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パタパタと階段を下りるスリッパの音がして、早坂さんの脚が見えた。わたしは咄嗟に柱の影に隠れた。いや、何やってんだわたしは。
廊下を歩く音が近づき、心音が速まる。言うなら、隠れんぼ中に鬼が近づいているような心境だった。
「ほらぁ、誰もいないじゃない」
「いや、いだ!雪音が来てだ!」
「ちょっと美麗ちゃん、あたしの風邪が移ったんじゃなっ・・・」
わたしの姿を目視した早坂さんは、急ブレーキがかかったように停止した。
数秒、無言の見つめ合いになる。
「こんにちはっ!元気ですか?」
脳内雪音がすぐに発狂する。バカな発言が当たり前のように出るお前は、本当のバカなのか?
早坂さんは片手で目を押さえ、上を向いた。
「美麗ちゃん、あたしまで幻覚が見え始めたわ」
「ほら、言ったべ!?ガッハッハッ!」
早坂さんはそのまま一時停止すると、我に返ったようにわたしに向き直った。
「雪音ちゃん?」
「雪音です」
「本物?」
「死んでなければ」
「・・・ちょっと、触ってもいいかしら」
「え」
早坂さんは1歩2歩進み、いつもより高い位置からわたしの頬に触れた。──熱い。これは、間違いなく高熱だ。
次に両手でわたしの頬を挟むと、その感触を確かめるように"揉んだ"。
「やだ!本物だわ!雪音ちゃん!?」
「だがら言ってんべよ!おもしれー奴だ!ダッハッハッ!」
何を基準に本物だと判断したのかは置いといて──「早坂さん、大丈夫ですか?だいぶ熱が高いみたいですけど」
早坂さんは無視して、わたしの肩をグッと掴んだ。「あなた、なんでここにいるの!?どうやって来たの!?」
服の上からでもその体温を感じる。
「瀬野さんに連れて来てもらったんです。それより、今熱は何度あるんですか?」
「瀬野?・・・あのアホ、言うなって言ったのに」
会話が、成立しない。
「お邪魔します」
靴を脱いで、中に上がった。そのまま早坂さんの額に手を当てる。
早坂さんはとくに反応もせず、目を閉じた。わたしの手が気持ちいいんだろう。それだけ、熱が高いということだ。
「かなり、熱高いですね。フラフラしませんか?」
「まあ、若干ね。てゆうかあなた、何で来たの?」
目が虚ろだ。顔もいつもより赤い。Tシャツにスウェット、乱れた髪に無精髭、初めて見る早坂さんの姿だった。
「スミマセン、歩かせちゃいましたね。ベッドに行きましょう」
「あら、雪音ちゃんからそんな発言、ちょっとドキッとしちゃったわ」
「そんな事を言ってる場合ですか。いいから、まず横になってください」
早坂さんの腕に触れようとしたわたしの手を、早坂さんが掴んだ。