新たな危機
「やったね、チップ!体調は大丈夫?」
レティシアは相棒の愛らしいリスに頬ずりした。
『へっちゃらだね!だって地下水脈からの水を利用したんだもの。僕は自分の魔力なんてちっとも使ってないよ』
チップの言葉にレティシアは心の底から安心した。未来の予知夢では、この戦いでチップは激しく魔力を消費してしまい、体調を悪くしてしまったのだ。
この戦いでチップの運命が変わったのならば、チップとレティシアが死んでしまう最悪の未来は変わったのではないだろうか。
チップはキラキラした瞳でレティシアを見つめた。
『レティシアも囮お疲れ様。怖かったでしょ?』
「ううん。チップがすぐに助けてくれるって信じてたし。それに、ティアラもいてくれたもの」
レティシアの言葉に、白馬のティアラは嬉しそうにヒヒンといなないた。
レティシアはティアラと長い間行動を共にして、なくてはならない存在になっていたのだ。
マティアス王子はイグニア国王を拘束し、イグニア国の統治権を手放す書状にサインをさせた。これにより、イグニア国はザイン王国の領土となったのだ。
マティアス王子は元イグニア国王から、ゲイド国との奸計を知らされた。イグニア国とゲイド国は、ザイン王国の国境から同時に進撃を開始すると。
つまりこの時を同じくして、ザイン王国の反対側にあるゲイド国はすでにザイン王国に対して攻撃を開始しているという事になる。もちろんザイン国との国境には国境警備兵が常駐している。だがゲイド軍が大軍で攻めてくれば守る事は不可能だろう。
マティアス王子はすぐさま行動に移った。腹心の部下とザイン王国軍兵士二百をイグニア国に置き、マティアスとリカオン、マクサ将軍と残りの三百の兵はすぐさまゲイド国国境に向かって移動を開始した。
レティシアもティアラにまたがりゲイド国へと急いだ。先に速馬が到着して、準備を整えていたのだろう。
レティシアたちはザイン王国内の街で水と食料の補給をした。そこでマティアス王子に衝撃の言葉を言われた。
「レティシア嬢。ティアラとはここで別れよう」
「!。どうしてですか?!王子殿下!」
「ティアラに無理をさせ過ぎている。俺もマックスはこの場に置いていく」
レティシアはぼう然としてしまった。戦争に参加した時から、レティシアはずっとティアラと一緒だった。まるで半身をもぎ取られるような気持ちだった。
固まったまま動かないレティシアの肩に、リカオンが優しく手を置いた。
「安心しろ、レティシア嬢。俺のイグニートも一緒だ。この街の者に馬たちの事を頼んでいる。戦争が終われば会えるから」
それでもふんぎりがつかないレティシアに、マティアスが声をかけた。
「レティシア嬢。君と霊獣殿は我がザイン王国軍に大きく貢献してくれた。レティシア嬢はこの場で休養を取り、遅れてくる歩兵隊と共に従軍してくれないか?それならばティアラに無理をさせる事はないだろう」
マティアス王子は、レティシアとティアラが離れなくてもよいように、王子軍と別行動を取るように提案してくれたのだ。
レティシアとチップが、マティアス王子と共にゲイド国国境付近に行かなければ、レティシアとチップは安全かもしれない。だが、レティシアはこの提案も受け入れ難かった。
レティシアは気づかないうちに、マティアス王子に好意を持っていた。決して好きになってはいけない人。未来の予知夢でマティアス王子は、レティシアを戦争の道具として妻に迎えたのだ。結果は惨憺たるものだった。マティアスへの恋慕に目がくらんだレティシアは、相棒のチップを危険にさらすだけではなく、みずからの命も失ったのだ。
道具として扱われても構わない。マティアス王子の役に立ちたい。レティシアはマティアスと共に行く事を選んだ。
レティシアは愛馬の頬に自分の頬をすりつけ、ありったけの愛情を込めたキスをした。
「ティアラ、約束するわ。戦争が終わったら必ず戻ってくるからね。それまで待ってて」
レティシアは後ろ髪を引かれる思いでティアラを残し、新しい馬にまたがった。