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初めてのお出かけ編 8


「さて、無理矢理連れ出してすまなかったな」
「いいえ。僕もバレン将軍に相談したいことがありましたので」
「ほう。それはお互い好都合だったな」

 エールディの肉料理店。
 城の方向に向かって8番訓練場から20分ほど歩き、貴族のものと思われる豪華な建物がちらほらと見えてきたあたりにある飲食店の1つに俺たちは入った。
 肉料理というからには大衆食堂みたいな店舗を想像していたけど、この店は格式高い雰囲気で料理の値段も高そうだ。
 俺たちが案内された席も静かな個室だし、こんな店の料理を知っているなんてさすがは“将軍”といったところか。

 ちなみにアルメさんはバレン将軍の計らいで他の高級料理店――間違いなく人肉を出すお店なんだろうけど、そっちに行っている。
 別れ際にバレン将軍が「領収書はエスパニに渡せ。軍の経費で落とすから思いっきりいい肉食べて来い」という横領まがいな一言を口に出したので、アルメさんの喜びはひとしおだ。
 別行動したアルメさんとは食後この店の前で落ち合う手筈となっているし、諸々問題ない。

 それとフライブ君たちとは昼食後に再び8番訓練場の入り口で落ち合い、山へと遊びに行く予定だ。
 ヨール家の屋敷の周りの山はすでに探検済みだけど、この世界の子供がどういうふうに遊んでいるのかの調査という意味で非常に興味深い。
 もちろん大人の価値観を持っている俺にとって、無邪気で可愛いフライブ君たちと戯れるのは精神的な意味でも癒しになる。
 ヘルちゃんとガルト君が不在なのが残念だけど、とても楽しみだ。

 でもその前に――目の前にいるバレン将軍にしっかりと話をしなければいけない。
 “血の儀式”
 俺の予想に反してバレン将軍の方から誘ってきたのが驚きだけど、この件は俺にとって逃れようのない大きな問題だ。
 交友関係が狭い今の俺にとってこの悩みを打ち明けられるのはバレン将軍しかいないし、ぜひともここで有意義な話し合いをしておきたいんだ。

 それに加え、さっき俺の魔力についても疑問が発生した。
 幻惑魔法の特性を示す“紫”の魔力と“緑”の魔力。
 幻惑魔法を示す“紫”の魔力についてはヴァンパイア特有のものらしいので、大した問題ではなさそうだが、“緑”の魔力とやらはそうもいかないだろう。
 まぁ、あの時はバレン将軍もバーダー教官も困惑していたから、今日明日に解決できるような問題でもないのかもしれないな。

「失礼します」

 個室の入り口のドアがノックされ、店員と思わしき紫色の肌をした女の魔族が入ってくる。
 彼女の手には俺たちが先ほど注文した“4つ目イノシシ”なる魔物の肉料理が乗っていて、「ごゆっくりどうぞ」の声とともにその料理がテーブルの上に置かれた。

「おぉ! 美味しそう!」

 一口サイズに切った肉が円形の皿の中心に山のように積まれ、その周りには色とりどりの野菜が肉を囲むように添えられている。
 生肉だったらそれもそれで嫌だなと思っていたけどしっかり焼かれているし、匂いも俺の食欲をそそるに十分だ。

「まぁとりあえずは食え。昨日の夜から何も食べていないらしいな? いっぱい食えよ」

 うん。これならいけそうだ。

「はい。では、お言葉に甘えて。いただきます!」

 俺はバレン将軍に向けてにこりと笑いながら食事にありつく。
 この世界は箸はおろか、ナイフやフォークといった食器が存在しない。
 その代わりバーベキューの時に肉をひっくり返すトングのようなもので料理を掴み、口に運ぶのが風習だ。

「んん! これは美味しいッ! 美味しいです、将軍!」
「そうか。それはよかった。足りなかったらおかわりしていいぞ。金のことは気にするな」
「はい!」

 俺が嬉しそうに感想を伝えると、バレン将軍も笑顔を返してくれた。
 今さらだけどやっぱこの人は綺麗だな。
 肌も白いし、髪もさらさらだし。
 この人の笑顔は何度か見たことがあるけど、こんな優しい笑顔を正面から見せられると、俺の心が躍るのも無理はない。

