけ? 年がら年中発情している卑猥な種族だって。

「思春期の思い出とか辛いよな。好きな子が出来て……でもなかなか仲良くなれなくて……無理矢理仲良くなろうと近寄ったら、それをネタに他の男が上手いことその子に取り入って。
 学校が終わった後に、その子が他の男と一緒に帰っているのを見てしまった時なんてどうしていいかわからずに、部屋に戻って泣いたり、でも逆に興奮してきたり……」

 おっと。余計なフェチズムまで暴露しそうになった。
 気をつけよう。

「胸か尻かと問われれば、俺は尻派だ。上向いたお尻。そこから下に伸びたまっすぐに伸びた綺麗な足などたまらん。ふくらはぎと足首の凹凸など嗜好の極みだ。
 どうだ? 人間にしか分からない女の魅力。俺がこんなに恥ずかしい話を暴露したんだ。男同士、その心意気を評価してはくれないのか?」

 本当のところ、俺は胸派だ。

 しかし重要なこと。人間の男は結局のところ、下品な話題で真の友人となることが多い。
 これも俺だけが知っている人間の――特に男の持つ悲しい習性だ。

「わ、わかった」

 ふーう。
 結局、こんな感じで交渉は上手くいき、お互い一時休戦となった。
 突然の撤退に敵の大隊長たちはさらに上の指揮官から詰問されるだろうけど、大隊長クラスが10数人、もっともな理由とともに撤退の正当性を訴えれば、あっちもなんとかなるはず。


 さて、問題は下級魔族たちの説得なんだよなぁ。

しおり