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「お前、そんな事言うとストーカーが悪化するぞ」
前方からの突っ込みに、早坂さんはガクッと頭を垂れた。
「・・・腹立つけど、今のは助かったわ」
「助かった?」わたしの頭の上にはクエスチョンマークが1つ。
「勝手にね、手が出そうになるのよ」
「・・・手?」クエスチョンマークがまた1つ。
早坂さんはわたしの頭をワシャワシャと掻き乱した。
「なんでもないわ」
──全く意味がわからないんですけど。
その意味を理解したのは、それから数分後だった。窓の外を眺めながら、昨日の事を思い出していた。目を開けた時、早坂さんの顔がすぐ近くにあった。ほんの、数センチ先に。
手が出そうになるって、そういう事?わたしに対して?
横目で早坂さんを見ると、澄ました顔で携帯をいじっている。
首にキスしたり、額にキスしたり、口に──しかけたり──この人の行動はわからなすぎて、本当に腹が立つ。
「たらし・・・」
車の音でかき消されるくらいの小声で呟いたが、早坂さんはピクリと反応してこちらを見た。
「今、何か言ったわよね」
「言ってません」
「嘘おっしゃい!聞こえたわよ」
「何も言ってないので空耳ですね」
「なんでそんな事ばっか言うの!ねえ、ちょっと、聞いてる?」
そんな事ばっかりって、逆になんでそんな事ばかりするんですか?わたしは窓の外に目を向け、早坂さんの抗議を無視し続けた。
瀬野さんを降ろした後は、早坂さんの命令で助手席へ移動してわたしの家へと向かった。
一瞬だった。家がもっと遠くだったらよかったのに。最近は毎回思う。そう思うのは、もっと一緒にいたいからで──やっぱり、わたしはこの人が好きなんだと実感させられる。
「じゃあ、今日もありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね」
「あなたもね」
ドアを開けようとしたわたしの手を、早坂さんが掴んだ。
「雪音ちゃん、何か、悩み事ある?」
本日3つ目のクエスチョンマークが現れた。
「え?悩み事?・・・ですか?」
「勘違いだったらいいんだけど、今日お店から出てきた時、少し元気ないように見えたから。何かあったかなって」
── この人は本当に・・・ここまで来ると、怖さすら覚える。
今日は店を出た後すぐに泳斗くんを見つけて、そんな素振りは一切無かったはずなのに。