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「マスク持ってきたので」
「意味はあるのか?」
「予防にはなるかと」
「・・・そうは思えんがな」
マスクの効果がわからないのも納得だ。
3度目の早坂邸。まさか、こんな形で来る事になろうとは。
家の前に車を停めた瀬野さんは、運転席から降りようとしなかった。先に降りたわたしが運転席へ回る。
「どうしたんですか?」
「何がだ」
「降りないから」
「俺は行かん」
「えっ!?なんでっ!」
「1回行ったっつったろ。鍵は開いてるから勝手に入れ」
「んなこと言ったって・・・ハードル高すぎます!一緒に来てください!」
「何がだ?前にも来ただろうが」
「勝手には入れないですし、病人をインターホンで呼び出すのも無理です!一緒に来てください!」
「・・・チッ」
瀬野さんは渋々、車から降りた。ありがたいが、「今、舌打ちしましたよね」
「知らん仲でもないし入れるだろうが」
「知ってる仲でも勝手には上がれません普通!」
瀬野さんは遠慮なく玄関の扉を開けると、わたしの背中に手を当て、中に押し込んだ。
「じゃあ頼んだぞ。何かあった時は連絡くれ」
それだけ言い残し、扉がバタンと閉まる。
「いや、せめて早坂さんに会うまで一緒に・・・」
独り言が、静かな玄関に響く。これ以上は諦めるしかないようだ。
「・・・どうしよ」
その時、奥の扉がガチャっと開き、わたしはその場で飛び跳ねた。
「雪音が?」
「・・・おっ・・・おばあちゃん!」思わず声が大きくなり、口を塞ぐ。
おばあちゃんは軽やかな足取りでわたしの元へ駆け寄ってきた。
「雪音!元気だったが?」
「うんっ、元気だよ。おばあちゃんも元気そうだね」
「ダッハッハッ!オラァいつも元気だ!」
「おばあちゃん、早坂さんは?」
「遊里は寝でだ!起ごしてくっから待ってろ!」
「ちがっ、待っておばあちゃん!」
おばあちゃんはわたしの呼びかけも聞かず、廊下の先の階段を小走りで駆け上がって行った。
「はや・・・」妖怪とはいえ、本当に96歳なんだろうか。追いかけるには、遅い。
何も出来ず玄関で立ち尽くしていると、少しして2階から物音が聞こえた。次に、足音。そして、それが大きくなっていく。
「美麗ちゃん、幻覚でも見えたんじゃない?雪音ちゃんが1人で来るわけないでしょう」
ハッキリと、早坂さんの声が聞こえた。
よかった、声はそれほど辛そうではない。そしてスミマセン、幻覚じゃないです。