小さな革命編 8
「ふむふむ」
夜が深まり、俺は再び親父の書斎を訪れていた。
昨夜と同じく落ち着いた雰囲気の明かりが部屋を照らし、俺の目の前では親父が企画書を見ながら頷いている。
そんな親父の感想を、俺は机を挟んで対面する形で待っているわけだが、アルメさんやヘルちゃんたちに協力してもらいながら作成した企画書の出来には自信がある。
なので俺は緊張することもなく、椅子の上にだらしなく座りながら親父が資料を読み終わるのを待っていた。
「ふぁーあぁー……」
あぁ、眠い。あくびが止まんねぇ。
今何時ぐらいだろう……?
俺の体感的には日没から3時間ぐらい経っているから、夜9時ぐらいか。
やっぱこの体じゃ夜更かしを2日続けるのはキツいな。
昨夜親父に付き合わされて夜遅くまで起きていたせいで、若干生活リズムも狂い始めたし。
俺はまだ育ちざかりなんだから、親父もお袋も俺の育児についてはもう少し気を使うべきだと思う。
……じゃなくて、えーとぉ。
この世界では時刻の概念が地球の日本とちょっと違うから……。
日本における夜9時は、この世界だと――“夜1時半”といったところか。
いや、ちょっと待て。
2、3日前にアルメさんが「もうすぐ夏が来る」と言っていたから、この季節は夜の時間が1年で最も短い“夏至”に近い可能性もあるな。
そうなると夜の長さは地球換算で9時間ぐらいになるから……それを5等分して……いや、この屋敷の経度は日本と違うだろうから、単純に日本の日照時間との対比はできな……めんどくせぇ! 聞いちゃえ!
「お父さん?」
「ん?」
「今何時ぐらいでしょうか?」
「夜2時だな。どうした? 眠いのか?」
「はい、ちょっとだけ……」
ちなみに急遽我が家に泊まることとなったフライブ君たちは、すでに俺の部屋ですやすやと眠りについている。
俺のベッドは大人用のサイズだから、それを横に使う形で4人並んで仲良く寝ているんだ。
んでみんなが俺のベッドを使っているせいで、俺の寝るスペースが無くなってしまっている。
身長が俺より少し高いドルトム君が足をはみ出してしまって、それを補うために俺の部屋の椅子も使っちゃっているし。
だから、俺の部屋には床以外に寝るスペースがないという状況だ。
うーん。
さてさて……今日の夜はどこで寝ようか……?
もちろん俺の部屋の床は論外。
冷たいし硬いし。つーか床で寝るぐらいなら談話室のソファーで寝たほうがましだ。
でもあの部屋、夜中はすごく冷えるらしいんだよなぁ。
うん。風邪引きたくないからやめておこう。
優先順位の1位はもちろん、親父とお袋の寝室。
でも友人が泊りに来ているのに、俺が両親のベッドにもぐりこむのはなんか恥ずかしいんだよなぁ。
そうなってくると、次に俺の頭に浮かぶのはアルメさんの部屋だ。
夕食後俺はフライブ君たちと俺の部屋できゃっきゃ騒ぎながら、順番に湯浴びを済ませたんだけど、そのせいでアルメさんにマッサージを施せないままでいる。
アルメさんもアルメさんで、俺に「エスパニ様との話し合いが終わったら例の約束を果たしてくださいね」と言ってきたし、そもそもそういう感じの計画を昼間考えていた。
だから俺はこの話し合いが終わった後に、1度アルメさんの部屋に行く必要があるんだ。
眠いからちょっと嫌だけどな。
でも約束は約束だ。
その約束を果たすためアルメさんの部屋に行き、俺の施術を受けたアルメさんが寝たところで、俺もそのままアルメさんのベッドに潜り込む。
よし、決定!
「うぃっひっひっひ……」
実のところ、犬派の俺にとってアルメさんとの添い寝イベントが楽しみだということは否定できん。
アルメさんの寝相の悪さが怖いかと聞かれれば、今もまだちょっと怖い。
けれどもこの計画を思いついた時から、俺の隠された欲望が密かにくすぶり始めていたのも確かな事実だ。
自分の体よりも巨大で、体毛もふさふさな犬。そんな犬を抱き枕代わりにして、ぐっすりすやすや睡眠。
世の犬好きにとって1度は憧れるシチュエーションだろう。
でも……。
「ど、どうした……?」
無意識に気持ちの悪い笑い声を洩らしていた俺に、親父が怪訝そうな顔で聞いてきた。
「な、なんでもありません! これからアルメさんのところに行ってマッサージしてきますけど、決してやましい気持ちじゃないですから!」
ふーう。あっぶねぇ。
眠気と妄想のせいで油断してた。
いや、今の発言、ちょっと言い訳がましかったかな……?
