血まみれの悲槍編 1
「ふぉー……ぬぉー……うぉー……」
エールディの城で国王に首を絞められてから1週間後。
といってもこの世界は5日で1週間という仕組みなので、細かくいうと5日後。
俺はフライブ君たちとともに西の国との国境を目指していた。
「はぁはぁ……登りはさすがにきついね。タカーシ君? 大丈夫?」
「うん。出発したばっかりだからね。まだまだ頑張らないと」
俺たちが苦しそうにしている理由は、今現在俺とフライブ君、そして妖精コンビの2人で移動させているこの荷車だ。
荷車といっても車輪の大きさだけで3メートルほど。車両ともなると幅は5メートルで、前後の長さは10メートルにも達しようかという巨大な荷車だ。
もちろん積載量だってダンプカー並みの荷物に耐えられるし、それぐらいの量の荷物が実際に積んである。
子供とはいえ俺たちは魔族。文字通り人間離れした身体能力を持っている。
しかしながらこんな大荷物を積んだ荷車を夜明けからずっと押し続けているとなると、さすがのヴァンパイアでも疲労は隠せん。
荷車の左後方を受け持つ俺の右側――つまり荷車の右後方を押しているフライブ君も必死の表情で頑張っているし、ここからじゃ見えないけど、前の方でこの荷車を引っ張っている妖精コンビも似たような状態だろう。
「でもまさか……こ、こんな重労働が待っているなんて……ぐぬおぉ! こ、これも戦争なんだ……ね……?」
さて、こんな大変な労働を強いられている理由は1つ。今朝夜明けとともにエールディの郊外で出陣式が行われ、日も高くなった今現在、西の国との戦場予定地に向けて移動中なんだ。
俺たちが押す荷車の前には似たような大きさの荷車が列をなし、後ろもそんな光景が続いている。
以前バレン将軍から荷物運びの件を聞いてはいたけど、まさかこんな大きな荷物を積んだ荷車をたった5人の子供だけで運ぶことになるとは思いもしなかった。
一応交代制で睡眠をとることにしているし、今ドルトム君が荷物の上で寝ているから実働4人だけどな。
まぁ、それにしてもこれはなかなか過酷な労働だし、似たような労働を強いられているのは俺たちだけじゃない。
荷車1台につき、平均して4~5人。子供だけの班もあれば、大人っぽい外見の魔族が班を構成しているところもある。
そんな集団が数十、巨大な荷物を積んだ荷車を運ぶ列を作り、西に向けて移動中だ。
でもさぁ。さすがにこれはひどくねぇ?
戦争がどれぐらい長引くのかはわかんねぇけど、俺1人の荷物だったら大きなリュック1つで済むだろうし、フライブ君たちの分を合せてもちっちゃなリアカー1台で荷物が収まるだろう。
そこに前線で戦う兵士用の荷物を足したとしても、荷物運び用の魔族がそれぞれ受け持つ荷物量は1体あたりリアカー1台程度になるはず。
もちろん魔族の体を持つ俺たちにとってその程度の荷物は労働のうちに入らん。鼻歌交じりで軽々運べるだろう。
でも、そういう荷物配分になるのは魔族の体格が人間レベルで統一されている場合であり、この国の魔族には当てはまらないんだ。
そう、この国には俺たちのような体格の魔族もいれば、数メートルにも達する魔族もいる。
そういう種族は基本的に強いし、主戦力の戦闘要員として軍に組み込まれている。
やつらはこの列のはるか前を移動しているとのことだけど、荷物運びで体力を失わせるわけにはいかないから戦闘用具のみを持つことになっているんだ。
そしてそういうやつらの食料や食器を運ぶのが俺たちときたもんだ。
顔を上げれば、荷車に積まれた荷物の中にはどでかい衣服や食器の類が確認でき、市町村の災害用備蓄食糧庫なんじゃねぇかってぐらいの水や食料品も積まれている。
ダンプカー並みの荷車の荷物のうち、俺たちの道具ははじっこの方にほんのわずか。積荷の大半が大型魔族の日用品なんだ。
んで、そういうのがすっげぇ腹立つ!
