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血まみれの悲槍編 2


「初めましてぇ! 僕、フライブ。君のお名前は?」
「うむ。ウェファという。こちらこそよろしくな」
「おぉ! 国王様とおんなじ名前だ! 国王様と同じユニコーン族だし、凄い偶然だね!」
「そうじゃな。苦しゅうない。近こう寄れ」
「それじゃ挨拶を!」

 俺が唖然としている視線の先で、フライブ君と王子がお互いをクンクン嗅ぎ始めた。
 あぁ、ユニコーン族とオオカミ族の獣人って、おんなじ挨拶するんだな。

「ちょっとぉ! 後ろぉ!? 何やってるんですの! サボらないでちゃんと押しなさいなッ!」

 その時、荷車の前の方からヘルちゃんの怒鳴り声が聞こえてきたけど、誰もその言葉に従おうとはしない。
 挨拶中のフライブ君と王子。俺は混乱したままそれを眺めているだけ。従えるわけがないんだ。

 そんなことより……ホントこの子、一体何しに来たの?

「お、王子……?」
「む? なんじゃ? ……あっ、タカーシ? こないだは一緒に遊べなくて悪かったな。
 家庭教師がブチギレよってからに。余といえども2度目の脱出は不可能だったわ」

 そんな昔の事より、今のこの状況について謝罪してくんねぇ……?
 その格好……周りに護衛っぽい魔族も見当たらないし、本当に1人でこんなとこ来ちゃったってことだよな?
 明らかに……確実に……。
 そう。このガキ、間違いなく1人で城を抜け出してここに来やがった。

 王子ともあろうものが護衛もつけずにぷらぷら歩き回って、よからぬことを企んでいる輩に狙われたらどうすんだよ?
 さすがの俺たちでも王子を守りきれねぇぞ?

「ちょっとぉ! タカーシぃ!? フライブぅ!? 聞いているんですのぉ!?
 上り坂だからそっちも頑張らないと、荷車が後ろ向きに……ふんぬぉおぉぉぉおおおぉお!!」

 おっとっと。
 ぼーっとしてたら荷車がバックしてきやがった。
 このままだと後ろの車列に迷惑がかかるし、ヘルちゃんにあんな唸り声を出させるのは可哀そうだ。
 ちゃんと荷車押さなきゃな。
 んで、荷車を押しながら……そう……いや、やっぱダメだ。
 大事になる前に、これなんとかしないと。

「んじゃ、余は前に行ってこれを引っ張ればいいんじゃな?
 オベロン族のガキがさっきからやかましいからに。あっち手伝ってやろうぞ!」

 その時、ヘルちゃんの唸り声に誘われる様に、王子が荷車の前の方へと行こうとしたので、俺は慌てて王子の首を抱きかかえる。

「ぬぉ!?」

 無礼とも言える俺の馴れ馴れしい行為に王子が一瞬驚いたけど、それ以上に親しい行為を初対面時にやっているので今さら気にはしない。

「王子は僕の代わりにここ押して! 僕はちょっと出かけてくる! フライブ君!? この子の面倒よろしくね!?」
「え、あ、うん。別にいいけど。タカーシ君、どこ行くの? それに……今、その子のこと“王子”って……」
「ぬぅ! おぬし!? まさか誰かに告げ口する気じゃろう!? やめよ! 余は“お忍び”で来たんじゃ!」

 ついに自白しやがったこの野郎!
 でもだ。このタカーシ・ヨールを前にして、そんなワガママは許さねぇよ!

「大丈夫! 一応バレン将軍に報告するだけだから! それに、王子が僕たちと一緒に旅できるようにお願いもするから!
 だけどこういうのはちゃんと報告しておかないとダメなの! 分かるでしょ、王子!? 王子なんだから!」
「うぬぬ。そ、そういうものか……でも……バレンなら……バレンなら大丈夫……じゃな……? のう? タカーシよ?」

 知らん! 十中八九、城に帰されると思うけどなぁ!

「大丈夫! バレン将軍は優しいし、話も分かるから! だから王子は大人しくこれ押してて!」
「む、うむ。任せよ」
「あと、フライブ君? さっきも言ったけど、この子の事よろしくね!?」
「え? うん。わかった。わかったけど……」

 フライブ君は納得していない感じの表情だけど、そんなことはお構いなしに俺は全身に力を入れる。
 魔力が四肢の指先までみなぎってくるのを確認し、全力で地面を蹴った。

「ちょ……タカーシぃ! いったいどこへ!? っておい! 話を聞けぇー! さぼるなぁ!」

 荷車を追い越す時に、キレ気味で叫ぶヘルちゃんの声がドップラー効果とともに聞こえてきたけどもちろんそれもお構いなし。
 “高速道路”の速度で移動を始めた俺は、数秒のうちに500メートルほど進み、荷車部隊の部隊長の元へと到着した。

「部隊長ーッ!」
「ん? どうした? ――いや、どうなされました?」

 ちなみに荷車部隊の部隊長は紫色の肌をした魔族だ。
 確か――以前バレン将軍と食事会をしたことがあったけど、あの時のお店でウェイターをしていた魔族も似たような色をしていたと思う。
 多分あの種族の男性バージョンだな。

