イグニア軍
三百ものイグニア軍を指揮するザラニ将軍はニヤニヤとザイン王国の国境である平野を見つめていた。
もうすぐここにザイン王国軍の本隊がやってくるのだ。ザイン王国軍の強さはザラニも聞き知っている。だがザイン王国軍の強さは、圧倒的な第一王子のカリスマ性によるものだった。
第一王子は剣と魔法が巧みで、風魔法と剣を融合させた魔法剣の使い手だった。無謀にも第一王子が前線に立ち、第一王子の風の剣で敵軍をけちらし、士気を得たザイン王国軍が後から押し寄せてくるという戦法なのだ。
第一王子の魔法剣の対策は万全だ。そのためにイグニア国は多額の金を投じて、優秀な魔法使いをかき集めたのだ。
魔法使いたちが風の剣を防げれば、第一王子はただの剣士にすぎない。第一王子を仕留めれば、ザイン王国軍は総崩れになるはずだ。
これは誰が見ても勝負のわかるチェス戦なのだ。ザイン王国軍はキングが前線に出るという無謀な作戦を取っている。ザラニは網を張ってキングを囲い込めばよいのだ。
ザラニは母国のイグニア国領をにらんだ。臆病なイグニア国王は、ザラニに軍の権限を持たせ、自身は出城でのんびりと美しい侍女に給仕をさせているのだろう。
それでもいい。ザラニには野望があった。この戦争で勝利したあかつきには、イグニア国王の娘と結婚して、自身がイグニア王国になるのだ。ザラニの野望はもう目の前だった。
「ザラニ将軍!報告がございます!」
戻ってきた偵察部隊が敬礼した。ザラニがうなずくと何とも困ったような顔になった。
「ザイン国境付近を馬に乗った娘がうろついているのです」
ザラニが偵察部隊長について馬を走らせると、確かに国境付近でウロウロしている娘がいた。
ザラニがふところから望遠鏡を取り出して覗き込むと、目に飛び込んできたのはため息が出るほど美しい娘だった。黒い髪に白い肌、茶色い瞳、ともすると赤くも見える不思議な色だった。
あの娘を手に入れたい。ザラニは渇望に近い欲求が湧いた。偵察部隊長に笑いかけて言った。
「あの娘はザイン軍に何かゆかりがあるやもしれん。捕まえて尋問する。騎馬隊三十騎は私と共に来い。残りの部隊は私の指示があるまで待機、指揮は各部隊隊長に任せる。これからうさぎ狩りだ」
「ハッ!」
偵察部隊長がニヤリと笑った。ザラニの意図が通じたのだろう。
あの娘がザイン軍と関係があるなどとは考えてはいない。きっと間の悪いザイン国の娘なのだろう。あの娘を捕まえてなぶりものにしてやろう。きっと兵士たちの士気もあがるはずだ。ザラニは舌なめずりをした。