俺はまだ純粋無垢な子供なんだから、余計な言い訳しなくったって、周りの大人が変な勘繰り――っておい! ちょ……親父が疑惑の目で俺を見てるぅ!
「あぁ。別にかまわんが……アルメはやめておけ。あれはあれで結構奔放な性格だから。あいつと結婚するとなると、お前絶対に尻に敷かれるぞ」
あのさぁ……。
誰が結婚なんて言った? 話を飛躍させ過ぎだってば。
犬好きの俺も、流石にそこまで考えねぇよ。
もちろんこの世界には異種族同士に恋心が芽生えることもあるっぽいし、バレン将軍や――あと、もしかしたらフライブ君もそういう生まれなのかもしれないけど、流石に犬はないって。
……あ、間違ってた。“犬”じゃなくて“オオカミ”だった。
もうどっちだっていいや。
あとアルメさんの性格は俺もよく知っている。
アルメさんが自由すぎて主従関係が逆転するんじゃねぇかって疑っちまうぐらい、俺自身が身を持って体験してるからなぁ!
「ぐ……」
でも俺は必死に耐える。
例によって俺は大人しいいい子ちゃんだからな!
と思ったけど、親父の次の発言で俺の顔は大きく歪んだ。
「でも、ヴァンパイアとオオカミ族の子……見てみたい気もする。でもその前に……ヴァンパイアとオオカミの交尾が必要だな……なかなか面白い絵になりそうだ……」
子供の前でそういうこと言うのやめてもらえねぇ!?
おい、親父! あんただよあんた!
かっこよく天井見つめながら、息子の前で何とんでもねぇこと言ってんだよ!
「いえ、僕は……多分、ヴァンパイアの人と結婚すると思います……普通の結婚を……」
「そうか……お前がそういうなら仕方あるまい。まぁ結婚なんて遥か先の話だし、その頃にはお前の考えも変わっているかも知れん。はっはっは!」
……
……
あぁ……もういいや。
さっさと親父の感想を聞いて、アルメさんの部屋に行こうかな。
いや、企画書の感想も明日でいいか。
別に急ぐわけでもないし、俺の眠気もマジでヤバくなってきた。
「お父さん?」
「ん?」
「僕、もうアルメさんの部屋に行っていいですか? その資料の感想は後でいいです」
そう言いながら立ち上がる俺。
とここで親父が物凄い速度で机を迂回し、俺の脇に音もなく立った。
「いや、企画書は読み終わってる。なかなかしっかりと予定を立てているようだな。
俺は戦いのことしか知らないから上手い助言は出来んが、これならレバー大臣に見せても大丈夫だろう。
よく頑張ったな」
おっし! 企画書づくり終わり!
いきなり高速で動いた親父にマジでビビったけど、笑顔で俺の頭を撫でてくれているし。
後は……そうだな。
じゃあ次はこの企画書をレバー大臣とやらにも見てもらわなきゃいけないから、それを親父に頼まないといけないな。
「はい! でも、これを作るのに、アルメさんとかガルト君にも手伝ってもらいました。あ、あと、ヘルちゃんも。
明日の朝にでもみんなのことを褒めてあげてくださいね」
「あぁ。わかっている。でも、お前も頑張っただろう? やはりお前は自慢の息子だ!」
そんでもって、親父は再び俺の頭を優しく撫で回してきた。
うんうん。そりゃそうだろう。
こんな子供がこんなに立派な書類を作ったんだ。父親として誇らしいに決まっている。
「ありがとうございます。じゃあ、次はこれをレバー大臣に読んでもらわないといけないですね」
もちろん俺も笑顔を返す。
作り笑顔だけど、親に褒められて喜びを隠せない子供の無邪気な笑顔だ。
だけど……。
「あぁ、そうだな。タカーシ? 明日、これを持ってレバー大臣に会いに行け。エールディの城の門番に取次いでもらえるよう、俺が手配しておく」
「え? あ……え……?」
ちょっと待て!
随分急だな。
その企画書、親父がレバー大臣に渡しておいてくれんじゃないの? 俺が直接会いに行くの?
それと、明日は午前に訓練あるんだけど……!