 しかもバレン将軍は甲冑姿だ。
 それもそれでかっこいいし、今は食事のために肩周りの部品を外しているから、肩と上腕部があらわになっている。
 腕ももちろん白い。
 透き通るような肌をしているんだけど、軍人のくせに傷一つない綺麗な肌なんだ。
 ヴァンパイアの回復力が見せる技なのか。または小さな傷すら負ったことがないぐらい圧倒的に強いのか。
 まぁどっちでもいいけど、ついついそういうところに視線が行ってしまう。

 ついでにうちのお袋のように花柄のワンピースを着た姿も見てみたいな。
 バレン将軍、たまにそういう服とか着たりしてるんだろうか。
 もしバレン将軍がそんな服を着て街を歩いていたら、それこそ街行く男の熱い視線を集め――あっ、さっきここに来る時も、熱い視線めっちゃ受けてたっけ。
 ちょっと質が違うけど、屈強な魔族たちからすれ違いざまにやたらと挨拶をされていたし。
 バレン将軍はこの国ではトップクラスに位置する軍人だから、めちゃくちゃ有名なんだろう。

 んでそんな有名人に俺が相談を持ちかけるならいざ知らず、今回は相手から誘ってきた。
 こんな偉い魔族が俺のような無名の下級貴族ヴァンパイアになんの話があるのか……?

 もちろんその話の内容もうっすら予想出来る。

 ヴァンパイアとしてあるまじき俺の価値観。
 バレン将軍は親父からその件を聞かされているのかもしれないし、さっき訓練場でアルメさんともその件をこそこそ話し合っていた。
 事前に気づいた俺が牽制することで、夜襲計画は無事断念させることが出来たと思うけど、バレン将軍から見た俺は間違いなく異質な存在だ。

 頭の中でそんなことを考えながら食事を口に運んでいると、俺と同じくイノシシの肉を食べていたバレン将軍が咀嚼の合間にふとつぶやいた。

「そろそろ街が殺気立ってきたな」

 ん? どういうこと?

「どういうことですか?」
「未確認な情報なのだが、最近西の国が不穏な動きを見せているらしい。おそらく近いうちに我が国との戦争が起こるだろう。その噂を聞いたこの国の猛者どもがエールディに集まってきているから、街全体の魔力が騒がしくなっているのさ。気が散るから私としては非常に煩わしい。戦争をやると決まってから集まってほしいものだ」

 へぇー。
 戦争ってか。
 まぁ幼い俺には関係ないんだろうけど、俺の親父は一応軍人だし、聞き流せる話じゃないな。

「人間の国との戦争……ということですよね?」
「あぁ」
「戦争ってしょっちゅう起きるんですか?」
「そうだな。大なり小なり、数十年に1回は確実に起きる。西の国に強い勇者が生まれていると、戦いが数年に及んだりもする」

 け、けっこう起きてんな。
 そりゃ数十年に1回って人間にしたら長い期間だろうけど、ヴァンパイアの俺たちにとってはめっちゃ頻繁だ。
 俺……俺もそのうち戦争に行くことになるのかなぁ……。

「最近人間の奴隷も少なくなってきているし、頃合いといえば頃合いなんだが……」

 ちょっと待て。
 “頃合い”って表現おかしくねぇか?
 なんでさも“定期的に戦争やる必要がある”みたいな言い方したんだ……?
 それ、さっき奴隷売買地区でアルメさんが言っていた“最近人間の値段が上がっている”って話と合せると、すげぇ嫌な結論に辿り着くんだけど!

