小さな革命編 6
昼食を終え、俺たちは1階にある20畳ほどの部屋に移動した。
ここは俺の両親や使用人さんたちから“談話室”と呼ばれ、適度な大きさのテーブルと数個の椅子がある部屋だ。
みんなでわいわい話し合いをするのに最適で、大きな窓がいくつもあるため太陽の光もよく入る。
アルメさんと俺の2人だけなら俺の部屋で作業をしてもよかったんだが、俺の部屋は6畳程度の広さだし、妖精コンビの2人もいるとなると流石に手狭だからな。
まぁ、こっから先は小難しい事務作業になるからヘルちゃんとガルト君にはついてこれないだろうし、幼い2人はすぐに企画書作りに飽きるだろう。
その時には俺たちの話を適当に聞きながら、この談話室でくつろいでいてもらうつもりだ。
俺はルールを知らないけど、部屋の端には子供でも遊べそうなボードゲームやカードゲームの類がいくつかあり、壁際の本棚には絵本もある。
寝心地の良さそうなソファーもあるので、なんだったらそこで昼寝などしてもらっても構わない。
この子たちはあくまで子供。俺の仕事にがっつり付き合わせるつもりはないし、わざわざ我が家に遊びに来てくれたのにかまってあげられないのがむしろ心苦しいぐらいだからな。
俺とアルメさんの作業に話し半分で付き合ってもらい、それに飽きたら勝手に遊んでてもらう。ヘルちゃんたちはそれぐらいの意気込みでいいだろうし、この部屋を選んだのはそのためだ。
それにこの屋敷には、ヘルちゃんたちの遊び相手を快く引きうけてくれそうな面倒見のいい使用人さんたちも揃っているしな。
「さて、それじゃ始めましょう」
アルメさんが用意してくれた大きな紙とインク、そして羽根ペンのような筆記用具を部屋の中心にある正方形のテーブルに置き、それを囲むように全員が椅子に座る。
俺が作業の開始を告げると、アルメさんがおもむろにペンを握り――いや、肉球と肉球の間にペンを挟み、インクの入った瓶にペン先をつけた。
ちなみにテーブルの上に広げられた紙は縦横80センチぐらいの大きさで、テーブルの半分ほどを埋めるぐらいのものだ。
だけどコピー用紙のようにつるつるした質感ではなく、どっちかっていうと厚い和紙みたいな感じ。この世界は製紙技術もさほど高くないのだろう。
最低でも下書き用と清書用の2枚は必要かもしれないけど、この大きさとなれば結構な値段になりそうだし、極力無駄遣いしないようにしないとな。
「じゃあ……まずは……」
俺は小さくつぶやきながら、記載内容の検討に入る。
企画書と言ってもまだ草案の段階だから、そんなにしっかりしたものじゃなくていいだろう。
でも、大臣さんともあろう御方に見せるものだし……やっぱ手を抜いちゃまずいかな。
趣旨、概要、費用試算と収益試算。あと実施体制、運用後のスケジュール。
趣旨には提案理由を書いて――西の国の事情とかも書いておいた方がいいのかな。この計画の大元は“西の国の脅威”に対抗するための人間調査だからなぁ。
といっても俺はまだ西の国の事情に詳しくないんだけど……。
まぁ、今回はアルメさんに西の国の知識を聞いて、その中から適当に抜粋してそれっぽく文章にまとめたものを提案理由として記載しておこう。
んで費用試算の項目には製造費用と原価、それと販売価格も記入して……。
市場全体の動向と競合他社についての調査と、ライバル社を倒すための――いや、倒した後の将来目標とかも一応入れておくか。
本来は“人間の生態調査”が目的なんだけどな。そこに利益が出るように計画を立てておけば、後々何かあった時にその利益が資金として役に立つはず。
おっと、上司に承認しておいてもらいたい項目もしっかり書いておかなくちゃ。
承認相手は――親父……じゃなくて、レバー大臣とやらにしておけばいいのかな。
承認内容は――予算と人員……あと、俺の職務権限ってことで。
ふふっ。だいぶ仕事っぽくなってきたな。
俺の記憶ではほんの数日前までやっていたことだけど、生まれ変わってからというもの色々あり過ぎたから、この感じがすげぇ懐かしいぞ。
――じゃなくて!
