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「もしもーし、雪音ちゃん?聞こえる?」
わたしは観念して、携帯を耳に当てた。
「もっ、しもし」
「もしもし?何かあったの?」
声を聞いて、自分の態度に少し罪悪感を覚えた。早坂さんは本気で心配している。
「あの・・・空舞さんが妖怪を見たって言ってて」
「どんな?」
「人面魚・・・?らしいです」
「あー・・・なるほど。何処で?」
なるほどとは、なんぞ?
「あ、うちの近くの川です。いつもの」
「ちょっと待って」
そう言うと、早坂さんは電話の先で瀬野さんと何かを話し始めた。会話までは聞こえない。
「雪音ちゃん、空舞ちゃんそこに居るのよね?見たのはいつの話?」
「ついさっきよ。ここに来る前」
わたしが聞く前に、空舞さんが答えた。
近くにいるわたしの声は聞こえないのに、電話越しの声は聞こえるんですね。
そしてまた瀬野さんと会話が始まる。
「これから向かうわ」
「・・・えっ!」
「まだそこにいるとは限らないけど、聞いたからには一応ね。あなたも、来る?」
来る?の前に、妙な間があった。今は普通に話せているけど、早坂さんも多少なりとも気まずさを感じているんだろうか。
「行きます」
「了解。じゃあ・・・そうね、30分後にいつもの場所で」
「了解です」
通話を終え、ベッドの上でうずくまった。まさか、早坂さんがいるとは──想定出来なかったわけでもあるまい、自分の浅はかさがほとほと嫌になる。今更後悔しても遅いが──。
瀬野さんに連絡したこと、早坂さんは何て思っているかな。怒ってはいなかったけど、良い気はしないよね。わたしだったらそうだ。
「あなた、大丈夫?遊里たちは何て?」
「来るそうです、これから」
「そう、だったらあなたも早く支度をしたら?その酷い格好で行くつもり?」
ハッと、我に返った。そうだ、こんな所でうずくまってる場合じゃない。
昨日、シャワーを浴びずに寝てしまった自分を恨む。しかし場所はすぐそこだ、10分で浴びれば余裕で間に合う。服を脱ぎながら洗面所へ向かった。
シャワーの後は5分で化粧もどきを済ます。
浮腫んだ自分の顔を見て、更に後悔が増した。昨日の飲酒+つまみにカリカリ梅を食べ過ぎたせいだ。
こうなったら、昨日と同じキャップ+マスクで家を出る。