「せ……戦争って……もしかして戦いが終わったら、勝った方が負けた方の兵士を捕虜にしたりするんですか……?」
「もちろんだ。当然だろう。そうしないと西の国も困るだろうしな。しかも魔族が人間に負けるなどあり得ん。労働力を補充するいい機会なのさ。あっはっは!」

 何がおかしい?
 笑うとこじゃねぇだろ。

 ……

 いや、今のバレン将軍の発言で合点がいった。
 俺のいる南の国と、人間が支配する西の国との戦争。これは我が国にとって人間の奴隷を手に入れるチャンスでもあるんだ。

 そして、西の国にとっては――?

 そうだ。増えすぎた人口を減らし、食糧問題とか土地問題とか、そういうのを解決する手段になるのだろう。
 以前アルメさんから仕入れた情報によると、西の国は国土の半分が砂に覆われた砂漠とのことだ。
 この世界は見るからに食料生産力が低いし、国土の半分が不毛の大地となれば十分な食糧の確保など容易ではないはず。
 そんな西の国にとって、人口の増え過ぎというのは国を揺るがす問題になりかねないのだ。
 戦争の起きる頻度が数十年に1度ということも、戦いで減った人間の人口が元に戻る期間と考えられるし、西の国で人口が増え、食料が不足し始めるタイミングで戦争が起こるんだろう。

 もちろん戦いで捕虜となり、その後我が国で奴隷になった人間たちも月日を経るごとにその数を減らす。
 この世界は意外と奴隷の福利厚生がしっかりしているようだけど、過酷な環境に置かれた人間たちはそれでも数を増やすことはできない。

 ごく稀に職場環境に恵まれた人間の奴隷たちが恋愛などを始め、この国で夫婦となり子を生む。
 その2世たちがさらに低い確率で孫世代を生む。

 そういう経緯で生まれた人間の奴隷が今もこの国にはいるだろうし、奴隷として人生の一発逆転を狙う他国の人間も少数ながら常時この国に流れ込んでくる。
 でも、そんなもんじゃ魔族が主導権を握るこの国で人間が人口を増やすことなんてできない。

 と、ふと思ったのでそれをバレン将軍に聞いてみたら、「正解だ。やはりお前は鋭いな」とか言われた。
 褒められたって、全然嬉しくねぇって。

 あぁ……聞かなきゃよかった。

 生まれ変わる前、本だったかネットだったかで見たことがある。
 “戦争は「正義のために」と叫びながら前線の兵士たちが殺し合い、それを煽っていた双方の上官が次の日には握手で停戦に合意する”と。
 つまるところ戦争とはお偉いさん同士の損得計算にかかっているわけで、前線で戦う兵士の国を守ろうとする気持ちなんて関係ないって意味だ。

 この世界における西の国との戦争だって同じだろう。
 “口減らし”をしたい西の国と、奴隷がほしい南の国。
 お互いの国の上層部がそんなメリットを求め、“上層部同士の合意”か“暗黙の了解”のどちらかで、双方が戦争に踏み切る。

 と会話の流れを止められず、その推論もついつい口走っちまったら、
 「おぉ! やはり鋭いな。ちなみに“暗黙の了解”で正解だ。西の国の上層部との直接的な打ち合わせなど、さすがにしていないからな」
 ってさらに褒められちゃったわ。

 あぁ! 俺のバカ!
 なんでこういう時にぺらぺらいらないこと喋っちゃうんだよ!
 飯がまずくなる!

「まぁ、やつらはやつらで真剣にこの国の国土を狙っていることも確かだ。でも人間じゃ魔族には絶対に敵わないということも理解しているだろう。それなのにわざわざ国境付近の砂漠を超えて侵略してくるなんて戦略的になんのメリットもないし、無謀にも程がある。にもかかわらず定期的にこの国に攻めてくるというのは、結局そういう仕組みが裏に隠れているんだ。
 でも勇者には注意しろ。どんなに優勢な勝ち戦でも、勇者と相対したらそれは死を意味する。将軍級でもない限り奴らとは太刀打ちできないからな?」