アルメさん、すげぇ!
俺が頭ん中で色々考えている間に、ちゃっかりペン回ししてるっ!
結構器用だな! おい!
肉球っていっても、アルメさんは大型犬以上の体格だから、肉球1つ1つがたこやき並みの大きさなのに!
そっから生えた爪も細かく操って、ぐるんぐるん回してるぅッ!
だけどぉ!
「アルメさん! 墨が飛び散ってますッ!」
さっきインクの瓶にペン突っ込んだばっかりじゃん!
それ回したらインク飛び散っちゃうだろうがァ!
「あら大変ッ! 申し訳ございません!」
そんでもって即座に椅子を降り、床で“服従のポーズ”をとるアルメさん。
まぁ、インクが飛び散ったのは机の上の紙とアルメさんのメイド服だけだったから、俺やヘルちゃんたちには被害がなかったけどさ。
だから許すけど、そのポーズとってる暇あったら雑巾取りに行ってくれねぇかな。
いや犬派の俺としてはそのポーズをとったアルメさん、めっちゃ愛らしいけども!
「わぉーーーん!」
「がうがう!」
あと、やっぱこの妖精コンビは俗に言う“ノリのいい”タイプの性格なんだろう。
床にあおむけで寝ながら、アルメさんの真似してオオカミみたいに吠え始めた。
そこまでの動きが芸人並みにめっちゃ速かったわ。
「ぞ、雑巾取りに行ってきますね。床に墨が付いちゃうから、アルメさんそのまま動かないでください。
あと、ヘルちゃんとガルト君は席に戻って!」
それと、こういう時に率先して動こうとする俺。
使用人が汚したテーブルとメイド服を拭くための雑巾を、主人が取りに行くなんて聞いたことねぇわ。
いや、今のアルメさんが下手に動くと被害が広がるから仕方ないけども!
そうじゃなくて! そうじゃなくて、俺とアルメさんの関係がどんどんおかしくなっていくし、あとヘルちゃんたちがやっぱ邪魔すぎる!
と思ったけど――
「きゃはは! ガルト? 墨が乾かないように、アルメさんの服についた汚れを水系魔法で少し滲ませてさしあげなさい!」
「はい。でも、この墨はおそらく速乾性。最近エールディに出始めた最新作かと思われます。ただの水系魔法では溶けませんので、熱めのお湯にしたほうがいいかと」
「あらそう。じゃあ、私が火を出すわ。ガルトは私の出した火の上に水を通して温めなさいな」
「御意」
「それとアルメさん? アルメさんは風系魔法の用意をお願いしますわね。私とガルトで創り出したお湯をしみの部分につけますから、タカーシが雑巾持ってきたらアルメさんは服の内側から風を送るのです。お湯に溶けた墨が風で服から引き剥がされ、雑巾に付着するようにです」
「え、えぇ……それで綺麗になるなら」
この妖精コンビは、なぜかクリーニング屋のシミ抜き技術のようなものを知っているらしい。
あと、水系魔法と炎系魔法、それと風系魔法の日常的な使い方についての知識もしっかりしているし、その応用方法をこの状況でぱっと思いつくあたりがなかなか賢い。
それなら……まっ、いっか。
「はい! これ、雑巾です!」
俺は全力で調理室に行き、セビージャさんから雑巾を貰い受ける。
それを持って談話室に戻ると、ヘルちゃんとガルト君、そして仰向け状態のままのアルメさんがぶつぶつと呪文を唱えていた。
んで俺がアルメさんに近寄った瞬間、それらの魔法が発動だ。
「おぉ!」
まずはガルト君の手から水の塊が創り出され、それがぷかぷかと宙に浮く。
細い管を通るような動きでヘルちゃんの手元に移動すると、ヘルちゃんが手のひらに発生させた炎の上を通って湯気を出し始めた。
一方でアルメさんの前脚の肉球からは、掃除機を逆流させたような細い竜巻の風が発生していた。アルメさんが風の強さを二、三度調整し、前脚を服の内側に潜り込ませる。
「よーし! 行きますわよう!」
ヘルちゃんの掛け声とともに、湯気の沸く水がアルメさんのメイド服に到達し、漆黒のインクを薄く滲ませる。そしてそのインクは服の内側から吹き出る風によって空間に飛ばされた。
