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川岸まで行くと、その姿がハッキリと見えた。
忙しなく飛び跳ねる人面魚。そう、それは本当に人の面をした魚だった。人間のような肌色ではなく、色は体と一体化している。体長はおよそ1メートル。思っていたより大きい。
なんというか──「鮭?」
「そうね。この人面魚は体が鮭だわ。美味しそうね」
「・・・わたしはそう思えませんが」
「空舞、お前目良いだろ。どんな顔してる」
「どんな顔?言うなら、老人ね」
「・・・わたしも、おじいさんに見えます。おじいさんが必死に跳ねてますね」
「老人面魚は初めて見たわ」と、早坂さん。
「違う人面魚も見たことあるんですか?」
「ええ、何度かね。前に見たのは若かったわ」
「へえ・・・」空舞さんの言う通り、人面魚はその辺にいるのか?そして、歳をとるのか?
「しかし、さっきから何を必死に飛び跳ねてんだ。俺たちに気づいてないだろ」
「だいたいすぐ逃げるのにね。ここまでじっくり見たのは初めてだわ」
「捕まえようとしてるのよ」空舞さんが言った。
「何を(だ)?」早坂さんと瀬野さんが同時に発した。
「飛んでいる虫よ。今、向こうから飛んでくる蝶が見えるかしら?」
「俺には無理だ」瀬野さんはよく見る前に諦めた。
「んー、あたしもそこまでは見えないわ」
「・・・わたしは見えます」嫌な予感がしてきた。
ひらひらと風に乗ってこちらへ飛んでくる蝶。
人面魚は気づいているのかいないのか、跳ねては潜りを繰り返している。
そして、人面魚が潜ったタイミングで蝶が真上にやって来る。水面から飛び出した人面魚は空中でそれを──パクリと──咥えた。
「うっ・・・」昨日の酒を戻しそうになり、手で口を塞いだ。
「あー、なんか食べたわね。それは見えたわ。美味しいのかしら?」
「やめてもらっていいですか・・・」
24年間生きてきて、自分の視力を初めて恨んだ。
獲物を仕留めた人面魚は水中に戻ると静かになった。
「出てこなくなったわね」
空舞さんの言葉に安堵したのも束の間、突如、おじいさんが水面から顔を出した。人間の顔だけを。その口からは蝶の胴体と白い羽が半分程見えている。それをムシャムシャと噛み締めるように食べている。
「オエ・・・」わたしは気を失いそうになり、隣にいる早坂さんの腕にしがみついた。
「あらあら、ちょっと、大丈夫?」
「・・・無理です」なんなら、気を失ってしまいたい。
「視力がいいのも考えもんだな」
同情する瀬野さんに、わたしの半分でも視力を分けてあげたい。