「はぁ……そうですか……」

 バレン将軍の言葉に俺は呟くように言葉を返す。
 手元の料理を口に運びながら、ついでに窓の外でも見て気を紛らわそうとしたら、バレン将軍が低い声で言った。

「んで……お前は何なんだろうな……?」

 おっと。急に本題だ。
 でも、何なんだろうって……そりゃ俺が聞きたいぐらいだ。
 人間として地球の日本で生まれ育ち、と思ったら大参事に巻き込まれて、気がついたらこの世界に生まれていた。
 そんな俺のことを俺自身が一番疑問に思っている。

 でも今のバレン将軍の質問。そんな俺の立場を多少なりとも理解してくれているような気がする。
 いや。理解というかこの眼差し。俺のこと心配してくれているようだ。

 やっぱこの人を――“人”じゃなくて“魔族”だった。
 じゃなくて、“魔族と人間のハーフ……めんどくせぇ。
 もう“人”でいいや。

 この人を頼って正解だな。
 いや、それも少し違って今から頼ろうとしているところだけど、この人なら親身になって聞いてくれそうだ。

「さっきアルメから聞いたが、人間を殺すのを極端に嫌っているらしいな。生まれたばかりの子供にも関わらず、その言動。あと精霊の魔力を持つヴァンパイア。普通じゃない。エスパニには悪いが、私から見れば非常に怪しい」

 いや、なんかバレン将軍の言葉にとげがあるんだけど……。
 洗いざらい話すのはやめておこうかな。
 適当に――そう、適当に事情を話しつつ、あわよくば俺が人間を殺さなくていいような方法をバレン将軍から引き出せれば……。

 というわけで、じゃ、まずは適当な嘘を……。

「僕が他の子と違うのは自分でも理解しているつもりです。他のヴァンパイアの子供に会ったことはないですけど、今まで会話をしたほぼ全員が僕のことをそのように評価しました。それは重々分かっています」

「あぁ。お前は妙に大人びている。さっき他の魔族の子供たちと戯れている時は子供の言動だったが、私たちのような大人と会話をする時は急に雰囲気を切り替えている。どっちが本当のお前かと考えたら、間違いなく後者がお前の本当の姿だ。そうだろう?
 でも……それは“利口な子”だと一口に言い表せるものでもない。それほどの異常さだ」

 随分鋭いな。
 あと、急にバレン将軍の魔力がぴりぴりし始めた。
 尋問受けてるみてぇだ。

「はい。それも自分で分かっております。僕、たまに頭の中で知らない記憶がよみがえるのです。それも、人間の……。
 断片的ですけど、あれは間違いなく人間の記憶です」

「んな? 人間の記憶だと!?」

 よし。嘘はこれぐらいでいいだろう。
 んじゃ次の段階だ。

「お願いします。このことは両親に言わないでください! アルメさんにも! 余計な心配をかけたくはないんです!
 無邪気な子供を演じ続けるから絶対に言わないで! もしお父さんがこの件をバレン将軍に相談しても、なんとか誤魔化してください!
 僕のお父さんを安心させてあげてください!」

 ふっふっふ。涙ながらに訴える子供姿の俺。
 そんな俺がお願いしたのなら、バレン将軍だって断れないだろう。

「お前が変なのは……もうバレてんじゃないのか?」

 知っとるわ! 明らかに疑われているからなぁ!
 でもまだ完全にバレているわけじゃないし、このまま誤魔化し続けてやるつもりだ!
 それを手伝ってくれって言ってんだよ!

「が、頑張ります……だから、僕を助けてください。ぜひとも!」

 ここで俺は頭を下げる。
 しばしの沈黙の後、バレン将軍が低い声で言った。

「じゃあ――人間の記憶を持つお前は……魔族を憎んでいるのか?」
「いえ。その記憶では、僕は争いのない平和なところで生きていたらしいので、魔族を憎む気持ちはありません。
 それに今の僕は魔族でありヴァンパイアです。そんな気持ちは全くありません」

 ちなみに前世の俺を殺した“Aさん”のことは死ぬほど恨んでいるけどな。

「そうか」

「でも……だからなのかもしれません。人間を殺すこと。人間の肉を食べること。それがとても嫌なのです。なんとかして人殺しを避けたい。
 もちろん人間の血が必要なのは理解しています。それでも直接殺めるのは嫌なんです」