 んでこの魔族は“部隊長”という肩書きだけど、声を掛けてきたのがヴァンパイと気づき、ちょっとかしこまった言葉遣いになった。この点から、種族の位は俺の方が上だと思われる。
 でもまぁ、この世界の俺は礼儀正しいヴァンパイア少年で通っているから、ここはもちろん敬語を使っておくことにしよう。
 さっき、勢いのあまり王子に対してタメ口使っちゃったけど……まっいっか。王子も普通に応対してきたしな。

 ――そうじゃなくて、部隊長に報告しておかないと。

「第14号荷車担当、タカーシ・ヨール。バレン将軍に報告したい旨があり、一度部隊を離れます! 急用です! 許可を!」
「え……? あぁ、はい。わかりました」

 昨日今日入隊した子供の俺に、軍規というほどの厳正なルールが適応されるとは思わない。だけどこれぐらいの報告は部隊長にしておいた方がいいだろう。
 もちろん王子の件をこんな場所で赤裸々に暴露するほど俺は馬鹿じゃないし、ヴァンパイアの俺がバレン将軍の名前を出しながらしっかり報告すれば、相手が拒否できないのも当然だ。

「僕の代わりもいるから荷車の方は大丈夫ですし、すぐ戻ってきますから!」
「え、えぇ。お気をつけて」

 会話の最後に相手が気遣いの言葉をくれたので、それに軽く会釈を返し、俺は再び跳躍する。
 荷車部隊の部隊長から前の行列は、背中に大荷物を背負った運搬部隊。そしてさらにその前は中級魔族によって構成された戦闘部隊の行列だ。
 それらを脇目に、俺は軍の行列から50メートルほど離れて並走する。
 ほどなくして中級魔族の列を追い越し、強力な魔力を垂れ流す馬車の列にたどりついた。

 うん、こっから先が上級魔族の列だ。
 といってもお偉い貴族さんたちはもれなく馬車に乗っての移動。馬車を引く八本足の双頭馬は貴族の使用人っぽい魔族たちがそれぞれ操っているし、日光除けの屋根がかかっているので貴族の顔は確認しにくい。
 でも空間を漂う魔力から察するに、間違いなく上級魔族の列だ。

 んでその上級魔族の列の中央部。そこにバレン将軍がいるはず。あと、ついでに親父とアルメさんもな。
 白銀に輝く蝙蝠の刺繍をほどこした大きな旗がバレン軍の軍旗であり、行列にところどころ見受けられる旗の中でもとりわけでかい軍旗がたなびく場所にバレン軍の本陣が置かれているとのことだ。
 当然、そんな目立つ旗はすぐに見つかった。
 しかし――

「止まれ!」

 バレン将軍のいる快適そうな2階建ての豪華な移動車両が見えてきたあたりで、それを守る護衛部隊に俺は捕まった。
 でもだ。総大将たるバレン将軍の車両を守るこの警備体制は当然だし、それは俺も想定内だ。

 つーか親父から事前に
「私たちに用があったら本陣車両の近くで魔力を放て。たとえ護衛に足止めを食らっても、そうすればアルメを迎えに行かせるから。
 アルメなら護衛部隊の警備も通れるし、面倒な手続きを踏まなくてよい。わかったな?」
 と伝えられていたので、俺が警備に止められることも、その際にアルメさんが迎えに来てくれることもしっかり想定内なんだ。

「ここから先はバレン軍の本陣。許可証のないものはたとえ伝令役でも通すわけにはいかん。
 他のところに用事があるなら大きく迂回してから本陣の前の列に行くがいい!」

 俺の接近に気付いた魔族が両手を広げて立ちふさがり、そんなセリフを吐いている間にも他の護衛たちがすげぇスピードで集まってきた。
 あっという間に10体近くの魔族に囲まれ、それぞれ武器を構えながら俺に魔力を向ける。
 本陣の護衛というだけあって、相手はなかなかの魔力だ。
 爬虫類っぽい種族だし、もしかすると8番訓練場でニアミスしたことのあるチャラい若者たちの班のメンバーと同じ種族かもしれないな。
 まっ、どうでもいいか。

「バレン将軍の補佐官、エスパニ・ヨールの息子、タカーシ・ヨールです! 大至急バレン将軍にお伝えしたいことが! ぜひお目通しを!」
「しかし、許可証を持たぬ者は通すわけにはいか……」
「大丈夫です! 僕が魔力を放てば、オオカミ族のアルメさんが迎えに来てくれる手筈となっております。ご存知ですよね? お父さんの護衛役のアルメさんを」
「あ、あぁ。アルメ様なら……うん。そうだな。アルメ隊長が直接許可したなら、護衛隊隊長の判断ということで……本陣への侵入を許可しよう」

 ちょっと待ったぁ!
 アルメさんってバレン軍本陣の護衛隊隊長なの!? アルメさんのくせに!?
 あんなのが隊長って大丈夫なんか、この軍!?
 そもそも親父の護衛役という役目だってあるはずなのに、いろいろと複雑すぎんだろ!
 あと、“侵入”とか言うなや! 俺、別に侵入者じゃねぇから!