「ん? どうした?」
「いえ。あの……僕、明日訓練があるんですけど。午前に……。
バーダー教官に教わるは初めてなので、ぜひとも訓練に参加したいんですけど……」
「あぁ。そうなのか? じゃあ大臣にはお前が午後に城に来ると話しておく。それでいいか?」
「え……あ……はい。でも……お父さんは? 先にお父さんの所に行くようにすればいいんですよね?」
「いや。私は明日外回りで忙しいんだ。お前も聞いているだろう? 西の国との戦いが迫っている。
それに先立ち、バレン将軍の軍に所属する各種族の長を回らなくてはならんのだ」
「そ……そうですか……」
「そう怖がるな。ただの城だ。
さっきも言ったように、城の門番にお前の事を話しておくし、アルメもいることだし。
レバー大臣も堅苦しい人柄ではないから、気軽な気持ちで会いに行け」
マジか……。
そこまで言うなら……まぁ、別にいいけど……。
いや、よくねぇわ。
俺はまだこの世界の礼儀作法について詳しくはない。
レバー大臣が堅苦しい性格じゃないにしても、他の偉い魔族――例えば国王あたりに城の廊下で遭遇する可能性だってある。
そんな状況で俺がそそうなどしてしまったら、命を失いかねない。
そだな。城に行くまでの道すがら、アルメさんに挨拶の仕方ぐらいは聞いておこう。
「はい。わかりました」
最後に呟くように答え、俺は体を部屋の出入り口へと向ける。
「じゃあ僕はこのへんで。もう眠いです……おやすみなさい、お父さん」
だけど、最後に親父が念を押すように言ってきた。
「あぁ、おやすみなさい……あっ、あともう1つ」
「はい?」
「城に行ったらバレン将軍にも顔を見せろ。明日の午後は1番訓練場にいるはずだ」
お、おう。
でもなんでだろう。
あの人に会うのは別にいいけど、それが訓練場だと言われると、なんか嫌な予感がするな。
「バレン将軍がお前にやたらと会いたがっていた。なんなんだ? お前は一体、バレン将軍に何をしたんだ?」
嫌な予感が強くなった!
「さぁ……それじゃ失礼します。今度こそ本当におやすみなさい」
そして俺は腕を組みながら首をかしげている親父に頭を下げ、部屋を出た。
その後、俺は1度自分の部屋に戻ることにした。
フライブ君たちがちゃんと寝ているか確認しておこうと思ったんだけど、自室のドアを開けるなり、なかなかシュールな光景が入ってきたわ。
「がるるるるぅ……きゅるるるるぅ……」
アルメさんと同じく獣が唸るような声で――しかしながらいくらか高めの可愛いいびきをかいているフライブ君はまだいい。
でもだ。他の3人だ。
「うぅ……落ち……落ちるぅ……」
ドルトム君が窓を開け、窓枠から上半身を乗り出しながら爆睡してやがる。
寝言でうなされているけど、それ自分のせいじゃね……?
「う……浮くぅ……」
片や、ヘルちゃんはその逆だ。
つーかこのガキ、寝ながら空中をぷかぷか浮いてやがる。
ヘルちゃんが飛べるなんて初めて知ったわ。
すごくね!! いや、羽根があるんだから飛べてもおかしくないけども!
でも羽根はパタパタ動いてないし、つーか子供だとしても、この体重を浮かせるためには相当激しい羽根の動きをしないといけないはず。
じゃあ何か……? 魔力で飛んでんのか? そういう能力持ってんのか?
なんでその能力を訓練中に見せないんだよ!
それと浮いてんのも自分のせいな! 自分で降りろや!
「殺る……私が殺る……必ず殺す……」
最後、ガルト君!
姿が見えないからてっきりドルトム君が開けた窓から外に出てんのかと思ったけど、俺の衣装棚から変な寝言が聞こえてる!
そこ隠れてんのか? 暗殺者だから隠れてんのか?
怖すぎんだろ!
「おいしょ……! んー……うんしょ……!」
でも流石の俺もぐっすりと寝ている子供たちを起こすなんてことはできん。
なので各々を起こさないようそっとベッドに戻し、ついでにフライブ君が独占していた薄めの掛け布団を4人の体の上にしっかりと掛け直し、俺は部屋を出る。
その後、アルメさんの部屋に行くと、アルメさんがベッドの上で尻尾をパタパタと振りながら俺の事を待っていてくれた。
「……アールメさーん……」
「はいはーい! じゃあ早速お願いしますね!」
もちろんアルメさんも俺のマッサージをお待ちかねといったご様子だ。
「では、今宵の快楽を!」
俺は瞳を怪しく輝かせ、施術に入る。
ほどなくしてアルメさんを無事あっちの世界に旅立たせた俺もアルメさんのベッドに潜り込み、深い眠りへと堕ちた。