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小さな革命編 2


 おっと。急に俺の核心に迫る一言だ。
 でも、何なんだろうって……そりゃ俺が聞きたいぐら――

 ん?

 ……

 親父よ。
 それ、今日の昼にバレン将軍からまったくおんなじ台詞言われてっから。
 俺が何なのかは俺自身が不思議に思っているし、誰が1番辛いってそれは間違いなく俺なんだ。
 2度とその言葉口にすんな。意外と傷つくんだぞ。

「さ、さぁ……」

 でも、やっぱり強く言えない俺。
 まぁいいや。
 今さらそんなこと気にしてても仕方ないし、前向きに考えていこう。

「僕も不思議です。しかも、今日エールディの8番訓練場でバーダー教官という方から不可解な事を言われました」
「うむ。その件も聞いている。“紫”と“緑”。非常にまれな組み合わせの魔力だ。どういうことだろうな……?」

 この様子から察するに、親父の知識でも“緑”の魔力についてはお手上げのようだ。
 まぁ、バーダー教官とバレン将軍が2人揃っていたあの場で解明できなかったんだから、相当な難題なのだろう。
 親父がいくら“軍の頭脳”と評価されていたとしても、その知識はあくまで軍隊の運用や作戦立案とかに関するものであって、緑の魔力を持つという精霊に詳しい学者というわけではないんだ。

 まぁ、この件は俺やバーダー教官、そしてバレン将軍の間における共通の認識として、末永く見守っていこうということになっている。
 親父が知らなかったからといって今さら凹んだりはしない。

「でも、お前の魔力量は相当多いとも聞いた。その点は誇りに思っていいぞ。俺も嬉しい限りだ」

 あれ? いきなり励まされた。
 親父、意外と優しいな。

「しかしだなぁ……」

 と思ったら、急に顔が険しくなったな。
 じゃあ、やっぱりお次はあの件か?

「“血の儀式”に対するお前の考え……私としては容易に同意しかねん」

 やっぱりな。
 やっぱそうなるよな。

 でもだ。
 以前は俺のこの考えに激高した親父が、今はこんなにも淡々と喋っている。
 この違い。
 俺にはその理由が分かる。

「とは言え、バレン将軍が“無理強いするな”とおっしゃっていた。あの方にそう言われてしまうと、俺は逆らうことが出来ん。
 この間は無理をさせてすまなかったな。血の補充方法はお前の好きにすればいい。レアルマやアルメにもそう伝えておく」

 ふっふっふ。やっぱりだ。
 バレン将軍が親父を説得してくれていたんだ。
 そうなるように俺が“涙の訴え”をしたからなんだけどさ。

 あぁ、バレン将軍――なんていい人なんだろう。
 しかも、“人間の記憶”うんぬんに関して親父が聞いてこないあたり、バレン将軍はそれをしっかり隠しつつ親父を説得してくれたっぽい。
 そういう配慮もしっかりこなすなんて流石だ。
 親父がバレン将軍を褒め称えるのも当然なんだ。

 そして俺も今まさにバレン将軍のことが大好きになった。心の底から尊敬できると言ってもいい。
 出会って数日の短い関係だけど、俺がそんな気持ちになるほど素晴らしい魔族だし、そんなバレン将軍の存在は今の俺にとってとても頼もしい。

 あと、ついでに今俺に謝ってくれた親父も。
 見方によっちゃヴァンパイアの本能を俺が全否定したとも言えるのに、そんな俺の価値観をこうも簡単に認めてくれて、さらには親父の方から謝ってくれるなんて。
 なんか東京で俺が勤めていた会社の人間たちより、こっちの世界の魔族の方が人格者が多いんだけど。
 そう考えると……人間って意外ときたねぇんだな……。

「いえ。僕も自分がどんなことを主張していたのか。その重大さは分かっております。結果、ご心配をかけることになってしまって申し訳なかったです。でも……お父さんが“僕のお父さん”で……本当によかったぁ!」

 言葉の最後に子供の口調で笑顔を見せたら――途端に親父が泣き崩れた。
 ――って、おいおい! 泣き出しちゃったよ!
 んで親父がすんげぇ速度で机を回り込んで、俺の体をぎゅって抱きしめやがった!
 そんでもって引き続き泣いている!

 どどど、どうした!? 親父の心に何が起きたっ!?
 俺そんなにおかしいこと言ったか!?