「なるほどな。だいぶ理解出来てきた。別の記憶があるなどという話は聞いたことがないから何とも言えんが、それに悩むお前の心境は容易に想像できる。じゃあ、どうするか……?」

 おし。やっぱこの人いい人だ。俺の悩みを前向きに解決しようと考え始めてくれてる。
 うんうん。親父がこの人の人間性を褒めていたけど、やっぱそういう人だったんだな。

「あの……」
「ん……?」
「バレン将軍はヴァンパイアと人間のハーフでしたよね? 儀式の時に戸惑ったりはしないのですか?」
「なるほど。だから私に相談しようと思ったのか?」

 あっ、ばれちゃった。
 でもいいや。ここまで赤裸々に喋ったんだ。
 あとはなるようになれ。

「はい……バレン将軍はどういう気持ちで儀式を行っているのかなって……」
「でも、私は衝動のままに血を吸っているぞ」

 くっそ!
 そこは割りきってんのか!
 じゃあなにか? 俺も割りきらなきゃいけないのか?

「とはいえ私は人間の血をあまり必要としない。お前が必要とする量の半分以下だろう。だから儀式の時に私に血を吸われた人間も、たまに生き残ることがある。そういう人間は次の儀式まで生かしておく。
 過去に数年間生き残ったやつもいたな。まぁ、あいつも戦争の前の臨時補充で死んだけどな」

 なるほど。
 人間は――いや、全ての生物がそうなんだろうけど、致死量まで出血しなければ、血の量を回復することが出来る。
 そうだな。それはいい着眼点だ。

「じゃあ、複数人から少量ずつ血を吸うことにすれば、人間が死ぬことはないのではないでしょうか。そうすれば1回の儀式で1人殺さなくても、また次回に同じ人間から血を吸うことができます。
 僕の場合はバレン将軍より必要な血液量が多いでしょうけど、そうやって数人からちょっとずつ血を吸えば……?」

「あぁ、それならば人間を殺さなくてもよくなるだろう。でも……それもそれで問題が多い」
「ん? 毎回人間を殺さないといけない理由でもあるのですか?」

「そういうわけじゃない。維持費の問題だ。血を吸う時以外、人間に食べ物も与えず放置しておくことも出来んだろう?
 それに奴らは死ぬことを望んでいる。それはお前も直に見ているだろうから分かると思うが、そんな奴らに生き長らえることを納得させるなんて不可能に近い」

「うーん。それはなんとかできるはずです。人間に仕事を与え、その収益を維持費に当てれば。上手くいけば利益も出るでしょうし。
 人間が望んでいるのはヴァンパイアによって殺されることであって、それを今すぐに、というわけではないはずです。
 昨日僕が殺してしまった人間はさっさと殺してくれみたいなこと言っていましたけど、そこに生きる価値を与えれば、今すぐ死ななくてもいいという考えになってくれるでしょう」

 もちろんあれほど熱心な信仰心を持つ者の考えを変えるということは普通の方法では不可能だ。
 それこそ信仰心を覆すぐらいの強力な洗脳が必要だ。

 でも突破口もある。あの感じから察するに、奴らにとってヴァンパイアは神に等しい存在のようだ。
 そのヴァンパイアである俺が熱心に説けば、彼らは心を入れ替えてくれるはず。
 そうすれば仕事も始めてくれるだろうし、俺の計画も先が明るくなる。

「ふっ。利口なやつだと思っていたが、意外と強情だな。そこまで言うならやってみろ。困ったら私に言え。出来る限り力になってやる」
「はい。ありがとうございます」

 でも、もう1つ大きな問題がある。

「でもお父さんがなんというか……」

 俺はまだ子供だ。
 しかも両親がいる。
 俺と価値観を別にする両親――あと、アルメさんを始めとする使用人さんたちも。

 俺がこれからやろうとしていることは、ヴァンパイアとして異質なものだし、家族へかける迷惑は決して小さくないだろう。
 最悪、バレン将軍の片腕として働いている親父の社会的評価にまで影響してしまうかもしれない。
 つい数日前に家族になったばかりの浅い関係だけど、そういうので迷惑をかけるのは俺としてもやっぱ気が引けるんだ。

