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「あら、照れてるの?可愛いわ」
「照れてません」
「まったく、そんなに褒められたら、ねえ?雪音ちゃん」
ダメだ。この人まったく話が通じない。
「昨日もそうだったわ。わたしがいること忘れてたでしょ」
反論出来ないのは、間違いでもないからで。
「とにかく、早坂さんが悪いです」
「ええ!?なんでよ!」
「なんでもです」
「まあ、そうだろな」瀬野さんから1票頂いた。
「アンタは黙って前向いて運転してなさいッ」
「中条、ストーカーはエスカレートするからな。気をつけろよ」
「用心します」
「雪音ちゃん!?・・・もう、そうやって2人してイジメるんだから。あたしのガラスのハートが壊れそうだわ」
──ガラスのハートの割に、やる事は大胆ですけどね。あえて、口には出さないが。
3度目の財前邸。ここに来ると、無性に懐かしい気持ちになるのは何故だろう。
早坂さんは前回同様、インターホンも鳴らさずに玄関のドアを開けた。
「財前さーん、来たわよー」
「入りなさい」
財前さんの声だ。でも、なんだかちょっと違う?穏やかだけど、こんなにか細くはなかったような。
「ずいぶん古臭い家ね」
「ちょっ、ダメですよ空舞さん、そんな事言っちゃ」
「ふるくさい!」
「泳斗くんも!シッ」
わたしが人差し指を口に当てると、泳斗くんも真似をした。
早坂さんを先頭に瀬野さん、わたしと続いて中に上がる。泳斗くんはわたしに抱かれ、空舞さんはわたしの肩というハーレム状態だ。
いつもの部屋の襖を早坂さんが開ける。
「やあみんな、いらっしゃい」
──わたしは、目をしばたたいた。そして擦った。火傷が目にも影響を及ぼしているんだろうか。
「あの、財前さんのお父様でいらっしゃ・・・」
言いかけて、思い出した。財前さんが姿を変えられる事を。というか、年齢を。そこにいるのは、齢80は超えているであろうご老人だった。
「おっ、お久しぶりです、財前さん」
声が裏返り、早坂さんが噴き出す。
「雪音ちゃん、元気そうだね」
1つに結んだ髪型は変わらないが、色は真っ白で、声が掠れている。それに、着物の袖から覗かせる手首は触れたらポキっと折れてしまいそうなほど細い。
「財前さんも!お元気・・・そうで、何よりです」
声がくぐもったのは、自分の発言が的確ではないからで。
財前さんは顔に刻まれた深い皺を更に際立たせて微笑んだ。
ああ、やっぱり財前さんだ。