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初めてのお出かけ編 7


 即座に全員の視線が俺に集中する。
 みんな不憫なものを見るような目で俺を見ていやがる。
 もちろん魔法の知識に疎い俺も教官の言葉は大筋理解することが出来た。

 魔法が使えない。

 そうだ。
 “幻惑”とやらが何なのか分からん。
 だけどドルトム君が見せた高レベルな炎の魔法やヘルちゃんが見せた防御魔法はおろか、今広場の端の方で他の魔族が的に向けて放っている色とりどりの魔法が使えないとのことだ。

 いや“幻惑”とやらは使えるっぽいし、それぞれの魔法も日常生活――例えばアルメさんがろうそくに火を灯した時ぐらいの規模の魔法は使えるようになるらしい。
 でも魔力による“力”が大きく影響するこの世界で、攻撃や防御の魔法を使えないって。
 もしかして相当ヤバいんじゃね?

 でも……。

「だけど、“幻惑”魔法を示す紫色の他に、もう1つ。それこそ紫と同じぐらいにはっきりと……そして大きく見えた色があります」

 教官の次の言葉で、重苦しい場の空気が少し変わる。
 とはいっても俺の他にもアルメさんがショックを受けたままに沈黙し、気まずさからなのかフライブ君たちも言葉を出せないままだ。
 そんな中、唯一バレン将軍のみが教官の言葉に問いを返した。

「ほう。それは……?」

「緑です。精霊固有の魔力を表す色です……」

「んな?」
「え?」
「なんで?」

 あ、やっぱ空気変わってねぇや。
 俺はもう話についていけなくなってたからなんの反応も出来なかったけど、教官の発言を受け、2、3人が声を上げて驚いた。
 その2、3人が誰なのかは確認できなかったが、声を出さなかったその他のメンバーも驚愕の表情だ。

「え……? でも……タカーシ様は……」
「そうだ。見た目は確実に純血のヴァンパイアだし、どこぞの精霊の血が混じっているとは考えにくい。そもそも精霊とヴァンパイアの混血児など生まれてくるわけがない。それにこの子はあのエスパニ殿とレアルマ殿の子だ。仲睦まじいあの夫婦に過ちなど起きるわけもないし、レアルマ殿の実家であるドリード家はヴァンパイア族の中でも名門だからなおさらだ」

 おっと!
 ここでお袋の不倫疑惑が発生だ!
 俺の父親はエスパニではなく、どこぞの誰か。ってか?
 それじゃこの後、昼ドラのようなどろどろした展開になるのか?

 ――なんて言ってる場合じゃねーよ!
 なんだよ、その“緑”って!

「きょ……教官?」
「ん?」
「あ……“過ち”ってなんの……こと?」
「え? あ? え?」
「な……なんのこと? ねぇ、なんのこと?」

 どうでもいいけど、このタイミングで余計な事を聞き始めたドルトム君。
 やっぱドルトム君はこういう時もぐいぐい来るな。
 教官が返答に困っているぞ。

 でもそれはまだドルトム君には教えられないし、幼いドルトム君は知らなくていいことだ。
 それと教官の発言をすべて理解したかのように顔を真っ赤にしているヘルちゃん。
 もしかしておませちゃんなのかな。
 仮にもメルヘン妖精なんだから、気付かない振りしとけよ。

 だけど、この子たちのこの反応……あまりいいことではないよな。
 もし今の件がフライブ君たちの家族に漏れたら、我が家のよからぬ噂が広まってしまうからだ。
 しかも子供の中途半端な理解力が情報源だから、その噂はすさまじい尾ひれがつくことになるはず。
 情報源のあやふやな噂は、そういう風に広がるからな。
 それはヨール家の一員である俺としても心苦しい。

