12
──頭の中に、嫌な考えが押し寄せる。
泳斗くんには何の記憶もない。物心がついた時からずっとあの池にいたということは・・・産まれてすぐ、捨てられた──?
「でも、泳斗くんは何も覚えてないのに、どうして言葉を話せるんだろう・・・」
「ああ、僕も産まれた時から話せたよ」
「・・・・・・えっ」
「お腹の中で母親の言葉を聞いて覚えたみたいなんだ。僕自身、よくわかっていないんだけどね。母親は驚いていたよ」
いや、わたしも驚きというか、驚愕なのですが。
財前さんは堪えかねたようにプッと噴き出した。
「君の表情はコロコロ変わって、見てて飽きないよ。ついさっきまでは険しい顔をしていたのに」
あんぐりと開いた口を閉じた。
「でしょ?それが可愛いのよぉ」
早坂さんの顎がわたしの肩に乗る。
「早坂さん、近い」
これ以上何か言われる前に、早坂さんの顔を押しやった。
「それで、コイツはどーする?あの池にまた戻すか?」
財前さんではないが、自分の表情を制御出来ない。あの場所に、また戻す?あそこに、あの池に、1人ポツンと居る泳斗くんを想像すると胸が締め付けられた。かといって、わたしに出来る事は何もない。だから何も言えない。
「泳斗くん、君はまた、あの場所に帰りたいかい?」
財前さんの言葉にわたしは顔を上げ、泳斗くんはわたしを見上げた。
「ユキネは、くる?」
「あ・・・遊びには行けるけど・・・ずっと一緒にいるのは、無理なんだ・・・ゴメン」
泳斗くんは、わたしの腕をギュッと自分に巻きつけた。
「ボク、帰りたくない。帰らないと、ダメ?」
── 財前さんの反応が知りたいけど、彼の顔が見れない。もしそこに、少しでも否定の色が見えたらと思うと、こわい。
「ダメ、じゃないよ」
一瞬、心臓が飛び跳ねたが、聞き間違いではないよね?
「だったら、僕と一緒に暮らさないか?泳斗くん」
「ッ・・・ええええッ!?」
「大きな声を出さないでって何度言ったらわかるの?」
「ゴメンナサイ!・・・あのっ、いいんですか?」
「ああ、僕は留守にする事が多いけど、雪人(ゆきひと)もいるし大丈夫だろう」
「・・・ゆきひと?」
「あ、雪音ちゃん会ったことなかったかしら?」
「雪人、入りなさい」
財前さんが廊下に向かって言うと、すぐに襖が開いた。