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君の人生に幸せを、君を傷つけた者に絶望を

「ぐす……え、えへへ……っ」

 しばらく泣き叫び続けた僕だったけど、ようやく落ち着きを取り戻す。
 でも、メルセデスさんの言葉が嬉しすぎて、どうしてもにやけちゃうよ……って。

「メ、メルセデスさん。あの……もうそろそろ……」
「駄目です。ギルベルトくんはまだ泣いているじゃないですか」

 彼女は僕を抱きしめたまま、離そうとしてくれない。
 あったかくて、柔らかくて気持ちいいけど、そ、その、少し苦しいんだけど。

「それにしても、ギルベルトくんのことを|役立たず《・・・・》と言った者達……許しがたいですね。もちろん、先程君を傷つけたあの屑どもも」
「あ、あはは……」

 見上げると、美しいけど険しい表情のメルセデスさんがいる。
 今は人間の姿をしているけど、彼女の正体は巨大な黒い竜。きっと、ものすごく強いんだろうなあ……。

「ギルベルトくん」
「は、はい!」
「その……よろしければ、君のことを教えてくれませんか? これまでどのように生きてきたのか、どうして一人でこの森にいるのかを」

 真剣な表情で僕を見つめるメルセデスさん。
 これ……お話をしてくれるまで解放してくれない感じっぽい。

「……多分、聞いても楽しくないと思いますよ」
「それでも、私は知りたいのです。ギルベルトくんが、どういう男の子なのかを」

 顔を逸らすけど、メルセデスさんはなおも尋ねる。
 ……できれば話したくないけど、仕方ない、か。

「わ、分かりました……」

 僕は迷いながらも、結局お話をすることにした。
 そうじゃないとメルセデスさんが離してくれないからっていうのもあるけど、彼女なら、ちゃんと聞いてくれるからとも思ったから。

 |役立たず《・・・・》の僕を否定してくれた、メルセデスさんなら。

 この十年間の……僕の知っている僕の全てを、語り尽くした。
 お母さんが僕を産んですぐに死んでしまったこと。乳母のポルケ夫人に育てられたこと。物心ついた時から既に邪魔者扱いされていて、|役立たず《・・・・》と呼ばれて、いつも叩かれたりしていたこと。

 僕がハイリグス帝国の第六皇子だって知ったのは、六歳の時。
 その時は、初めて出会った貴族の人が、『これがお手付きで生まれた厄介者の第六皇子か』って、見下ろしながら言ったんだ。

 つい一か月前までは、僕はこの貴族の人に感謝していた。
 だってそのおかげで、僕にもお父さんがいるんだって……一人じゃないんだって、分かったから。

 皇宮に住んでいるのも、お父さんが『ここに住むように』ってしてくれたんだって、分かったから。

 だからどれだけ|役立たず《・・・・》って言われても、殴られても、蹴られても、つらくなんて……寂しくなんてなかった。
 ここに住み続けていれば、いつかお父さんに逢える。そう信じて。

「……といっても、僕はやっぱりいらない子で、暗黒の森に捨てられたんですけどね」

 全てを話し終えると、僕は|俯《うつむ》いたまま苦笑して頭を掻いた。
 そう……僕はここで死ぬために捨てられた。生きていると、きっと皇帝陛下にとって邪魔な存在になるから。

 皇宮の書庫で読んだ本にもあった。
 ええと……|落胤《らくいん》っていうのかな。王様の隠し子がいると、それを担ぎ上げて国の権力を握ろうとする人がいたり、最悪の場合、国が滅んでしまうこともあるって。

 つまり僕の存在とは、そういうもの、なんだけど……。

「メ、メルセデスさん!?」

 顔を上げると、メルセデスさんは涙を|零《こぼ》していた。
 真紅の瞳が透明な|雫《しずく》で輝いていて、不謹慎だと思いながらも宝石のように……ううん、宝石なんかよりも、もっともっと綺麗だって思えた。

「……許せません。君の人生を、尊厳を踏みにじった挙句、このような場所に捨て去ったニンゲン全てが」
「あ……」

 その美しい顔にこれ以上ないほどの怒りを滲ませ、メルセデスさんは呟いた。
 まさか僕なんかのためにそんなにも怒ってくれるなんて思ってもみなくて、逆に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 僕が余計なことを言わなければ、メルセデスさんは嫌な思いをしなくて済んだのに。

「その……ご、ごめんなさい。面白くもないお話をしてしまって……っ!?」
「いいえ……私こそ、そのようなつらい話をさせてしまい、申し訳ありません。……でも、安心してください」

 力いっぱい抱きしめてささやくと、メルセデスさんは僕の顔を見つめる。

「これからはこの私が、君にそのような思いをさせたりはしません。お約束します。君のこれからの人生に幸せを……そして、君を傷つけた者達全てに絶望を与えることを」
「あ、あの……」

 僕を見つめる彼女の瞳から、その言葉が嘘偽りではないことを悟る。
 彼女はどこまでも僕のために怒ってくれて、そんなことを言ってくれたんだってことを。

「その……お言葉だけで充分です。ありがとう、ございます……」

 メルセデスさんの肩をとん、と押して離れると、僕は深々とお辞儀をした。
 こんなふうに言ってくれたことは嬉しい。天にも昇る思いだ。

 だけど、僕なんかのためにこんな素晴らしい|女性《ひと》に迷惑をかけたくない。

 最初の出逢いで、メルセデスさんは全身に大怪我を負って、大変な思いをしていた。
 それはきっと、あの二人組をはじめ彼女の命を狙う人達がいるからに他ならない。

 なら……僕なんかが彼女の|傍《そば》にいたら、きっと邪魔になるから。

「し、心配いりません! 見てのとおり綺麗な小川もあって飲み水には困りませんし、不思議なことに魔物だって現れたりしません! だから、僕は一人でも生きていけます!」

 僕は精一杯の笑顔を見せ、大丈夫だってことを大袈裟に告げる。
 そうじゃないと、きっとこの優しい|女性《ひと》は僕なんかに縛られてしまう。

 その時。

「ほう……やはりと思い戻って見れば、案の定だったな」
「っ!?」

 先程の二人組が、木の陰から姿を現した。

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