どういう業者に頼んだのかは知らんけど、同じ規格、同じ設計で作られた四輪の鉄製荷車を数十台用意したのは、国としてもさすがの仕事と言っていいだろう。
でも前後の車列には大人4人で俺たちと同じぐらいの荷物を運んでるやつらもいるし、さっき見かけたんだけどヴァンパイアの子供だけで構成された班の荷車は俺たちの半分ぐらいの荷物しか積んでいなかった。
これ、どう考えても身分制度による差別の一環だろ!?
しかもだ。俺たち荷車部隊の両脇には、リュック程度の大きさの荷物を持った魔族が“高速道路”の速度で俺たちを追い越して行きやがる。
そっちは長期滞在用の生活物資となる俺たちの荷物とは違って、移動中の食事などここ2、3日分の荷物を運ぶ部隊らしい。
俺たちのような大荷物を集団で運ぶ部隊。それとは別に戦地とエールディを連続的に行き来し、ちょっとした荷物や指令書などの手紙を運ぶ部隊って感じ。
軍の仕組みって意外と細かいところまで役割分担が分かれているんだなぁって感心してみたけど、どう考えたってそっちの方が楽そうじゃん!
色々おかしいだろ! これが差別ってやつか? つーか普通子供にこんな荷物運ばせるか?
あと俺もヴァンパイアなんだから、俺の班の荷物も減らしてくれよ!
「どうしたの? そんな怖い顔して……体調悪いの?」
俺が日本人の価値観とともに怒りを感じていると、フライブ君が心配そうに話しかけてきた。
「ん? いや、大丈夫だよ。それより……このお仕事、どれぐらい続くのかなぁ?」
「うーん。昔、お父さんと一緒に西の国との国境に行ったことがあるんだよねぇ。
その時は“歩いて”3日ぐらいだったかなぁ……今とおんなじぐらいの速さだったから、到着するのもそれぐらいだと思うよ」
「うぅ……マジか」
「あははっ! でも、遠足みたいで面白いじゃん! 景色もきれいだし、タカーシ君も楽しもうよ!」
「う、うん。そうだね。せめて楽しみながら行くことにするよ」
戦場に赴いてる最中だから、それもどうかと思うけどな。
フライブ君にこんな笑顔を向けられちゃ、さすがの俺も機嫌を戻さんわけにはいかんだろう。
ちなみに、フライブ君のお父さんは、元“東の国の将軍”という肩書きにより、先遣隊に抜擢されているらしい。
この先遣隊というのは各種族のエース級によって構成され、すでに前日にエールディを出発している。
主な任務は斥候で、敵の動きを調査したり戦場予定地の地形把握をするとのことだ。
なので俊敏性に富み鼻も効くオオカミの獣人族にはうってつけの任務だが、先遣隊に課せられた役目はそれだけではない。
状況によっては敵斥候部隊との交戦、そして我が軍の本陣を置く小高い丘や山を敵より先に確保するという重要な役目も負っているらしい。
お互いの主戦力がぶつかり合う前の陣地の取り合いともなると、それはそれで戦争の行方を左右する要因だからな。
日本の戦国時代っぽく例えるなら“先陣を任せられる”または“一番槍を狙える”といった立場と似ており、戦いの序盤を彩る戦場の華。非常に名誉な役目となる。
うん。かつては東の国で屈指の武力を誇ったというフライブ君のお父さんだ。
心配はしていないし、むしろこの戦いで名を上げて欲しいとも思う。
「暑いぃ……喉乾いたぁ……」
一方、この国の一部首脳陣の間で期待の新人と噂されるタカーシ・ヨールこと、俺。
一部首脳陣と言ってもバーダー教官と、バーダー教官から“緑の魔力”について細かい報告を受けたであろうバレン将軍や俺の親父。そしてついでにバーダーの親父さんであるラハト将軍とレバー大臣。さらについでにアルメさんと俺のお袋と、そして俺の班のメンバー。
そこらへんの魔族が俺の力の秘密を知っていて、それぞれ好き放題期待しているっぽいけど、こんな荷物運びの任務じゃ名を上げようにも上げられない。
それどころか、ヴァンパイアが基本的に暑さや日光に弱い種族だからなのかもしれないけど、昼が近付くにつれてめっちゃしんどくなってきた。
「あはは! タカーシ君はヴァンパイアだもんね! お日様の光がこんなに強いとやっぱ辛い?」