もちろんインクが飛び立つ先には、俺が構える雑巾だ。
なんて言うんだっけ? キッチンの油汚れを蒸気で綺麗にするあの掃除機。
日本にいた時深夜の通販番組で見たことがあるけど、あれを魔法で創り出した感じだ。
「おぉ! とれるとれる!」
「えぇ、応急処置は完璧です。あとは普通にお洗濯をすれば綺麗になるでしょう」
ヘルちゃんとガルト君が嬉しそうに叫び、その言葉の通りにメイド服の汚れが取れていく。
それを確認した俺の「もう起きていいですよ」の言葉とともにアルメさんが起き上り、テーブルの上の汚れも同じ手法で綺麗にしたところで、一同は再び席に着いた。
「ふーう」
やっと作業開始だ。
紙にもインクがついているけど、広範囲にべったりというわけではないから、引き続きこの紙を使うことにした。
そもそもこれは下書きだから、多少汚れてても構わないんだ。
だから紙の汚れの件はいいとして……。
まったく……アルメさんってば、うっかりさんなんだからぁ。
でも面白いものが見れたので、よしとしておこう。
「あやうくセビージャに怒られるところだったわ。ヘルタとガルト。助かったわ。本当にありがとう」
アルメさんが申し訳なさそうに……それでいて安心したような表情で、ヘルちゃんたちに感謝の言葉を伝える。
ちなみに、アルメさんは俺に対してのみ敬語を使い、ヘルちゃんたちにはタメ口だ。
妖精コンビは基本的に普段から言葉遣いが丁寧だから違和感ないけど、そのヘルちゃんたちは主人である俺の友人なんだから、そこにも敬語を用いるのが普通だと思う。
だけどアルメさん的にはそういうもんらしい。
まぁ、ヘルちゃんたちは子供だし、大人が子供に接する時はタメ口を使った方がむしろ親近感を抱かれやすいから、別に間違いでもないしな。
あっ、そうだ。昨日フライブ君がアルメさんに話しかけた時はフライブ君の方がアルメさんに敬語を使っていたな。
アルメさんはオオカミの獣人族の中では高い地位にいるし、この国には身分制度のようなものもある。
種族ごとの関係性にも色々と複雑な仕組みがあったりするのかもしれない。
んで、そんなことはどうでもいい。
今は企画書作りだ。
「えーとぉ……まずは……」
俺はアルメさんの前に広げられた大きな紙を指差し――って、テーブルが大きすぎて俺の腕が届かねぇ。
「この計画の名前は……“人間生態観察計画”でいいでしょう」
そう言いながら俺は席を立ち、テーブルをはさむ形で俺と向かい合って座っていたアルメさんに近づく。
アルメさんの脇に移動したところで、俺は紙の左上を指差した。
「ここに、“人間生態観察計画”って書いてください。これぐらいの大きさで……」
たとえ俺が文字の読み書きをできなくても、こんな感じで記載する単語とその位置を指示していけば、なんとか形にはなるだろう。
そうやって進めていくつもりだ。
「はい、わかりました」
俺の指示に、アルメさんが軽やかな口調で答える。
この口調から察するに、アルメさんにとって書記係というものは大した苦でもないらしい。
この大きな肉球で……やっぱすげぇな。
あっ、でも――
「そういえばアルメさんが今から書く文字って、レバー大臣さんが読める文字ですか? というか、この国で正式に使われている“公用語”の文字みたいなのとかありますか?」
「ありますよ。それを使いますのでご安心ください。まぁ、レバー大臣ならオオカミ族の文字も読めるでしょうけど」
この世界の文字は――いや、この国独自の文字があったり、またはもっと細かく種族ごとに違う文字を使っているのかもしれない。
けど軍部に勤めていたことのあるアルメさんなら種族の垣根を越えた“公用語”の文字も扱えるはずだから、そこはあんまり心配してなかったんだけどさ。
アルメさん本人もその文字を書けるって言ってるし、問題ないんだけど。
でも、それが縦書きのみだったり、逆に横書きしかできなかったり。
