小さな革命編 7
企画書の続きだ。
記載する内容は、人間の労働耐久力。農作物の予想収穫量の上限と下限。それを売る時の卸値の予想。
などなど。
昼食前に地下で人間たちから聞いた話では、農業をやったことがあるのが2人。
それぞれこの国と、そして西の国でその経験があるそうだ。
他には商売をしていた女が1人と、鍛冶屋をしていた男が1人。
そして飲食店の下働きをしていた男が1人。
双子の子供は親の手伝いをしたことがあると自信満々に言っていたけど、おそらくは家事のお手伝い程度だろうし、なんらかの仕事の職務経験者とは言えないだろう。
「うーん。ガルト君? ちょっと待ってね。次の内容考えるから」
「えぇ。ごゆっくりと」
当初の予定通り、人間たちにしてもらう仕事はやはり農業かな。
鍛冶職人もいたから、農具も安く作れそうだし。
つーかフライブ君たちに聞けば、中古の農具を格安で売っているお店など教えてくれそうだ。
「じゃあ、ここに“業務内容”って書いてください。“業務内容”ってわかりますか?」
「タカーシ様? このガルトをなめないでいただきたい! “業務”の“内容”……至極簡単な文字です!」
あ、あぁ……そう。
ガルト君のよくわからない自信に俺が気押されていると、ガルト君が紙にペンを走らせる。
うん。俺は文字が読めないけど、明らかに……そう、明らかにアルメさんよりも字が綺麗だ。
しかも企画書づくりを先に進めることで、俺はガルト君のさらなる才能を目の当たりにした。
記載内容にちょっとした表を入れようかと思ったんだけど、ガルト君、直線とかもフリーハンドでまっすぐ引きやがるんだ。
円グラフをお願いしたら、綺麗な円を描くしな。
あと、しょっちゅうヘルちゃんの宿題もやらされるらしく、ガルト君はヘルちゃんの字の癖も完璧に真似できるらしい。
「す、凄いね」
俺がガルト君のペン使いに驚くと、ガルト君はにっこりと笑顔を返してきた。
この笑顔もやっぱり殺し屋じみててちょっと怖い。
と俺が引きつった笑顔をしていると、ここで4本腕の使用人さんが部屋に入ってきた。
「タカーシ様? ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい。どうしました?」
「いえ、その……」
ん? どうした?
「実は、屋敷の外にドモヴォーイ族の子供がいるのです。木の陰に隠れながら屋敷の方を観察しておりまして……。
魔力がバレバレだから気付いたのですが、でも私が近寄ろうとするとすぐに逃げ出してしまうのです。そして私が屋敷の中に戻ると、その子供はまた木の後ろに戻ってきまして……。
何がしたいのかよくわからなくて困っていたのですが、もしかしたらタカーシ様のご友人ではないかと思いまして……」
ドモ……ドモヴォ……?
どっかで聞いたことがあるような……。
俺は記憶をたどるために天井を見上げようとした。
しかし……
「ドルトムじゃないかしら?」
ヘルちゃんが即座に口を開き、俺ははっとする。
「その子、多分僕の友達です! バイエルさん、教えてくれてありがとうございます!」
ちなみに、4本腕の使用人さんの名前は“バイエル”さんだ。
多分男だと思うけど、ヘルちゃんたちを迎えてくれたのも彼だし、何を隠そう昨日山野を走りまわって汚れた俺の服をこっそり洗ってくれたのもこの使用人さんだ。
腕が4本あるだけに家事全般が得意で、セビージャさんとタッグを組んで料理をする時の効率の良さはもはや芸術と言ってもいい。
「ちょっと行ってくるね! すぐ戻るから!」
俺はヘルちゃんたちにそう告げ、部屋を飛び出す。
この談話室は玄関ホールからすぐのところにあるので、俺は数秒で玄関に到着し、扉を開けた。
屋敷を出て周りを見渡すと、毛むくじゃらの魔族がすぐに見つかった。
「おーい! ドルトムくーん!」
俺が叫びながら手を振ると、ドルトム君もすぐに俺に気づいた。
屋敷から50メートルほど離れた所に立つ木からこちらに向かってとことこと走り出し、俺との距離が数メートルになったところでドルトム君が大きく跳躍。俺に抱きついてきた。
「こ、こんにちは……タカ……タカーシ君……遊びにき……きちゃった」
「うん、こんにちは! よくここがわかったね」
やっぱりドルトム君だ。
なぜ木の陰に隠れていたのかと聞いてみたところ、屋敷の玄関に入るのが恥ずかしかったらしい。
でも昨日俺が伝えた屋敷の場所はここで間違いないし、周りには他の建物がないし。
そんなわけでドルトム君はこの屋敷が俺の家だと特定しつつも、やっぱりどうしていいかわからずに木の陰で困っていたとのことだ。
あぁ、可愛いなこんにゃろう!
