僕の回復魔法で、全てを無力化したよ
『っ!? しまった!』
『おい! 早くあの女を止めろ!』
竜達は焦り、その半数が反転して僕達を追いかけてくる。
だけどエルザさんはあっさりと振り切り、ライナーへと迫った。
さらに。
『はっは! こっちが手薄になってくれたおかげで楽勝じゃわい!』
『なあっ!?』
コンラートさんは豪快に笑い、次々と竜を倒していく。
このままでは止められない。そう悟った竜達は、結局コンラートさんに対処するしかない。
『はっ! 毒をまき散らす厄介者の侍女とただのニンゲンのガキに、一体何ができるってんだよ! つーかてめえからこっちに来てくれて好都合だぜ!』
「ならやってみなよ! 僕もエルザさんも、絶対に負けるもんかッッッ!」
不敵な笑みを浮かべ大剣を構えるライナーに僕は叫び、エルザさんが酸のブレスを吐いた。
ライナーは素早く|躱《かわ》すと、大剣を肩に担いでこちらへと突撃する。
『不用心ですね。こちらとしては、そのほうがやりやす……っ!?』
『あんまり俺を舐めんなよ』
舌でなめずるライナーが巨大な口を開け、青の魔法陣が浮かぶ。
「エルザさん!」
『しっかりつかまっていてください!』
ライナーの放った青い閃光のブレスを、エルザさんは身体を反らし背面すれすれで|躱《かわ》す。
完全に宙返りになったから、僕は彼女の背中にぶら下がる格好になった。
「くう……っ!」
この手を離すわけにはいかない。
落っこちてしまうというのもあるけど、僕のせいでエルザさんが戦いに集中できなくなってしまうのはもっと駄目だ。
『ギルベルト様、大丈夫ですか!?』
「は、はい! 僕のことは気にせずに、エルザさんはライナーを!」
『はい!』
二本のククリナイフを構え、予定どおりエルザさんが肉薄する。
『この! |鬱陶《うっとう》しいんだよ!』
ライナーのほうがエルザさんより一回り以上身体が大きいことと、大剣という武器の特性上、ここまでの接近戦はそこまで得意じゃないみたいだ。
加えてエルザさんの身のこなしがすごくて、思うように捉えられない。
『お気をつけくださいませ。私のナイフに触れるだけで、その身体が腐り落ちますので』
『く……っ!』
よく見ると、彼女のククリナイフが紫色の液体で濡れていた。
いつの間にか牙の毒を|纏《まと》わせていたみたい。
『ちいっ!』
ライナーは丸太よりも太く長い尻尾を振り回して僅かに距離を作り、その隙に後退する。
でも、エルザさんはそれを許さない。
『畜生! 面倒くせえ!』
『そうですか。なら、存分に嫌がらせを……っ!?』
『なんてな♪』
『あああああああああああああああッッッ!?』
にたあ、と口の端を吊り上げ、いつの間にか大剣を手放していたライナーが鋭い爪でエルザさんの胸を切り裂いた。
鮮血が|迸《ほとばし》り、エルザさんの血を浴びて僕の身体まで赤く染まる。
だけど。
「えいっ!」
『っ!?』
淡い光が彼女の身体を包み込み、瞬く間に傷が塞がった。
それでも、残された濡れたエルザさんの血が、どれだけ酷い傷だったのかを証明するには充分だ。
「……すみません。僕、酷いことをさせてますよね」
たとえ僕の回復魔法で傷が治っても、受ける痛みをなかったことにはできない。
それだけ彼女に、苦痛を強要しているってことだから。
『何をおっしゃいますか。ギルベルト様のおかげで、私はメルセデス殿下のために何度でも戦うことができるのです。それに、自らあなた様の回復魔法を受けて思いましたが、こんなにも心強く、こんなにも温かいのです。それが、どれだけ私に勇気を与えてくださるか』
「エルザさん……」
にこり、と微笑むエルザさんに、僕は何も言えなくなる。
そう言ってくれたことで少しだけ救われた気分になるけど、それとは比べ物にならないほど罪悪感が押し寄せた。
せめて……せめて少しでも、彼女が痛みを感じる前に治療しないと。
『くそ……っ! なんだよその|出鱈目《でたらめ》な回復魔法はよおっ!』
悔しそうに歯噛みするライナー。
僕の回復魔法は、せっかく裏をかいて傷つけても、全てなかったことにされてしまうようなもの。この男からすれば、理不尽極まりないかもしれない。
そうだ。どんな攻撃をしても、僕が治す。
ならオマエにやれることは、一つしかないはずだろ。
僕は|その時《・・・》を、今か今かと待っているんだよ。
「どうする? このまま戦いを続けても、いずれオマエはエルザさんに敗北する。ほんの少しでも彼女のナイフで傷をつけられた時点で」
『黙れ黙れ黙れ! んなもん認めるかよ! てめえ等はここできっちり殺す! クラウス陛下の勝利のために! 俺は……俺達竜族は、これ以上ニンゲンどもに舐められるのは我慢ならねえんだよッッッ!』
「っ!?」
ライナーは再び大きな口を開け、ブレスを放つ態勢に入った。
青の魔法陣が浮かび上がり、僕達に狙いを定める……んだけど。
「あれは……っ!?」
口の中から|覗《のぞ》いていた、もう一つの小さな白い光の魔法陣。
きっとあれこそが、メルさんへの切り札。
「やっぱり、まだ隠し持って――」
――――――――――ッ!
灰色の竜に向けてメルさんが放った黒のブレスよりもさらに巨大な、白と青の螺旋のブレスが、エルザさんを……そして、その背中に乗る僕を包み込んだ。
『っ!? ギルくん!? ギルくうううううううううううんッッッ!』
ライナーが放ったブレスが大空を切り裂く中、メルさんの叫び声がこだまする。
とても痛々しくて、張り裂けそうで、心を|抉《えぐ》るような、そんな声。
クラウスとの『王選』の真っ最中なのに。
僕なんかに構っている暇なんてないのに。
それでも、僕のためにこんなにも想いを向けてくれるメルさん。
絶対に……絶対に、大切な|女性《ひと》を悲しませたりするもんか。
だから。
「えいっ」
僕は、回復魔法を使った。
……ううん、使い続けたんだ。
『はっ! ここで隠し玉を使っちまったのは痛えが、それでもニンゲンのガキを始末できたのはでけえ! ……あのガキは間違いなく、クラウス陛下の最大の障害になっちまう』
何というか、すごく過大評価されてる気がする。
僕なんてちっぽけな回復魔法しか使えない、|役立たず《・・・・》と呼ばれ、お父さんに捨てられた第六皇子なのに。
でも、そうだよね。
メルさんの傍にいるためには、|役立たず《・・・・》ではいられないから。
僕は――頑張るんだ。
『ひゃははははははははは! どうだ姫さんよお! あれだけ慕ってたガキが、跡形もなく消え…………………………は?』
ライナーは目を見開き、呆けた声を漏らす。
どうしてかって? そんなの決まってるよ。
だって。
『あ……あああ……ギルくん!』
――僕もエルザさんも、ちゃんと生きてるんだから。