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うさぎの娘

 ザラニは十騎の騎兵と共に白馬の娘を追った。白馬の娘は、まるで森の妖精のように軽やかに走りまわっていた。

 ザラニたちは娘に気づかれないように距離を保ちながら娘の後を追った。しばらく馬で走ると、ちょうど崖の壁に出くわした。

 これはいい、娘が逃げられないように囲い込めば、さぞいい顔で怖がるだろう。ザラニは馬の速度をあげた。部下たちも続く。

 砂煙りをあげてザラニたちが近づくとさすがに娘は異変に気づいたようだ、馬止めて後ろを振り返り、ザラニたちを見て身体をこわばらせる。

「やぁ、お嬢さん。怖がらせて申し訳ありません。ですがここは危ないですよ?」
「・・・。何故、危ないのですか?」
「もうすぐここが戦場になるからですよ」

 ザラニはニヤニヤと笑いながら言った。娘が恐怖で悲鳴をあげるかと思ったからだ。だが娘は怖がるどころから満面の笑みを浮かべた。

「まぁ。では貴方さまは、イグニア国のザラニ将軍さまなのですか?」
「・・・。お嬢さん、何故私の名前を?」
「ああ。ごあいさつが遅れて申し訳ありません。わたくしはザイン王国軍の兵士にございます。せんえつながら先鋒をつとめさせていただくレティシア・ギオレンと申します。どうぞお見知りおきを」

 ザラニは表情を変えずに右手をあげた。部下の騎馬が一騎この場を去る。イグニア軍の本隊をここに集結させるためだ。

 おそらくザイン軍は崖を背にして、ここでイグニア軍と戦うつもりなのだろう。美しい娘に釣られ、まんまと移動させられてしまった。しかし、この場にいるのは娘一人で、ザイン軍もまだ到着はしていないようだ。

 だがザラニは、この時点ではあまり焦ってはいなかった。ザラニと騎馬隊がいれば、娘一人を片付けるなど造作もない事だからだ。娘はザラニの気持ちを読んだのか、笑顔で言った。

「ザラニ将軍さま。ここでお会いできたのも何かの縁。わたくしと一騎打ちをしていただけませんか?」
「これはこれは。レディに申し込まれたら、お受けしなければなりませんな」

 ザラニとて、百戦練磨の将軍だ。小娘一人に遅れを取るわけがない。ザラニは部下に向けて手を上げ、手を出すなと命令した。

 腰の剣を抜くと、高々と天にかかげた。小娘レティシアも腰の剣を抜いた。剣を交えれば折れてしまうのではないかと思うほど細身の剣だ。しかもレティシアは鎧を身につけていない。おそらく鎧が重くて装着できないのだろう。

 そんな小娘を先鋒にすえるとは、ザイン軍も落ちたものだ。ザラニには笑いが込み上げそうになるのを必死でこらえた。

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