横書きでもアラビア文字のように右から書く可能性だってあるし、予想外に下から上に向かって字を連ねることだってありうる。
俺がその文字のルールを軽くでも知っておかないと、書類のレイアウトがおかしくなっちゃうからそこはもう少し細かく聞いておこう。
「じゃあ、その公用語の文字を書く時に、縦書きとか横書きとか……そういうルールってあります?」
「はい。公用文字を書くときは、左から右へ。行を変える時は上から下になります」
あ、日本語の横書きと一緒だわ。
じゃあ、表題はこのまま紙の左上に書いておけばいいか。
んでこの紙はでかすぎるから、横に2段組みのレイアウトってことで。
「この紙を縦半分に分けるようにして……それで、左半分から書いていきましょう」
「わかりました。じゃあ書きますね? 場所はさっきタカーシ様が指示なされた位置でいいですか?」
「はい、お願いします。“人間観察計画”で……」
「……にん……げん……かんさつ……け……い……かく……っと!」
アルメさんがぶつぶつと呟きながら、象形文字のような文字を紙に記す。
例によって字を書く速度がすっげぇ遅いけど、それは仕方ない。
アルメさんの呟く言葉のタイミングと手の動きを観察するに、漢字のように一文字で複数の音を示す文字の連続で構成されているようだ。
と思ったら“観察”のあたりに差しかかったところで、ペンがいきなりぴよーんって横に動き、英語の筆記体のような文字になりやがった。
なかなかに複雑で、習得が困難そうな文字だ。
俺、学生時代は国語の成績がいい方じゃなかったし、この文字を習得するのには大人の精神を持つ俺でも苦労しそうだな。
でもいつまでも文字を書けないといろいろ不都合が生じそうだし、このプロジェクトが落ち着いたら、俺もアルメさんからなるべく早く文字を教わろう。
「はい。書きましたよ。タカーシ様? お次は?」
「じゃあ、次はこの辺に……これぐらいの大きさで、“趣旨”と書いてください。“計画の目的”とか、“計画発足理由”とかでもいいです」
「はい……。じゃあ“計画の目的”で」
そしてまたまたアルメさんが羽根ペンのような筆記用具を動かす。
俺が子供の外見にふさわしくない単語を口に出したことで、一瞬、アルメさんが疑惑の目のようなものを向けてきたけど、気付かなかったことにしておく。
アルメさん曰く、俺は“思慮深く、明晰なお子様”だから、多少小難しい言葉を口に出しても大丈夫なはずだ。
――いや、やっぱり気をつけよう。
文字も習得していない子供が“趣旨”とか“発足”とかいう単語を口に出したら怪し過ぎるわ。
ヘルちゃんたちも首をかしげながら俺を見ているし、今後はもうちょっと優しい単語で……。
「はい。じゃあ、次です。でもその前に……アルメさんが知っている西の国の事情とか教えてもらえますか?」
その後、俺とアルメさんはあれこれと話し合いながら書類作りを進める。
この計画の趣旨、そして計画の概論などを書いたところで、次は計画内容についての細かい記述だ。
と思ったけど……。
「ふーう! じゃあ今日のところはこれぐらいで終わりにしましょう!」
アルメさんが突如ペンを置き、一仕事終えたような爽快な顔でそう言いやがった。
いやいやいやいや! まだ30分も経ってないから!
そりゃその肉球でペンを器用に扱うのは精神的にも疲れるだろうけど、さすがに早すぎだろ!
俺、この資料今日中に作る予定なんだけどォ!
「ま、待ってください! まだ全然進んでいな……」
俺が慌てて止めに入るも、アルメさんはすっくと立ち上がり、少し離れたところに置いてあるソファーに向けて歩き出す。
「ちょっ……」
おいってば! そのまんまソファーで寝る気だろ!?
だめだって! アルメさん一度寝ちゃうとなかなか起きな……じゃなくて途中で前足をグイって伸ばして背伸びしてる!
前足か!? 前足が疲れたのか!?
細かい作業苦手だから、肩関節から肉球の先までがすでにお疲れモードなのかァ!?