「えぐ……えぐ……やたらと大人びていて……そんなお前のことが気味悪いとさえ思ってしまったけど……。
 やはりお前は俺の子だ! 俺とレアルマの自慢の息子だ! 我がヨール家の立派な跡継ぎなんだ! ぐぉーーん!」

 あー……俺、おかしいこと言ってたわ。
 おかしいっていうか、俺を気味悪がっていた親父の心を安心させるような言動だったと思うんだけど、さっき台詞の最後に子供っぽい口調で親父ににっこり笑い掛けちゃったのが親父の心に響いたんだな。

 でも親父から見た俺も、やっぱりそんだけ異常だったってことだよな。
 実の父である親父がこの程度の言葉で泣き崩れるぐらい、俺の存在を不安に思っていたんだ。

 そうだな。もうちょっと子供っぽく。
 今後はそんな感じでちょくちょく甘えておこう。
 それと、やっぱ今日の夜は親父に甘えて一緒に寝させてもらおう。
 それが今俺が親父に対して出来る最大限の親孝行のような気がする。

 でも俺のことを“気味悪い”って言ったのは、一生忘れねぇからな。

「お、お父さん? なんで泣くのですか? 落ち着いてください。赤ちゃんみたいですよ?」

 俺は明るい口調で親父の背中をぽんぽんと叩き、それを合図に親父が俺を抱きしめていた両腕の力を緩めた。

「ふーぅ……ふーぅ……すまない。取り乱した」

 その後親父はしばし深呼吸して心を落ち着かせた後、自分の椅子に戻った。

「しかし、生態観察のために人間の奴隷を組織的に働かせ、それを私とお前が管理するなど、私は不安で仕方がない。私の本分は軍の仕事だから、その計画につきっきりというわけにはいかん。お前がどんなに大人びているからと言っても、それをこなせるほどの大人ではないだろう。お前はまだまだ子供だ。のんびりと日々を過ごし、のびのびと育ってほしい。そんな重圧など与えたくはないのだ」

 おう。その教育方針には賛成だ。
 俺の精神年齢が大人じゃなかったらな。
 だけど俺の心は大人だし、これから俺がやろうとしていることはただの“仕事”だ。
 しかも見た目が子供な俺だけあって、周りからかけられる期待はあくまで小さい。
 国の予算から資金を調達できるならヨール家の家計にも影響出ないだろうし、最悪利益が出なくても“人間の観察”という目的さえ達成できればいいんだ。
 なのでハードルは結構低いんだ。

「重圧なんて感じてないから大丈夫です。お父さんにも出来るだけ迷惑をかけないようにします。なにより僕がやってみたい。それにお父さんも……やってみたいですよね?」

 ふっふっふ!
 バレン将軍の情報によると、親父は隠れた人間マニアとのこと。
 いや、会議で名前が上がるぐらいだから、隠しているわけではないのかもしれないな。
 親父にそんな趣味があるなら、俺たち2人がこの計画を断る理由なんてない。

「あぁ。それは……そうなんだが。なんだ? バレン将軍から聞いたのか?」
「はい。お父さんが人間の生態に興味を持っていると」
「その通りだ。じゃあ……とりあえず話を進めてみるか……?」

 ここで親父は真剣な瞳で俺の顔をじっくりと見つめてきた。

 よし。
 じゃあ、早速具体的な話を進めてみよう。

「はい。今のところ、僕は人間に農業をさせながら、その生態を観察していこうと思っております」
「農業?」
「えぇ。手っ取り早く仕事に従事できる職業……と考えたら農業が頭に浮かびました。もちろん、作物をしっかり育て、それを品質のいい商品として市場に売り出すには相応の技術と経験が必要となるでしょう。でも最初のとっかかりとして、農業は他の職業よりも手をつけやすい。
 専門的な技術の育成まで時間のかかる職業……たとえば鍛冶職人や大工などはそうもいかないですが、農業ならば経験者が1人でもいれば、他の全員がその人間の指示に従って業務に従事できる。頭数と道具さえ揃えればすぐに事業を開始できるでしょう。
 とはいえ地下にいる人間たちに話を聞き、彼らの仕事経験などを考慮してから再度考え直す可能性もあります」

「確かに……」

「問題は農地の確保です。この屋敷の周りはいい感じの川が流れていて、丘の土もよさそうです。でも屋敷の周りの景観が壊れるから、僕としては嫌です。
 といってもあまり屋敷から離れたところに農地を構えると、僕たちの目が届きにくくなるので思わしくない。僕たちが目を離した隙に、人間が通りすがりの魔族におやつがてらに捕食されたりしたらたまったもんじゃありません。
 裏山の向こうに適度な原っぱがありましたので、そこの土地を借りましょう。そこなら何かあったらすぐに行けますし、僕やお父さんがエールディに行っている時でも、屋敷の誰かが魔力の異常に気付くことが出来る」

「え? あ……え?」

 親父が慌て始めたけど、がんばってついてこい!
 これが東京のサラリーマンの仕事の速度だぞ!