 と一瞬不安に思ったけど、それは余計な心配だったようだ。
 ドルトム君の質問に対し、ここで教官が機転を利かしたんだ。

「ん? なんでもない。それよりこの件は俺が調べておくから、俺の答えが出るまでお前たちは誰にも言うなよ。もしかするとタカーシはすごいやつなのかも知れんからな。あっはっは!
 でも噂が広まっちゃうとお前たちと遊べなくなるかも知れん。タカーシがいきなり王様の配下になったりするかもしれないからな。
 いいか? 絶対に秘密だぞ?」

 “秘密の共有”っていうんだっけ?
 教官がそういうのを子供たちに提案したんだ。
 さすが教官は子供の扱い方をよく知っている。
 子供はそういうの好きだからな。

「うん。わかった。教官? 僕たちだけの秘密だね!」

 ほら、フライブ君が乗ってきた。
 もちろん他の3人もフライブ君の言葉に頷いている。

 よし。これならば変な噂が広がることはないだろう。
 教官のそういう気の使い方もアルメさんやバレン将軍の評価通りだ。

 だけど、そんなことに感心している場合じゃねぇ。
 俺の魔力。
 “幻惑”については後でアルメさんから詳しく聞くとして、“緑”の魔力とやらだ。

「ぼ、僕……もしかして変なのでしょうか?」

 自信なさげに声を発した俺に対し、全員が揃って首を縦に振った。

 ……

 くっそ……この疎外感……。
 そりゃ人間の記憶持った魔族って時点で俺は変だし、それは俺が一番よく理解してるわ。
 でもみんなしてそういう反応しなくたっていいだろうが。
 泣くぞ、この野郎……?

「緑とは……?」

 しかし消え入りそうな声で質問した俺の言葉は、新たに登場した魔族によって遮られた。

「きょーかーん。さっさと訓練してくださいよー!」

 次に教官と訓練をする予定のグループが既に広場の中心に集まっていて、そのうちの1体が教官を呼びやがったんだ。
 見た感じは人間換算で20歳前後。声もそんな感じだし、平均身長も俺たち子供グループより50センチぐらい高い。
 そんなチャラい爬虫類系魔族の集団だ。

「あぁ。そうだな。次が詰まってる。タカーシ? この件は少し時間をくれ。調べておくから」
「はい……分かりました」

 くっそう。
 分からねぇことだらけじゃねぇか。
 こんなんだったら、魔法のことをアルメさんにもっと詳しく聞いておくんだった。
 まぁ、アルメさんにはいつでも聞けるからいいけど。
 でも……こういう時にしつこく食い下がれない俺の性格、ほんと嫌になる。
 ドルトム君を見習おうかな。

「お前たちもまたな」
「はーい!」
「ごきげんよう」
「きょ……教官……バイバイ……」
「お次は必ずぶっ殺して差し上げますよ!」

 結局、こんな感じで教官がそれぞれに別れの挨拶をして、俺たちは広場の端へと移動した。
 その移動の途中、背後の方で早速次のグループが教官に襲いかかり始めたけど、振り返って確認する気も起きない。

 “緑”の魔力。

 東京の路地裏で俺を襲ったヴァンパイアの“Aさん”が首にぶら下げていた宝石といい、儀式の時に祭壇に飾られていた宝石といい、俺は最近、“緑”という色にやたらと縁がある。
 今の状況も、もしかしたらその宝石と関係があるのだろうか。
 いや、勘だけど間違いなく関係あるだろう。

 でも原理がわからん。
 魔法は確かに不思議な現象だ。
 だけどそれが一度死んだ俺の命を、このような形で蘇らせるほどの力を持つものなのか?
 不思議な現象だからそれも可能だ、って決めつけちゃえば結局それに尽きる気もする。
 でも一度死んだ者の意識を他の体に入れ直し、しかもこんなよくわからん世界に生まれ変わらせるなんて。
 さすがに常識外れ過ぎないか……?