「ぐぬゥ! ちょっと……席に戻……戻ってください。全然……終わってないですから」
「えぇ? もう疲れましたよう。あんなに文字書いたんですから今日は終わりにしましょうよーう」
ソファーに向かうアルメさんを俺が必死に食い止め、アルメさんはというと久しぶりにキャラがぶれて、小さな女の子が甘えているような声色で反論してきた。
もちろんアルメさんの声はすっげぇ低いし、低い声で甘い口調を発揮されても違和感がはんぱない。
でも俺としてはここ数日の付き合いでアルメさんの地声の低さには慣れていたので、単純にアルメさんの可愛い口調に一瞬だけ心が揺れてしまったわ。
あとソファーまでの道のりを阻止する俺をアルメさんがぐいぐい押してきているから、俺の体も実際に揺れているけど、ここは頑張らないと!
「ぐぬぬッ! ダ……ダメですってば」
「いーやーでーすーぅ! ちょっとお昼寝したいですーぅ!」
およそ1分。
俺はアルメさんの首を両腕でがっちりロックしながら、さらには体に秘めた魔力を使ってアルメさんを押し返す。
対するアルメさんも4本の足を床に踏ん張り、俺同様に魔力を放ちながら抵抗した。
横綱同士が千秋楽の優勝決定戦を行っているのかと錯覚するぐらいの激しい押し合いをしていると、ここで俺たちのことを爆笑しながら見ていたガルト君が割って入ってきた。
「タカーシ様? このガルトめがお手伝いしましょうか?
このガルト、文字も書けますし、アルメ様のように筆記作業が苦手というわけでもありません。
それに……獣人であるアルメ様に……そんな過酷な事務作業をさせるのは可哀そうです。獣人族は事務作業が苦手なのですよ?」
ついでにヘルちゃんも。
「そうですわね。タカーシ? ガルトにやらせなさいな。
ガルトは普段私のお父様に言われて屋敷のちょっとした事務作業もしていますし、大人並みに難しい文字も知っております。
私の宿題も手伝ってくれますし、字も綺麗ですのよ」
「そ……それは……ヘルタ様が……ごにょごにょ……ほとんど私めに……自分の宿題はちゃんと自分で……ごにょごにょ……」
なんという幸運。
ヘルちゃんが自分の宿題をガルト君に押し付けているという教育上喜ばしくない事情も垣間見れたけど、そこには触れずにおくとして……。
ガルト君が字を習得しているということは聞いていた。
でもその習得度は子供のレベルではなく、大人のそれに匹敵するものらしい。
ガルト君は意外と文系なのか?
「本当に? ガルト君ってそんなに凄いの?」
「凄いも何も……ガルトはコボルト族の学校で神童と呼ばれております。まだ子供なのに800歳ぐらい上の方々と一緒に授業をしておりますのよ」
「ふっふっふ。ありがたきお褒めのお言葉。まぁ、“公用語”と“妖精語”の授業だけですけどね」
やべぇ。天才だ。
ヴァンパイアと同じく時間の概念の桁がおかしくなっているけど、それもこの際スルーしておくとして――たぶん飛び級のようなシステムだと思うけど、殺し屋のくせに年上の連中と一緒に勉強しているだと?
そんなに頭いいのか?
「す、すごいね。じゃあ……お願い……しようかな……?」
「はい!」
書記係の代わりが見つかったので、俺はアルメさんの首から手を離す。
すると、アルメさんはソファーにごろりと横になりやがった。
「じゃあアルメさんは休んでてください。でも寝ちゃダメですよ? まだアルメさんに聞きたいことは色々あるんですから」
「はぁーいぃー。いつでもご質問くださいませぇ……」
アルメさんが気の抜けた返事をしてきたので、俺は引きつった顔でアルメさんの頭を撫でる。
なんかむかつくけど、やっぱ眠そうなアルメさんはとても可愛い。
なんて言ってる場合じゃない。
「いいですか? 本当に寝ないでくださいね!」
アルメさんに念を押しながら視線をテーブルの方に戻すと、さっきまでアルメさんが座っていた椅子にガルト君が座り、殺し屋のような笑顔をこちらに向けていた。
「さて、タカーシ様。作業を続けましょう!」
悔しいことに、残酷な笑顔でそう言ったこの時のガルト君がめっちゃ頼もしかったわ。