月の下の約束2
「では、王子殿下。一つだけお願いがございます」
レティシアがマティアス王子を見上げると、彼は嬉しそうにうなずき、レティシアをうながした。
「この戦いで、わたくしは戦死した事にしてくれませんか?そしてギオレン男爵に、それ相応の見舞い金を渡してください」
「・・・。そのような願いの理由を聞いてよいか?」
「はい。わたくしはチップと二人で静かに暮らしたいのです。ギオレン男爵はとても強欲な人間です。受け取った見舞い金を使い切ったら、さらに王室に難癖をつけて金を要求するでしょう。その時はこう言ってください。レティシアは十歳から十三歳までと、十八歳になってからの半年間分の世話になった期間は見舞い金で支払った。それ以外の期間は、メイドとして責務をはたした、と」
「・・・。あいわかった。そなたの願いを聞き届けよう」
「感謝します。王子殿下」
日が昇ってからマティアス王子と兵士たちは城に帰還した。レティシアは別な任務をおおせつかった。
「会いたかった!ティアラ!」
『やっほー、ティアラ。元気だった?』
レティシアとチップは、会いたくてしかたなかった白馬のティアラと再会した。レティシアは愛馬の頬に自分の頬をすり付けた。ティアラの温かい体温に、生きて帰ってこられた事を実感する。
チップはティアラの頭の上に乗ってとび跳ねる。ティアラも嬉しそうにブルルといなないた。
レティシアがマティアス王子から受けた任務は、馬たちの移送だ。レティシアとチップだけでは、街に預けたザイン王国軍の馬をすべて連れては行けないので、城に連れて行けるのは、ティアラとマックスとイグニートだけだ。
マティアス王子からは、急がなくてもいいと言われているので、レティシアはティアラの背に乗りながら、ゆっくりとザイン城を目指した。
レティシアの肩に乗ったチップがマックスとイグニートに声をかけてくれるので、彼らはティアラの後ろをゆっくりとついて歩いてくれる。
レティシアはここぞとばかりにティアラとの時間を楽しんだ。季節は春に移っていて、木々は青々しく花は咲き乱れていた。
この美しさをレティシアたちが守ったのだ。レティシアは誇らしい気持ちでいっぱいだった。
レティシアがティアラたちを城に届ければ、これでレティシアの任務は完了する。これでマティアス王子とのつながりは完全に切れてしまうのだ。
最後に一目だけでもマティアス王子と会えないだろうかと考えるが、それは難しいだろう。マティアス王子はこれからザイン王国になるために大忙しなのだから。
レティシアがザイン王国の城に到着すると、出迎えてくれたのは美しく着飾ったヴィヴィアンだった。
「レティシアお嬢さま。お待ちしておりました」
「ヴィヴィアン師匠!?何故ここに?!ゲイド国の方はもう良いのですか?」
レティシアはヴィヴィアンと再会のハグをした後、驚きの表情を隠さずに聞いた。
「ゲイド国の事はおおよそのかたがついたので、部下に任せてきました。私はマティアスからもう一つの任務を任されたのです」