「う、うん……はぁはぁ……多分そういう理由かな……? なんかさ。筋力的には大丈夫なんだけど……頭がぼーっとしてきた」
「ん? それ、本当に大丈夫? ヴァンパイアって魔力がつきるとお日様で火傷しちゃうんでしょ? ドルトム君と交代する?」
「いや、昨日の夜に人間さんたちから血を分けてもらったから魔力は大丈夫。それに、うちの人間さんたちが予備用の血も用意してくれたんだ。いざとなったらそれ飲めば大丈夫だから。それよりこの体、やっぱり熱に弱いっぽいね」
「ふーん……タカーシ君、ヴァンパイアなのに人間たちと仲良いよねぇ……へんなのぉ」
ちなみにフライブ君は人間に対してアルメさんとは違った感情を持っている。
ありとあらゆる生物が1つの宗教の名のもとに集まった東の国。その国の出身であるフライブ君はアルメさんのように人間に対する過度な敵対心を持っているわけではない。
とはいっても、フライブ君は人間に対して極端に友好的というわけではない。
父親と一緒に東の国から亡命してきたオオカミ族の獣人で、しかも人間っぽい生物の血が混ざっているフライブ君。そこらへんに何らかの事情があると踏んでいるけど、親友といってもいいぐらい仲良くなった今もフライブ君はこの件に関して口を開くことはない。
もちろん俺も聞かないようにしているが、俺がついつい人間の話題を出しちゃったら、さっきまでにこにこしていたフライブ君の横顔が少し暗くなってしまった。
よし、話題を変えよう。
「西の国……ってことは僕たち西に向かっているんだよね……? いや、少し北西かな? ちょいちょい北上してんのに、なんでこんなに暑っついの?」
「西の国との国境は砂漠だからね。そこに向かってるんだからそりゃ暑くもなるよ。あっちについたらもっと暑っついから覚悟してね!」
まじかぁ……。
じゃあさ。そもそも生物学的な観点から、ヴァンパイアって種族はこの戦いに不向きなんじゃね?
暑さに強い種族で軍を構成すればいいじゃんよ。なんでヴァンパイアまで呼び出されてんの?
いや、この戦いの総大将としてバレン将軍が選ばれているから、相応の数のヴァンパイアが出動しなきゃ面目が立たないって事情もうっすら理解できるけどさ。
それとさ。フライブ君もオオカミなんだから、暑さに弱いはずじゃん。
なんで我慢できんの?
それ、やっぱりオオカミと他の種族の混血だから?
あっ、今気づいたけどフライブ君、顔にうっすら汗かいてる。
オオカミって多分犬と一緒で、皮膚から汗かかないはずなのに。やっぱ他の血が混ざっているからなのかな。
うーん。つまりフライブ君は純粋なオオカミ族よりは暑さに強いってことだ。
う、うらやましい。
「僕……おじいちゃんが人間だったから……だから僕もちょっとぐらい暑くても大丈夫なんだ。でもアルメ様は純血だからさぞかし大変だろうね」
ちなみにアルメさんは俺の護衛の任を解かれ、親父の護衛に就いている。
この荷車の車列のはるか前方、この戦いの主戦力となる猛者どもの中でもとりわけ強い魔族に囲まれているであろうバレン将軍や、その補佐官となる親父の近くにいるはず。
じゃなくて、おい!! おい、フライブ君ッ!
今、すっげぇ秘密を暴露したんじゃね!
急にどうした?
「え? あ……うん」
フライブ君が突如赤裸々な告白をしたため、俺がそのリアクションに困っていると、ここでさらなる事件が発生した。
「辛そうじゃな。余も手伝ってやろうか?」
「おっ、王子じゃん。いい所に来たね。じゃあ、荷車の前の方で引っ張ってもらえるかな? すっごい助かるよ」
「うむ。任せよ」
「わぁ! ユニコーンさんだぁ! え? なになに? タカーシ君ってユニコーンのお友達もいたの!?」
……
……
「いや! 待て、王子! こんなところでなにしてんねん!?」
「ん? 手伝いに来たんじゃ。我が友人たるタカーシの晴れ舞台。それを見過ごすわけにはいかんじゃろう?」
身分を隠すためだと思うけど、全身を泥にまみれた汚ったねぇ姿のウェファ5世が、俺の背後にいた。