ここはエールディから10キロ近く離れているし、そんな離れた場所までこんな幼児が独りで移動するということは治安上あまり望ましくないけど、この程度の距離は魔族にとってご近所程度だろうからいいとして、やっぱ可愛いな、こんちくしょう!
「ヘルちゃんとガルト君も来てるよ」
「う、うん。知って……るよ。ここに……ここに来る前に、2人の家にも行ったから……」
「そうなんだ。家の中入ろ!」
「お邪魔……します……」
俺がドルトム君の手を掴みながら家へと誘うと、ドルトム君も俺の手をがっちりと握り返してきた。
一応、次にこの家に来た時は玄関で誰かを呼ぶか、または魔力を放出すればここの使用人さんが気付いてくれるということをドルトム君に伝え、ついでに玄関の近くをうろちょろしていたセビージャさんたちにドルトム君を紹介しておくことで、次からスムーズに取次いでもらうようにしておく。
そして俺は再び談話室に戻った。
「あら。やっぱりドルトムでしたの?」
「……うん。こんにちは……ガルト君もこんにちは」
「えぇ。ごきげんよう」
それぞれが挨拶を交わし、ドルトム君を空いた席に座らせる。
んでもって作業再開だ。
といってもドルトム君には流石に難し過ぎることをやっているので、ドルトム君の相手はアルメさんにしてもらおう。
とアルメさんにその件をお願いしようとしたら、このオオカミ野郎、俺がドルトム君を迎えに外に行っている間に昼寝に入りやがった。
「ヘルちゃん? ドルトム君と遊んであげて。あっちにゲームがあるから」
「えぇ。わかりましたわ」
ヘルちゃんもドルトム君の相手を快く引き受けてくれたので問題なし。
つーかこの子たち、本来はいつも一緒に遊びまわっている友達だしな。
ガルト君の事務能力が高過ぎて誤解を招きかねないけど、ゲームで遊んでいるぐらいがこの子たちの正しい姿なんだ。
あと俺も一緒に遊びてぇ……。
「さて、それでは私たちは続きをしましょう」
でもガルト君にそう言われてしまっては、俺もサボっている場合じゃない。
次はそうだな。
人件費の試算も記載しておかないと。
そのためには、人間たちの勤務時間も決めないとな。
おっと。人間たちを休みなく働かせるわけにはいかないから、休日なども設定しないと。
そういえば、この国には平日と休日の概念があるっぽいんだった。誰が言ってたんだっけ? 親父だっけ? バレン将軍だっけ?