 しかし、俺のこの発言を聞き、バレン将軍がいきなり笑顔になった。

「ふっふっふ! さては知らんのだな?」
「何がですか?」
「実は、エスパニは昔から人間の習性に興味を持っていてな。熱心な研究者と言ってもいい」

 うそ? マジで?
 昨日の儀式の時はそんな素振り見せてなかったじゃん!
 そーゆーことは先に言えよ、親父!

「それに、最近西の国の発展がすさまじいという情報が入ってきている。西の国の発展は我が国の脅威にもなるから、上層部が頭を悩ませているところだ。
 最近行われた御前会議では、人間の習性を調査しようという声も上がっていてな。しかもその会議では、この国の上層部で最も人間に詳しいエスパニにその計画の責任者としての白羽の矢が立とうとしていた。
 ところがどうだ? お前がやろうとしていることは、人間の習性を調べることも同時に出来るものではないか? この国は人間が自由に経済活動を出来る国ではないが、お前たち親子の管理の下ならばそれが可能だろう。私の一存では断言できないが、なんだったらその調査費用を国の資金から出してもらえるよう上に言ってみる。費用が国の金ならば、エスパニも文句は言うまい。
 生まれたての子供にそんな仕事を任せるのもどうかと思うが、お前なら出来そうだしな。やってみるか?」

 うぉぉおぉ! なんという幸運!
 つーか、バレン将軍が俺を呼び出したのは完全にこの件だな。
 ここ最近の俺の言動を聞き、その仕事を俺にやらせようとしてたんだ!

 アルメさんの話や親父の話を聞いただけで、俺の内面をここまで察するあたりはぶっちゃけめっちゃ怖いけど、悪い話ではなさそうだ!
 俺、バレン将軍のこと、し、信用してるし! うん、信用してるし!
 これはバレン将軍が俺のためを思って提案してくれた大きなチャンスなんだ!

「わかりました。では近いうちに企画書を作ってお見せします。その上でご検討ください」
「ふっ。そんなものを作る子供がどこにいる?」
「でも、無計画で事を始めるのは僕としても許しがたい。それに、人間がどれぐらいの労働に耐えられるのかは分からないので、初期費用を国に請求する前に、生産力予測の最大値と最小値ぐらいは計算しなくてはなりません。
 施設と道具も必要ですし、その費用を細かく作ったらもう企画書も同然なので、どの道企画書が出来上がってしまいます。
 それをお見せしますね」

 企画書を上に通さずに勝手にプロジェクトを進めるなんて、許しがたいっていうか、それを会社でやったら課長に殺されるからな。
 殺されないにしても会社からクビ切られるわ。
 それが仕事ってもんだ。

 でも俺だって東京で働いていたサラリーマンだったんだ。
 会社じゃまだまだ新米だったけど、仕事の進め方ぐらい知ってるわ。
 前世ではいっつも上司に怒られていたような記憶しかないけど、このプロジェクトは絶対に成功させてやる!
 子供だと思ってナメんなよ!

「わかった。出来上がったらエスパニを通して私に伝えろ。お前と会う時間を作る」
「はい」

 ふーう。
 バレン将軍との話し合い、上手くいったな。
 話の結末が俺の予想とまったく違う着地点になったけど、バレン将軍と仲良くなれたような気もするし、満足だ。

 後は……そだな。
 世間話でもしてみよう。
 バレン将軍の趣味とか、好きな男のタイプとか。
 色々聞いてみたい。

 と思ったけど、その時バレン将軍が俺に問いかけた。

「ところで、“緑”の魔力ってどんな感じだ?」

 忘れてた。そっちの件もあったんだ。

しおり