「魔力の放出を許可する」

 目の前にいる爬虫類系の魔族たちにいろいろと聞いておきたいことがあるけど、うん、ここは我慢だ。余計ないざこざを起こしている場合じゃないからな。
 じゃあ……相手の指示通り、魔力を放って……。

「はい。じゃあ、お言葉に甘えて」

 俺は両足を肩幅に広げ、全身に力を込める
 移動用の魔力よりもさらに一段階上の魔力。というか今の俺に出来る最大魔力の放出だ。
 できるだけ広い範囲に魔力を広げ、アルメさんに気付いてもらえるように。
 そんな魔力の放出に、俺の周りを囲んでいる魔族たちが「おぉ! 子供ながらになかなかの魔力だな」とか言ってくれたけど、ここで予想外のことが起きた。

 ……

 ……

「アルメ隊長……来ないな」

 打ち合わせ通りにアルメさんが来てくれねぇんだけど!

「エスパニ殿のご子息よ。どうする? 呼んでこようか?」

 挙句、護衛役の魔族が俺に気を使ってくれたりな。
 全力で魔力放出しただけに、結構恥ずかしいじゃねぇか!
 おい! どういうことだよ!? なんでアルメさんが来てくれねぇの?

「え? あっ? あれ……? おかしいな。お父さんからそう言われてたのに……」
「あぁ。なにかあちらに不都合があったのかもしれない。呼んできてやるから、しばらくここで待っていろ」

 そう言って相手の魔族は部下に一目やり、その部下が小さくうなづいた。
 ちなみに護衛部隊とやらの魔族たちは護衛という仕事上、俺に対して相応の警戒態勢をとっているし、本陣車両へ近づこうとしていた俺を実際に足止めしている。
 けどそれは立場上そうしなければいけないだけであって、俺に対して敵意満々というわけではない。
 そりゃそうだ。俺はヴァンパイアだし、まだ子供だ。
 バレン将軍の本陣に奇襲をかけるような輩には見えないし、どっちかっていうと迷子の子供とそれに応対している大人たちって雰囲気だ。
 そんな彼らだからこそ、俺の魔力にアルメさんが反応しないのもなんらかの事情があるものとみて、前向きに対応しようとしてくれているらしい。
 ま、ここはそれに甘えておこうか。

 と思ったけど、ここでちょっと嬉しい出来事が起きた。

「隊長ぅー? その子なんですけどぉ。俺たちが訓練している8番訓練場で見たことがあるっス。
 その子がバレン将軍と話していたのも見たことあるし、その時はアルメ隊長も隣にいたっスよ」

 俺の斜め後ろにいた魔族が俺の正面へと回り、俺の顔を見つめた後にこう言ってくれたんだ。
 うん、俺もうっすら覚えている。
 この魔族、あの“チャラい爬虫類系集団”の班にいた魔族だ。

「だからその子、通してあげてもいいと思うんっスよねぇ。バレン将軍が危険な目に逢うとも思えないしぃ」

 気だるそうなしゃべり方がいちいち気に障るけどな。
 でもありがとう、名も知らぬ爬虫類系の若者よ!

「ん? そうなのか?」
「はい。間違いないっス」
「じゃあ……許可する。通っていいぞ」

 思わぬ援護射撃により、俺の通過が許可された。
 いや、ほんっとーにありがとう! 見かけによらず、気のいい若者じゃないか!

「はい。ありがとうございます! そっちのお兄さんも、ありがとうございます!」
「おーう! 気にすんなぁ!」

 最後に俺は礼儀正しく頭を下げ、相手の若者もフランクな感じで手を挙げた。
 よし! 思わぬ障害に足止め食らったけど、これで問題解決。
 忘れがちだけど、俺は今、大至急バレン将軍に会い、王子に関する指示をもらわなきゃいけないんだ。
 さっそくあの豪華な車両に乗り込もう!

 あの車両、屋根はあるけど、窓が大きくて風通しのよさそうな造りだ。
 これから暑い地方に行こうとしているんだから当然なんだけど、入口のある車両の1階に行ってしまうと、バレン将軍に会うための手続きとかあって面倒そうだな。
 じゃあ、2階に直接飛び込んじゃえ!

「それでは!」

 俺は大きく挨拶しつつ、再度両足に魔力を込める。
 このやり取りをしている間にも行軍は進んでいたので、本陣の車両は少し離れてしまっていた。
 だけど、俺なら1歩でたどりつけるだろう。

 最後の跳躍は本陣車両の2階の窓。
 ここ数日で魔力を利用した身体操作にも多少慣れていたので、俺は目標に狙いを定め、大きく地面を蹴った。

「あっ、でも1階の魔族にちゃんと受付しろよ。
 今2階で作戦会議しているっぽいから。ラハト軍の上役も揃って出席しているし、その会議の場に直接飛び込むような真似は……」

 地面を蹴る瞬間、耳を疑うような助言が聞こえてきたけど、俺はそのまま本陣車両の2階の窓に突っ込んでしまった。


しおり