「ところでガルト君?」
「はい」
「この国で働く魔族の休みは何日に1度の頻度なの?」
「うーん。そうですねぇ……4日働いて、1日休み。といった具合でしょうか」
「なるほどなるほど」
ついでに、ここで俺はこの世界の年月日の概念について聞いてみた。
ガルト君の返答によると、1年は365日。週5日でそれが一年で73週らしい。
……
うん。1年の日数が地球と一緒だ。
この惑星には月という衛星も1つだけ存在しているし。なかなか気持ち悪いな。
でも月のテカリ具合は地球のそれよりはるかに明るいし、大陸の形は全然違うし。
もちろんここは地球ではない……はず。
広い宇宙、数えきれない恒星と惑星があるだろうけど、生物が住める環境ってどこも似たようなのかもしれん。
だからこの星も地球環境によく似ているんだ。
そういうことにしておこう。
んで、時間の概念に関してはどうもあやふやだ。
日中は日の出から日没までを5つに分け、“昼1時”~“昼5時”といった感じで区切って表現するらしい。
そして夜も同様に日没から日の出までを5等分する感じだ。
でも季節によって昼と夜の長さは変わるし、南北の位置によっても昼夜の長さは違う。
だからこれはあくまで目安の表記であり、この世界の“1時間”は季節ごと、土地ごとに変わってくる。
そして、エールディでは城にある大きな鐘でその時刻を伝えているが、我が家のような田舎では太陽の位置と月の位置でそれを把握するしかないとのことだ。
そういえばエールディでそんな音が鳴っていたな。
まぁいいや。そんなことより企画書だ。
じゃあ勤務日は4勤1休でいいな。
もちろん従業員となる人間たちには日々の仕事内容を日報として報告してもらい、人間の習性として俺がそれをデータにしておくことにしよう。
日報をまとめ、それを上司であるレバー大臣に上げるのは、2~3週間に1度ぐらいでいいかな。
しかし……。
「えーとぉ……人件費……」
人間たちに支払う給料や、その他必要経費の計算のところで俺は思わぬ壁にぶつかった。
例えばの話、1年の総人件費――つまり、1日1人当たりの人件費×人数分×日数という計算だ。
この程度の計算なんて前の世界では電卓やスマートフォンを使うことで簡単にできたし、筆算をすればそういう道具がなくても出来る。
でも今の俺は生まれたてのヴァンパイアであるという設定により、筆算をできないことになっている。
いや、もしかするとこの世界には筆算という計算方法そのものが無い可能性がある。
そんな状況で俺が紙の空いたスペースに筆算の式をメモるのはヤバいし、地球の数字を書くこと自体が非常にまずい。
と思ったけど、ここでもやはり妖精コンビの性能は俺の予想を大きく裏切った。
「1日当たり……銅貨15枚で、それが7人分……×(かける)73週……でも5日のうち1日が休みだからその分を引くと……ヘルタ様? 答えは?」
ぶつぶつと計算式を呟いていたガルト君が、急にヘルちゃんに聞いたんだ。
でもヘルちゃんはテーブルの残り半分の方にボードゲームのようなものを広げ、ドルトム君と遊び始めている。
だからヘルちゃんはガルト君の質問の内容を聞き返すか、またはゲームに熱中して無視してしまうかと俺は思った。
ところがヘルちゃんは視線をボードゲームに向けたまま、ガルト君の質問に即座に答えやがったんだ。
「4380……エールディなら銀貨20枚で銀貨1枚になるから、両替所で替えると銀貨で219枚。金貨を使う場合は金貨10枚と銀貨19枚の組み合わせよ」
即答……そう、即答だ。
「承知いたしました。金貨10枚……銀貨19枚……っと」
しかもガルト君が真面目な様子でヘルちゃんの計算結果を紙に書き始めたので、間違いではないらしい。
「え……? 本当に? 間違いないの?」
俺が疑り深く問いかけると、ガルト君がこちらに顔を向けた。
「もちろんです。ヘルタ様は計算の天才。そのヘルタ様がこうおっしゃったのですから間違いありません」
ちょっと自信満々に。あと自分の主人を疑われたという意味で、少しとげのある声色で。
でもガルト君は俺にそう言い切った。
「そ、そうなんだ」
「はい。エールディでもヘルタ様は屈指の算術学者。たまに新たな公式など開発したりしております」
くそ。
暴力系女子のくせに、こっちはこっちで理系のスペシャリストってか。
なんでこんな逸材が主従関係で、しかも俺の家に来ているんだよ。
お前らこそ御用学者として今すぐ国に仕えるべきじゃねぇのか?
いや、この国の政府機関にそういう部署があるのかわかんねぇけども!
「ヘルちゃん……ここ……ここの守り固めない……と、ぼ、僕が勝っちゃうよ……?」
あと、そのゲーム!
ルールは知らないけどなんとなくチェスっぽいから、計算得意なやつが強いはずだろ!
なのにヘルちゃん、ドルトム君相手に苦戦するどころか、今のドルトム君の発言から察するに完全にヘルちゃんが押されてんじゃん!
色々おかしいだろ! あと、悔しいからってアルメさんみたいな低い声で唸るな!
幼児相手にどんだけ必死やねん!?
「ま、参りました……」
つーかヘルちゃん降参しちゃったよ!
ゲームはドルトム君の方が強いのな! そうなんだな!
了解! 覚えておくわ!