 いや、こういう時に矢継ぎ早に言葉を続ける俺の悪い癖なだけなのかもしれないけど。
 親父と今まで以上に仲良くなれて、俺も若干気分がいいんだ。
 テンション上がっちまったものは仕方ないよな。
 なにはともあれ、頑張ってついてこい!

「これから地下へ行き、人間たちと話し合ってみますね。仕事経験などを聞いてこないと。加えて、新たな人間の補充も必要かもしれません。仕事は経験が重要。お父さんたちが毎月人間を殺すことで、人間の顔ぶれがその度に変わってしまうと仕事の品質がいつになっても上がらない。お父さんたちの血の儀式用の人間と、観察計画用の人間を分けなくてはならないのです。僕は観察計画用の人間から血を分けてもらいます。
 それと政府の方にも協力者が必要ですね。お父さんやバレン将軍のような軍関係者ではなくて、経済に明るい魔族の方の協力者を。あと、農作業中の人間が魔族に襲われないよう、護衛用というか見張りというか。そういう魔族も数人欲しいです。後でバレン将軍に計画書を見せることになっておりますが、その前に今話したことを書類にまとめてお父さんに見てもらいますね」

 ふーう。
 久々に仕事してるって感じだな。
 しかも今は上司から面倒事を押しつけられたわけじゃなく、自分のために前向きに仕事に取り組んでいる。
 それが非常に心地いい。

 対照的に、親父は俺の話に途中からついてこれなくなっているっぽい。
 少しやり過ぎたか?

「少し落ち着け。話が早すぎる。あと……」

 しかし、親父が慌てるように俺の言葉を遮ったのには理由があった。

「農地の件に戻すけど……」
「はい?」
「裏山の向こうの平原……あれもヨール家の土地なんだが。さらにその向こうの山も」
「え……? マジで?」
「マジだ。あそこなら自由に使えるぞ。もちろんあの土地の使用なら俺が許可する」

 おいおいおいおい。
 ヨール家めっちゃ裕福じゃん!
 家計の心配した俺がバカみたいじゃん!

「あと、お前……文字書けないだろう?」

 そ、そうだよ! 知ってるわ!
 そういう意味じゃフライブ君より――いや、ドルトム君より幼いわ!
 あぁ、俺はバカだよ!
 企画書はアルメさんに書いてもらう予定なんだってば!

「そ、それはアルメさんに手伝ってもらおうかと」
「そうか。それならばよい。それと政府の協力者についてだが、ドワーフ族のレバー・クーゼン大臣が協力して下さるだろう。御前会議であの方が発案し、私に押しつけようとしていたのだからな。協力ぐらいはしてくれるだろう。
 いや、させる! 絶対あの方を巻き込んでやるからな!」

 ど、ど、ドワーフ……聞いたことがあるぞ。
 有名な小人の種族だよな。
 あと、どうでもいいんだけど、親父はそのレバー大臣とやらに何か恨みでもあるのか?
 俺、そういうぴりぴりした人間関係――じゃなくて魔族関係嫌いなんだけど。
 そんなに嫌なら別の魔族に頼めばいいじゃんよ。

「お、お父さん?」
「ん?」
「その……レバー大臣さん……嫌なら別の方に頼んでもいいのではないでしょうか?」
「ん? 別に嫌じゃないぞ」
「あれ? 嫌いなのでは?」
「いや……あの方とは腐れ縁でな。たまに飲みに行ったりもする」

「仲良しかいッ! 紛らわしいんじゃ、われェ!」

「……」

「……」

 はッ!!
 ヤバい! ついつい本音が!

「す、すまん。まさかタカーシがそんな怒鳴り声を……」
「いえいえいえいえ! ごめんなさい! 冗談です! ついつい調子に乗って、冗談言ってみたくなったんです!」
「僕、今まで以上にお父さんと仲良くなれたような気がするから! だからついつい悪ノリしちゃったんです! ごめんさい! 僕の“大好きな”お父さん!」

 あっ、親父が笑顔になった。
 ふーう。一安心だ。

「そうかそうか。ならよかった。さて、タカーシ? 予算の件と見張り役の件は気にするな。この計画はそもそも御前会議で提案されるような案件だ。それぐらいは簡単に確保できる」
「そうですか。それはよかった。じゃあ、僕は早速地下に行って人間たちと話し合ってみます」

 善は急げ!
 人間たちがあの地下の部屋の奥でどのように生活しているのか。つーかまだ寝ずに起きているか。
 そこらへんが気になるけど、とりあえず地下に行ってみよう。
 寝てたら寝てたで、彼らを起こすのは可哀そうだから明日にでも出直そうと思うけど、善は急がないとな!