 あとなんで俺なんだろうな。
 俺じゃなくたっていいじゃん。
 死んで“無”になるのも嫌だけど、こんな第二の人生も辛すぎるわ。
 なんでこんなことになってんだよ。

「タカーシ君? 大丈夫?」

 広場の端に移動し、それでも無言で考え込む俺を心配して、フライブ君が話しかけてきた。
 それどころか、気がつけばドルトム君がまた俺の右手を握っている。
 それぞれ訓練中の興奮が収まり、出会った当初の可愛らしい4人組に戻っているようだ。

 うーん。
 混乱しすぎて思わぬ方向に思考がずれたけど、難しいことは後で考えよう。
 フライブ君たちが心配そうに俺の顔を見ているからだ。
 この子たちは一応この世界で初めて出来た俺の友人だし、こんな幼い子供たちにそんな心配はかけたくない。
 転生うんぬんの件はじっくり考え、ゆっくりでもいいから解明していくとして、まずはヴァンパイアとしてのこの人生をしっかり進めておかないと。

 それと、なんとなく今気づいたんだけど、さも当然のように俺と手をつないでいるドルトム君。
 もしかして、フライブ君たちより精神年齢が幼いんじゃね?
 この感じ……フライブ君たちは小学生ぐらいの精神年齢っぽいけど、ドルトム君はもしかすると幼稚園児ぐらいなのかもしれないな。
 俺は生まれ変わる前は独身だったし、もちろん子供なんて持ったことないけど、俺に対する懐きようがそんな感じだ。
 まぁ、それもそれで可愛いからいいけどな。

 じゃなくて、ドルトム君の意外な一面にほっこりしてる場合じゃねーッ!
 訓練の見学が終わったから、次は昼飯の件だ!
 人肉を喰わないようにしつつ、上手いことバレン将軍だけを誘いだし、それでいろいろと相談しないと!

「みんなはこれからどうするの?」
「んー? 僕とドルトム君は一旦家に帰ってお昼ご飯食べてから、山に遊びに行くつもりだよゥ!」

 おぉ! それは楽しそうだ!
 俺もフライブ君たちをもっと知りたいし、聞きたいことは山ほどある!
 昼飯食ったら俺も連れて行ってもらおう!

 でも、じゃあヘルちゃんたちは?

「私たちはこれから学校ですわ。ガルトも一緒です」
「えぇ。私はヘル様の従者ゆえ」

 ん? 学校は別々なのか?

「学校って、みんな一緒じゃないの?」

 俺の質問に、ヘルちゃんが答えてくれた。

「違いますわよ。我々は種族が違う。それはつまり、成長の早さも違うということ。皆さんが全員同じ学校に行ったら授業がめちゃくちゃになってしまいますので、種族ごとに違う学校に行っております」
「ぼ、僕は明日のご、午前……フライブ君はあ、明日の午後に学校あるよ……」

 あぁ、なるほど。
 そういうシステムになっているのか。

 じゃあ、俺はヴァンパイア用の学校に行くことになるのか?
 堅苦しそうな貴族の学校……嫌だな。

 だけど、そんな俺の考えはアルメさんによって即座に否定された。

「ヴァンパイアは主にそれぞれ家庭教師をつけるのが習わしです。タカーシ様? 教師は私ですよ。ふっふっふ」

 その笑みも嫌だな。
 アルメさんの笑顔。スパルタ教師っぽいぞ。

「そ、そうですか……お手柔らかにお願いします」

 さて、みんなと軽く世間話も出来たし、じゃあそろそろ“バレン将軍に相談計画”を実行に移そう。

 と俺はバレン将軍に視線を移す。

 しかし……

「タカーシ? これから2人で昼食に行かないか? 美味い“4つ目イノシシ”料理を出す店を知っている。お前に色々と聞きたいことがあるんだ」

 予期せぬバレン将軍の提案を受け、俺はアルメさんを引き離す手間が省けたという喜びとともに、バレン将軍の意味ありげな視線に不安を抱いた。

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