「タカーシ様? どうなされました?」
「ん? い、いや……ヘルちゃん、凄いなって」
「えぇ。ヘルタ様は私めが計算をお願いすれば、たとえ寝ていても寝言で正確な答えを返すほどの天才。私めも算数の宿題をヘルタ様に手伝ってもらっております」
マジか。すげぇ……すげぇし、なかなか面白い機能だな……。
でも今のガルト君の発言が、ゲームに負けていらついていたヘルちゃんのかんに障ったらしい。
「ガルトが邪魔するから、ドルトムに負けっちゃったでしょう! あと、私が寝ている時に計算させるのは辞めなさいって言いましたわよね!? 夢の中で数字のお化けに追われて怖いから、本当に辞めて!!
今度やったらお父様に言いつけて、あなたの給金下げてもらいますわよ!」
「も、申し訳ございません! 2度としませんので、お許しください。ぜひともご慈悲をッ!」
あぁ……。
なんだかんだいって持ちつ持たれつ。どっちもどっちでお似合いのコンビなんだなぁ。
「まぁ、喧嘩はそのへんで。ガルト君、次は設備と道具の費用を……」
その後、俺はガルト君の協力のもと書類作りを進め、ヘルちゃんとドルトム君はゲームをしたり、本を読んだりしていた。
外見に大きな違いはあるものの、ドルトム君に絵本を読み聞かせるヘルちゃんは実のお姉さんのようだ。
だけどさ。2時間ぐらいしてソファーで寝ていたアルメさんが起きたんだけど、ここで俺がちょっといらついてしまったわ。
アルメさん、起きたのはいいんだけど俺たちの作業に混ざらないで、ヘルちゃんたちの遊びの方に混ざったんだ。
まぁ、字を書く役目はガルト君が引き続き引き受けてくれていたし、結局全員同じ部屋にいたわけだから、俺たち子供にわからないことはアルメさんに聞けばすぐに教えてくれたけど。
だから別にいいけど……せめて俺と一緒に作業に取り掛かるのが大人の振舞いなんじゃねぇの?
「タカーシ様?」
それとさ。
日が沈む頃に企画書がとりあえず出来上がったんだけど、ここでまた事件だ。
「なんですか?」
事務作業を終えて俺がお礼とばかりにガルト君の肩をマッサージしていたら、またバイエルさんが部屋に入ってきた。
「また来客です。今度はオオカミ族のお子様が……」
今度はフライブ君だ。
俺も長時間の仕事で精神的に疲れていたし、こういう時にはフライブ君の無邪気な笑顔をと思って、急いで玄関に向かったんだけど……。
「えぐ……ひぐ……ぐっ……みんなして……みんなで僕を仲間外れにして……僕が学校の時にみんなで……えーん! えーん!
ぼぐがいないどぎにみんなで……びどいよーー! ぼぐもいっじょにあどびだがったァ!」
「ち、違うよ! みんなは別々に僕の家に遊びに来てくれたんだよ! 偶然、そう、偶然だったんだよ!」
「ぼんどにぃ? ぼんどにみんなはぼぐを仲間外れにじでいないのぉッ!?」
「そ、そうだよ。それにほら! フライブ君は学校だったんだからしょうがなかったんだって! だから泣かないで!
ほら、一緒に遊ぼ! あっ、でも……もうすぐ夜だからみんなお家に帰らないといけな……」
「びえーーん! やっぱりダガージぐんはぼぐどあぞびだぐないんだァ!」
フライブ君の笑顔を癒されるどころか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔が玄関の外にいたんだ。
もうさ。号泣だ。
もちろんフライブ君を除け者にしたつもりはないし、ヘルちゃんたちも各々ここに来たんだし。
そもそもフライブ君は今日の午後に学校があったんだから、仕方ないじゃんよ。
どいつもこいつも可愛いな、こんちくしょう!
――じゃなくて。
フライブ君の願いは叶えられん。
もうすぐ夜になるし、いくら魔族だといっても夜遊びは子供の教育に悪いからな。
と思ったけど――。
「なんだ? タカーシの友人か? 何を泣いているんだ? とりあえず中に入ってもらいなさい。
あと、そろそろ日が暮れるから、なんだったら今日は泊ってもらうがいい。
両親にはアルメを遣わせて、ここに泊まることを伝えればいいだろう。
泣いている子を家に送り返すなど、ヨール家の名に傷がつくからな。はっはっは!」
偶然親父が仕事から帰ってきて、その親父の指示により、フライブ君たちが我が家に泊まることになった。