「では、今日はこれにて。おやすみなさい、お父さん。あっ、でも僕のベッドがアルメさんにとられているので、今日はお父さんたちのベッドに混ぜてもらっていいですか?」
「お、おう。もちろんだ。しかし、お前がそんなこと言うの初めてだな」
「僕だってたまにはお父さんたちと寝たいのです。じゃあ、後で寝室に伺わせてもらいますね」

 最後ににっこりと笑いかけ、俺は椅子から立ち上がる。ヴァンパイア方式のお辞儀で頭を下げ、部屋を出ようとした。

 しかし――

「そうあわてるな。もう少しゆっくりして行け。バレン将軍から軽く聞いたが、今日お前に友人が出来たのだろう? 聞けばなかなか面白そうな魔族たちらしいな。お前の友達について話してくれ」

 結局、その後俺は親父に今日の事を話すことになった。たっぷりと時間をかけて――多分3時間ぐらいかかったと思う。
 途中から親父の自分語りが始まっちゃって、本当に逃げたくなったわ。
 でも、なんとなくだけどこの会話によって俺と親父は本当の親子になったような気がする。

 俺が親父に話した内容は、フライブ君たちの事。あと、アルメさんから誕生祝いを貰ったことを話したら、親父たちからのプレゼントは何がいいかと聞かれた。俺としては今現在これといって欲しいものは特に無い。

 いや、1つあったんだ。
 バレン将軍が持っていたような、かっこいい剣。俺も近々訓練場に通うことになるし、真剣の1つも持っておきたい。
 親父曰く、ヴァンパイアは爪が発達しているから攻撃にそれを利用できるし、バレン将軍は人間とのハーフということで爪が弱いから戦いに剣を用いているだけらしい。
 けど、やっぱかっこいいから俺もあんな剣が欲しいんだ。

 ということで近いうちに親父とエールディの武器屋に行く約束を取り付けることができたんだけど、話の流れでバレン将軍のことに話題が移り、とても不安な事を親父の口から聞いてしまった。

「今日、お前と会った後のバレン将軍なんだがな。軍の詰め所に戻ってきたときから雰囲気が変だったんだ。やけに機嫌がいいと思ったら、無言で遠くを見つめ始めたり。発情期が始まったような……そんな雰囲気だった。
 お前、バレン将軍に何した?」

 何した? って言われても、俺がバレン将軍に何かできるわけないだろ?
 思い当たることと言ったら、冗談がてら、こ、婚約させられたけど……言わないことにしよう。
 うん。まさかあれが本気だったなんて……そそそ、そんなわけない。

 あんなとんでもねぇ美人。俺としては願ってもない縁談だけど、子供姿の俺に真剣に惚れているとすれば、バレン将軍は変態だ。
 大人のバレン将軍と子供姿の俺に過ちがあってはならない。
 俺の倫理観がそう訴えている。

 いや、むしろ我が子のように気に入ってくれているのかもな。
 自分で言うのもなんだけど俺は分別の付く大人だし、それはバレン将軍から見たら“聞分けのいい、とてもいい子”ということになる。
 うん、そう……そうだ。そうなんだ。

「別に……何もしてませんよ。普通に会話しただけです」
「そうか……うーん。でも、あのバレン将軍があんな風になるなんて……一体何なんだろうな……」

 その後、ばつの悪くなった俺はそそくさと部屋を後にすることにした。
 真夜中になっちゃったから、地下に行って人間たちと話し合うのは明日にしよう。
 親父はもう少し起きているとのことなので、俺は一度自室に戻り、アルメさんを起こさないように枕だけ抜き取る。
 気持ち良さそうに眠るアルメさんがなんかムカついたので、30秒ほど肉球をぷよぷよしておいた。

「くっくっく……ざまぁみろ……」

 アルメさんを起こさないように小さくつぶやき、俺は静かに親父たちの寝室に向かう。
 ドアを開けると、お袋が驚きながらも優しく迎え入れてくれた。

しおり