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青い竜の最後

『なんでだ!? なんであれをまともに食らって、ピンピンしてやがるんだよおおおおおおおおッッッ!?』

 目の前の光景が……僕達が無事でいることが、どうしても信じられないライナーが頭を抱え、完全に混乱した様子で叫んだ。

「え……えへへ……なんとかなった……っ」
『っ!? ギルベルト様!』

 僕は力尽きて、エルザさんの背中にもたれかかった。
 そう……僕がしたことは、すごく単純なこと。

 ライナーが放ったブレスを食らい続けていた間、僕自身とエルザさんに、ひたすら回復魔法を使い続けていただけ。

 エルザさんに密着されて満足に攻撃ができず、しかも致命傷を与えても僕がすぐに治してしまうから、倒すには僕達を一瞬で消し去るしかない。
 となると、ライナーにできることはただ一つ。対メルさん用に隠し持っていた切り札を使うというもの。

 それをライナーが持っているという確信が、僕にはあった。

 だって、そうじゃなきゃクラウス達にメルさんを倒す|術《すべ》がないから。
 もちろん、切り札をライナーじゃなくてクラウスが隠し持っている可能性もあるけど、それだったら最初から使ってメルさんを倒せばいい。

 それをしないのは、切り札はクラウスではなくライナーが持っているからに他ならない。

 じゃあどうしてクラウスは、ライナーに切り札を渡したのかということなんだけど。

「……き、きっと……切り札の使用に、当たって……条件……みたいな、もの……が……あるん、だよね……? も……もしくは、メルさん……相手、だと……切り、札……を……使おうとし、た……隙に……倒されて……しまう、から……」

 声を出す元気もないけど、それでも僕は声を絞り出し、ライナーに告げる。
 もう何をしても無駄なのだと思わせることと、まだ他にも切り札を隠し持っていないか、見定めるために。

 ただ、ライナーの反応を見る限り、僕の予想は正しいみたいだ。
 強大な力というのは、簡単には行使できないのだから、当然といえば当然だけど。

「あ、はは……ねえ……他に、も……切り札……が、あったりする……の……? だ……っ、たら……使い……なよ……。た、たとえ……どんな切り札、だった……と……しても……僕、が……全部……無意味、に……してみせる、から……」
『くそ……くそ……くそおおおおおおお……っ』

 ライナーはこれ以上なく顔を歪め、|怨嗟《えんさ》の声を漏らす。
 それだけで、この男に……いや、クラウスに打つ手がないことを物語っていた。

 |項垂《うなだ》れるライナー。
 その隙を見逃さなかった人が、この場に一人だけいた、

 ――ずぐり。

『あ……え……?』

 ライナーの|鳩尾《みぞおち》を貫通する、長い槍。

『ギル坊おおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!』

 それは、コンラートさんが放ったグレイブだった。

『ギル坊! ギル坊! ギル坊ッッッ!』

 今にも泣きそうな表情で、竜達をかき分けて向かってくるコンラートさん。
 あはは……そんなに慌てなくても、僕は無事なのに……。

『ギル坊!』
「だ……大丈夫、です……まだ、まだ……回復魔法、は……使えます、よ……」

 嘘だ。
 もう僕には、ほんのかすり傷一つ治すことだってできない。

 それでも僕は、精一杯の強がりを演じる。
 今もクラウスと闘っているメルさんを、心配そうに見つめるコンラートさんを、エルザさんを不安にさせないために。
 ライナーに、これ以上何をしても無駄だと思わせるために……って、それはもう必要ないか。

 だってあの男は、もう助からないんだから。

『く……くそ……ぬ、抜けろ……抜けろよ……っ』

 ライナーはグレイブの柄を握り必死に引き抜こうとするけど、血で滑って上手くできない。
 そうしている間にも血は|溢《あふ》れ続け、とうとう力も満足に入らなくなり、だらん、と腕を下ろした。

「……ね、ねえ……もう|最後《・・》、だから……教えて、よ……。どうして……どうし、て……オマエ達、は……クラウス、なんか……に……ついて、いった……のさ……」

 理由は分かっている。
 でも、僕はこの男の口から、直接聞きたかった。

 メルさんを選ぶことができなかった……たとえクラウスが卑怯な男なのだとしても、それでもついて行こうと決めた、ライナーという男の想いを。

 それが、僕達が倒した男に対しての、一つの|けじめ《・・・》だと思ったから。

『ハ……ッ……うるせえ、よ……。こんな……ちん、けな……山で……何、も……できな、い……まま……何も、し……ない……ま、ま……何千、年と……歳、食って……死ぬなん、て……ニンゲンは、すぐ……死……ぬ、くせ……に、いい……思い、して……好き勝手、生きて……俺達、の……ほう……が……強え、のに……っ』

 気づけばライナーは、青の瞳から涙を|零《こぼ》していた。
 きっとこの男は、もっとたくさんの世界を知りたかったのかもしれない。

 掟なんかに縛られない、自由な世界が欲しかったんだろう。

「馬鹿、だなあ……メル、さん……なら……掟、壊して……くれ、た……のに……掟……壊す、つもり……なのに……」
『は……? ……って、今さら……かよ……』

 クラウスに従わなくても……彼女を裏切らなくても、望んでいた未来があった。
 それを知ったライナーの顔に、やり切ったという清々しさも、達成感もない。

 あるのは、悔しさと口惜しさ、選択を間違えてしまったことへの後悔と|呵責《かしゃく》だけ。

 でも、僕は可哀想だなんて思わない。思ったりするもんか。
 この男は、自由に選ぶことができたんだから。

 この十年間、何一つ自由もなく、選ぶこともできず、父親にただ捨てられた僕と違って。

 そして――ライナーは失意のまま暗黒の森へと堕ちていった。

「え……へへ……これで、メル……さん……の……勝ち、だ……」

 駄目だ。寝たらいけないのに、眠くってしょうがない。
 目を開けようと思っても、どうしても|瞼《まぶた》が落ちてくるんだ。

「コンラート、さん……エル……ザ……さん……あと、は……お願い、します……ね……」
『っ!? ギル坊!』
『ギルベルト様!』

 僕の中にあった|全て《・・》を使い果たした僕は、エルザさんの背中に持たれ、意識を手放した。

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